十章 楽園の鍵と陰陽師

第189話 プロローグ 楽園の鍵についての考察

 楽園エデン。人類発祥の地であり、この世の全てが存在するという理想郷。その言い伝えがまことしやかに囁かれ始めたのは記録の残っている限り紀元前三百年辺りだ。

 方舟の騎士団アーク・ナイツを結成する前。一人の男が、英雄がこう言った。


 「死にたい」と。


 その男は魔術に優れ、剣技も冴え渡る者だった。争いを止め、国中から愛される誉れ高き者だった。国王が娘を嫁にあげようと考えているほどの英傑だった。

 だからこそ、そんなことを言ったことに、聞いた国王は困惑した。国で一番の男だ。戦争の立役者だ。これから国を支えてほしい人物だ。

 そんな人物が自死を願うなど。何があったというのか。


 彼曰く、自分の身体が変化してきている。もう二十を超えたというのに身長や腕の長さ、体重から変化し続けた。戦場にいて食事もまともに摂れないのだから体重が減ることはあれ、増えるのはおかしいと。

 魔術を使うと、使うたびに威力が上がり、自分の知らない魔術が使えるようになり、その魔術一つで一千を超える敵兵を殺したと。


 寝ようとしたら知らない女が夢に出てくる。その女が自分を求めてくる。自分の変化を喜ぶ。

 自分が自分でなくなる感覚がした。今やどこからどこまでが自分なのかわからない。自分は狂っている。だからこんな男に国も、大切な娘も託さないでくれと。

 死ねないのなら、もう国に立ち寄らず放浪する。探さないでくれと。


 これに国王は反対した。何か悪い夢を見ているのか、敵の異能者に呪われたのだろうと。すぐさま宮廷魔術師を呼び、彼の呪いを解呪しようとした。

 その宮廷魔術師が死んだことで、とうとう嘘ではないのではないかと誰もが目の色を変えた。呪いを剥がそうとして、楽園エデンの名を呟いた後に死んだのだ。


 やはり呪われていると、英雄の彼は自分の使っていた剣を王家に返し、封印してもらうことにした。この剣さえ使わなければこんなことにならないはず。自分はその剣を見たくないと。王家から借り受けた剣だったために、王家も預かることにする。

 結局、英雄の彼は国を出ていった。その後の消息は不明。


 かの剣は所有者の元を離れたためか、小さな木に変化した。片手で持てるほどのなんてことのない木だ。王城の宝物庫で保管されていなければ誰もそれが国宝とわからなかっただろう。

 それからその国は繁栄をしつつも、時折一人の男に襲撃された。その者がかなりの魔術の使い手で、その男を迎撃するだけで一苦労だった。


 なんとか撃退し、殺そうとする前にその男を調べたら、その男の右手には金色に光る五芒星が彫られていた。それを見て国の者が驚きの声をあげる。

 その五芒星は、英雄の彼が神に見出された証だったからだ。

 王国を襲撃した彼は英雄の彼とは似ても似つかなかった。身長から髪の毛と瞳の色から年齢から、何一つ合致しない。英雄の息子かとも思ったが、面影もなかった。


 襲撃犯を調べるよりも、気味が悪いとして処刑にする方が早かった。その男は火刑に処されたが、その今際に「楽園なんかどこにもなかった!」と叫んで死んでいった。

 気味が悪かったのはそれ以降も、いくらか時間が経つごとに王国の宝剣を狙う魔術師が現れ、その度に金色の五芒星を右手に宿し、「楽園」のことを叫ぶ。


 二度三度もあれば危機感を募らせる。王国は国を挙げて調査団を組織。これが後の「方舟の騎士団」となる組織だった。この組織はまず楽園と金色の五芒星を持つ者を調査し始める。

 だが、調査は難航した。どちらもまともな情報源がなく、知っている者がまずいない。それに文献を残している文明も多くなく、口伝だとしても言葉が通じないこともあった。世界中に調査団を派遣したが、良い報告はなかった。


 そんな折、また襲撃者が現れた。その男を捕らえて尋問して、ようやく状況が進展する。


 「楽園」に住む女主人のこと。女主人は「楽園」への道を開くために、五芒星による魔術の力を与えたこと。身体が成長し、国宝たる剣を持ち、神への讃美歌を歌うことで楽園へ到達すること。

 五芒星を与えられる者は男のみ。何もしようとしなければ、こうして身体を操って全てを揃わせるために何をするかわからない。


 女主人に人間では敵わない。彼女はとにかく目的があって男を一人、「楽園」へ至らせたいだけ。最悪、五芒星を刻んだ者と剣が側にあれば暴れることもないということ。

 もし五芒星を持つ者を人間が見限ったり、殺した場合。また新たな印を持つ者が選ばれるだけ。殺し続けても、誰かに五芒星が浮き出るだけとのこと。


 唄については教えないようにしても勝手に覚えているらしく、音楽的才能に溢れているためにどうやっても隠し事ができないこと。

 その言葉を立証するために、捕らえた者を死刑にせず、剣の側に置いた。そして監視下に置いたが、確かに暴れることはなかった。さらに「楽園」に至るには自意識の元、唄を奏で・剣を持ち・確かな魔術の腕を持つこと。これも検証でき、誰も「楽園」に至らなかった。


 この検証の最中、「方舟の騎士団」は数多くの異形に遭遇。テクスチャのことや「楽園の女主人」のこと、三つの条件が揃った後の世界の変革など、様々な情報を蓄積。かなり確証の高い予想が出来上がる。

 金色の五芒星を宿す者が現れても、彼らが「楽園」に至ろうとしなければ鍵とならなかった。その先が決して「楽園」なんて生易しいものではなかったために。


 失意の中で自分の耳を斬り下ろした適合者──五芒星を宿した者──がいた。右手や右腕を斬ったり燃やした者もいた。自決に至った者もいる。

 「女主人」なんていうわけのわからない存在に洗脳されるのは嫌だと。抗った者たちだ。


 「方舟の騎士団」は情報収集と適合者の確保のために世界中を巡る。邪魔をし、人間に害を為す異形を狩ることも同時に行なっていた。暴走した適合者を止めるためにつけていた実力を活かした形だ。

 この行動はパトロンを得ることに大きく貢献した。対象を異形だけではなく人民を傷付ける異能者にも適応し、世界の救世機構となっていく。


 適合者や「楽園」、テクスチャについては情報規制を行う。下手をすれば世界が真っさらになるなんて話したところでどうなるというのだ。下手に混乱させるよりは無知なまま平穏に暮らしてほしい。適合者は見付けられれば暴走の危険性などなかったために。


 そして例外が現れる。

 女性で五芒星を宿した者。彼女は偽者か、それとも。

 その答えは日本での任務中に出た。

 相手がなりふり構わなくなったという最悪の回答を。

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