7章 神の縫い止めた災厄

第135話 二つのプロローグ

プロローグ1 昔むかし


 昔むかし、あるところに飛べない竜がいました。その竜は産まれた時から竜だとわかっていましたが、飛べません。

 地竜でも水竜でもないのに、飛べないのです。

 なぜ?と思いました。

 何年経っても、何十年経っても、何百年経っても。

 その竜は空を飛べませんでした。

 とてもとても、立派な翼があるのに。天へ抗う鋭き翅があるのに。


 その竜は、飛べません。

 飛ぶために翼を何度も羽ばたかせてみせました。飛べません。

 試しに地形が変わるほど暴れてみました。飛べません。

 動物をいつもよりたくさん食べてみました。飛べません。

 食べたことのない人間を食べてみました。飛べません。

 自分と似たような、妖というものと戦ってみました。飛べません。


 その妖を食べてみました。飛べません。

 強い存在を求めて、日ノ本を巡りました。飛べません。

 歩いて、走って。崖から飛び降りてみました。飛べません。

 山の頂上に登って、真下へ落ちてみました。飛べません。

 強い相手を倒しました。飛べません。

 暴れられたら困ると説得に来た神様を食べました。飛べません。


 どうして?竜は首を傾げます。

 自分は竜なのに。空を統べる王者なのに。飛べません。

 地上にいる存在は、誰も竜を傷付けられません。竜に敵う存在がいないからです。飛べません。

 何をしたら飛べるか、わかりません。飛べません。

 日ノ本を支配しました。飛べません。

 自分が竜だと自覚しているのに。飛べません。


 そんな竜は虚しくなって、大陸の端へ行きました。いじけて、寝て過ごす日々です。

 誰も襲って来ません。強いから。

 誰も邪魔をしません。竜だから。

 雨に濡れようが、土が身体を汚そうが、動こうとしませんでした。つまらなかったから。

 そんなある日、転機が訪れます。


『ほう。こんな辺境に竜がいるとは。しかし、汚いな?』


 竜はそう声をかけてきた方へ、目線を向けます。久方ぶりの来客でしたが、最初はあまり興味を持っていませんでした。

 たとえその来客が。四本脚で、身体の上部は人間のような、異形であっても。

 竜は、もう動くつもりがなかったのです。


『一つ勝負しないか?これでも強さを求める求道者。竜がいるなら、戦ってみたい』


 最初は取り合いませんでした。ですがしつこかったので、なんとなしに戦います。

 四本脚の異形──土蜘蛛はとても強かったのです。今まで戦ってきた相手よりも、とても。

 竜も必死に戦いました。負けたくない。自分は空の王者だと。竜なのだと。

 何度日が沈み、昇ったか。数えていられないほど長く続いた戦いは唐突に終わります。


『おーい。さすがに空を飛ばれたら勝てないぞ』


 そう、竜は飛んでいたのです。今まで何をしても飛べなかったのに。

 何をしても勝っていたのに。

 負けたくないと心から思えた時、飛べるようになったのです。

 この時──竜は龍へと変革しました。

 それからは楽しい日々でした。

 戦って、人の集落を襲って。妖を倒して。酒を飲んで、水浴びをして。空を飛び。

 充実した日々でした。土蜘蛛と友達になった龍はとても楽しく過ごしました。






 でも、それも長く続きません。

 神様が、許してくれなかったのです。

 その日は突然に訪れ。天から一つの槍が降り注いだのです。

 その槍は龍を貫き。大地の奥底へと龍を封じてしまいました。

 龍は危険だ。大地も人も、失われてしまうと。

 土蜘蛛も同じことをしていたのに、槍で貫かれませんでした。だから、土蜘蛛は言います。


『神よ。我が友を抑えられる存在がいれば、また共に野を駆けても構わぬか?』

「もしも。そのような方が現れれば」

『約定に二言なし。その者を連れてきて、この逆さ槍を抜いてみせよう』


 今もとある地方に伝わるこのお話。

 ただの伝承か、それとも。


プロローグ2 未来視


 そこはなんてことのない街並み。地方都市のどこかだろう。京都ではなさそうだ。日は昇っていて中央に位置していた。つまり昼下がり。そんな時間帯に学校の制服を着て出歩いていた。制服というのは学校の服であるという以上に、学生にとっての正装だ。そんな格好で、京都以外の街を散策している。

 隣にはミクと祐介、天海がいる。いつもの面々ではあったが、何処と無く楽しそうだ。何か急用で正装したとは思えない。ゴンたち式神も姿を隠しているが、ついてきている。過去じゃなさそうだ。この四人で何処かに旅行へ行った覚えがない。


 それはつまり。

 辺りを見渡す。俺の星見はかなり特殊だ。意図的に視ていないなら、毎回何かしらの事件が起こる時に視ているという場合ばかり。過去視も重要な過去ばかりだ。なら今視ているものも、何かしらの予兆だ。

 この未来視の内容をミクや式神たちには伝えているのか、表情が硬い。なんだ?何があるんだ?祐介や天海には何も伝えていないからか、いつもと表情が変わらない。この後何か起こるかを知らない無邪気さだ。


 周りの霊気や神気に異常があるわけでもない。つまり、この土地そのものがおかしくなることはなさそうだ。これ以上Aさんが何かするとは思えない。むしろ日本を纏めるのにこれ以上何かを起こすとは思わなかった。姫さんの容量を超える。

 地名は、まっすぐ行くと博多駅?つまり博多か。九州に制服で、この四人で来る用事。パッと思いつかない。逆に考えるべきだな。制服を着ているんだから、これは学校行事だ。気候からしても遠い未来のようには思えない。秋のままだろうし、一年先とか、そんな遠くの未来じゃない。俺たちの姿がまるで変わっていないからだ。


 この成長期にまるで背丈が変わっていないのは、そういうことだろう。これらの状況判断から直近に起こることだと判断した。

 そのまま俺の視線は周りを警戒していると、前方の人間の左手が誇大化した。流しのような和服を着ていた男の手が一直線に、ミク・・に向かってきた。


「「タマ!」」


 俺も未来の俺も叫んでいたのか。咄嗟にミクの前に身体を滑り込ませる。聞こえる舌打ち。全身を大きな黒い腕に包まれる俺。俺はそのまま腕を振り回されて、近くのビルに叩きつけられた。その痛みは未来視とはいえ、全身に響き渡る。そんなところまで再現しなくていいのに、俺の身体を蝕む。頭を打ち付けたのか、側頭部からどろりとした赤黒い血が垂れていた。


「きゃああああああああああ⁉︎」

「明くん‼︎」


 天海の絶叫が響き、俺の元に駆け寄るミク。式神たちも実体化する。だが、腕は俺を離そうとしなかった。その腕の持ち主がこちらに近づいて来る。


『手間をかけさせる。用があるのは貴様ではない』

『あーあ。だからやめとけば良かったのに』


 腕の持ち主の低い声と、聞いたことのない女性の声。その声を聞いたのと同時に、意識を失ったのか視界が真っ暗になった。

 その先の景色は、視られなかった。

















 目を覚ますと、寮の天井だった。ベッドの近くに置いてある携帯を開くと、朝の八時。学校が臨時休校になっている今、こんな時間に起きる必要はない。カーテンの隙間から朝日が差し込んで来るが、それくらいで起きるほど眠りが浅いはずがない。原因は確実に、さっきまで視ていた未来のこと。


『クァアア。随分と早いお目覚めじゃねえか。どうした?』


 ゴンの言葉に答える前に、ゴンの尻尾へ頭を埋ずめていた。ああ、柔らかい。何で面倒ごとは俺の周りで起こるんだろう。その大半はAさんたちが巻き込んだからだけど、京都と那須って場所が悪いのか。それともこの血のせいか。ただゆっくりと田舎暮らししたいだけなのに。


『どうした?』

「多分未来を視た。直近の出来事だと思う。妖がミクを狙ってる」

『珠希を?……初めての未来視とはいえ、たわごととは言えねえな。話せ』


 それからゴンと銀狼に相談する。俺が視た情報も断続的すぎてまともな意見が出なかったが、もし学校行事で九州に行くことになれば最大限警戒すること。そしてこのことはもちろんミクたちにも言うこと。

 そんな時、携帯に一つのメールが届く。その題名は「宿泊研修の早期実施について」。嫌な予感がしてそのメールを見て、本来であれば年明けに行うはずだった宿泊研修が三日後に前倒しになったという内容だった。


 しかもその行き先。九州へ一週間。ほぼ確定だろう。

 ミクが狙われるってだけで嫌なのに。今の俺はちょっと有名になってる。ここでミクと一緒に参加拒否をするわけにはいかないだろう。安倍晴明の正統後継者として認知されてしまったんだから。


「ハァ。憂鬱だ」

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