第133話 5ー4

 その現象を、目が覚めていた者は頭を抱えながら理解した。

 これが星見だと。こうして世界を知るのだと。

 俯瞰した知識。五感を通じる確かな暖かさと冷たさ。手を伸ばせば掴めてしまうようなリアリティ。


 そこに確かにあった生への執念。掲げる情熱。襲いくる恐怖の、肌を突き刺す感覚。神の神々しさ。空気の淀み方。

 幻術などではない。むしろ、幻術を受けた者こそ、その鮮明さに驚くだろう。今まで受けてきた幻術など、とても稚拙なものだったと。それが幻術の限界であれば、この映像は真実だという結論の方が、早い。


────


 さて。伝えたいことは伝えたし、これで日本はどう変わるかしら?

 もう少し、話を続けましょうか。


「皆様が今ご覧になったものは、わたしたち星見が視るものです。今回は過去視。一千年前の平安京で実際に起こった出来事と、日常の風景です。皆様も名前をご存知でしょう。安倍晴明様、玉藻の前様、道摩法師。あの方々のことを星が、大地が記憶したものです。──玉藻の前様は九尾の狐であるのは否定しません。ですが、晴明様の奥方であり──鳥羽洛陽とは、魑魅魍魎に侵された当時の天皇と平安京を守るための、一大儀式であります」


 正確には日本の危機だったわけだけど、概要は晴明様たちが述べてくださった。細かい検証とやらは後に回せばいい。

 どういう結論を出すのか、そんなことはどうでも良かったりする。議論を呼び起こせば検証も活発になる。民主主義国家なのだから、国民の声を聞く必要がある。資料請求には応じなければならない。


 土御門の家系図は、貴族であったために残っている。二百年も後に改竄したものを。今の科学技術って凄いよねえ。いつの時代の紙なのかわかっちゃうんだから。

 あとはDNA鑑定。康平くん辺りは求められるでしょうから、きっと提出するでしょう。難波の家はDNA鑑定を偽造している。神の血が混ざっていると正常な人間として結果が出ない。染色体の形が、人間のそれとは異なるから。


 神気を得ただけの人間ならそう影響はない。今回のマユちゃんのように権能に匹敵する力を使わない限り。

 そして土御門家は神と交わったこともなければ、神の血も引いていない。そこから出される結論とは。


「では、なぜわたしたちの知る歴史とは異なるのでしょうか?教わる歴史と異なり、晴明様は玉藻の前様を討ち取ったとされています。玉藻の前様は、全てに仇なす邪悪な存在だと。

 一つとして、土御門、賀茂両家がこの真実を知らなかったから。いえ、もしかしたら知っていたのでしょう。賀茂は曲がりなりにも星見の家系。この一千年の間に、幾人かはこの真実に辿り着いたはず。ですが──この真実は伏せられました。その理由は推察しかできませんので、ここでは語りません。事実と異なるのであれば、両家がしっかりと証拠を出して反論なさるでしょう。

 もう一点。当事者であり、真の安倍家末裔・・・・・・・、難波家が口を閉ざしたためでしょう。彼の地は五百年もの間、玉藻の前様を封じた影響で魑魅魍魎が溢れかえっておりました。平安京から那須へ、被害の場を移しただけですので、仕方がないでしょう。その対処も難波の者だけで行ったのですから。

 彼らが口を閉ざしたのは土御門家を信用していなかったからでしょう。彼らは晴明様の母を殺したのです。都の運営など、手を貸すよしもないでしょう。更には玉藻の前様を全ての元凶とした。

 難波にも問題があるでしょう。彼らが声を挙げれば良かった。それは違うと、自分たちの名誉のために名乗りを挙げるべきだった。時代もあったのでしょう。五百年経った頃には世は戦乱の時代。都に行くだけで大変であったことと、この誓約書も問題だったのでしょう」


 羽織りの内側から出すのは、一千年前に彼らが交わした盟約。難波は土御門・賀茂の二家とお互い不干渉として口出しができなくなってしまったもの。わざと、あの人がそうした縛り。

 古語で書かれているけど、読み取り自体はなんら難しくない。金蘭様にこれを抜いてもらう。


「不干渉としたために、難波の発言は取り潰されてきました。星見の内容も、文書による証拠も黙殺されてきました。これを笠に一蹴された難波はそれ以降、何があっても土御門・賀茂家を頼ることはなかったそうです」


 のくせに、土御門も賀茂も難波に頼ってきたのだけれど。呪術省の設立には難波ももちろん噛んでいるし、陰陽師制度についてもかなりアドバイザーとして口を出している。

 完全な不干渉なんて既に破られている。だから、難波の傍流たるわたしも、こうして干渉できている。まあ、わたしの血筋の意味なんて知らないでしょうけど。


「しかし。これ以上呪術省の私利私慾に塗れた行いには目を塞げません。難波家の傍流であるわたし、天海瑞穂は立ち上がりました。呪術省に殺されたまま、無念を抱えたまま第二のわたしを生み出すわけにはいきません。そのために生き恥を晒して式神としてこの世に留まりました。

 わたしは今回、とてつもなく卑怯な手を使いました。わたし一人で呪術省をどうにかするなど、不可能です。ですので、妖の方々にお願いをしました。たった一度だけの援軍を。人を喰らう異形の方々へ、日本を変えるために頭を下げました。

 ですが、今回参加された彼らはこれ以上、人を傷付けません。一千年という間に、人を喰らうという習性を忘れたからです。彼らは一千年前のように満ち溢れた霊気があれば生きていけます。もし人を傷付けたのなら──わたしの意思を継ぐ難波家本家の次期当主、難波明が必ず、排除します」


 ごめんね、明くん。巻き込んじゃって。

 でもそういう星の元に生まれてきちゃったんだから、諦めて。


「呪術省を再編成し、正しく国民のために。そして妖や神々と共存する、悪霊憑きが差別されることのない世界を、わたしは望みます。わたしだけが願っても意味はありません。皆様が、正しき理解と法の元、学び行動していただく必要があります。

 そのために僭越ながらわたしも、できる限りのことをいたします。神々との折衝を、妖たちの監視を、プロの陰陽師の采配を、過不足なく行なっていきます。

 そのためには申し訳ありませんが、今の呪術省は解体します。妖のことも神々のことも詳細の掴めていない呪術省では、また五月の繰り返しです。ですので呪術大臣、土御門晴道を更迭し、新たな暫定的な陰陽寮のトップとして、プロの陰陽師筆頭、香炉星斗を指名いたします。難波明はまだ高校生。彼が成人するまでの代わりと思ってください」


 下で「うえっ⁉︎」という叫びが聞こえた気がした。ごめんね、香炉くん。君は明くんの身代わりだから。

 巧くん伝えなかったかー。朱雀を貸し与えた時に言ったと思ったのに。


「わたしは本来、死んでいます。この場で声も発することのできない存在です。それでも、これはわたしの最後の願いです。特定の人を犠牲にして成り立つ世の中は間違っています。それを正せるのは皆様一人一人です。立ち上がって、声を上げてください。願いを言ってください。皆様が溜め込んでいるものを、吐き出してください。

 そうやって、魑魅魍魎の存在しない世の中を作りましょう」


 お辞儀と一緒に術式を解除して、金蘭様もビデオカメラを止めてくれる。

 終わった。これで日本が変わるかどうかは、全員に委ねられた。これでも今のままが良いと言ったらそのまま、一定の人間が犠牲になる世の中になる。五神という人柱を消費する世の中だ。

 どうなるか、わたしもまだ働くし、見守りましょう。

 帰る前に、呪術大臣の拘束を解く。すぐに解任されるでしょうけど、一応まだこのハリボテの塔の支配者だ。


「……何なんだ、貴様らは⁉︎私が間違っていると言うのか!力で押しつぶせばいいと言うのか⁉︎」

「ええ。だって間違っているでしょう?真実を隠して、自分が安倍晴明の血筋なんて名乗って。晴明様のお世継ぎは晴唯様ただお一人。難波の初代当主、その人よ。ただ押し付けられただけの存在が、晴明紋まで偽って、世の中騙して。力で押しつぶしたのだって、あなたが何も対策を講じないからじゃない。四ヶ月もあって、結局がしゃどくろの時にも何も活かされずに被害を出して。道化師にはここらで退場してもらうわ」

「それに、あなたの先祖って私が晴明様に拾われた時、既にいたじゃない。そんな人間が晴明様の子孫を名乗るってねえ?私のことは怪奇擬きって罵ったし」


 金蘭様もそう言って責める。でもそのことを、この人は知らないだろう。だってこの人は星見じゃない。土御門に、星見が生まれたことはない。そういう呪いを、あの人はかけたのだから。

 賀茂もどこまで過去を視て、どこまでの未来を視たのだろうか。視ていたとして、どこまで情報を共有していたのか。共謀して情報統制したのは事実。

 あと、金蘭様。この人たぶんその時のこと知らないです。何で悪霊憑きを嫌っているか、過去に何があったか。もし知っていてこうなっているのだとしたら、救いようがありません。


「あなたの家系は安倍家よりも古い、由緒ある貴族よ?晴明様は成り上がりの貴族で、あの人が一代で昇りつめただけ。そんな家が晴明様の血縁?ありえないわ」

「親族だったとか、そういうこともないのか⁉︎」

「ないわよ。あの人の父親は精々地方の豪族。母親は葛の葉様。つまるところ九尾の妖狐。狐の血が入っていないあなたたちが、血族なはずないでしょう?狐を毛嫌いしてるんだから、交じってなくて良かったじゃない。狐に呪われているあなたたちが、狐の末裔だと思った?良い夢見られたかしら?」


 金蘭様が煽る煽る。紛れもない事実なのだけど。

 その言葉で、呪術大臣は瞳のハイライトを失う。なんだ。この様子だと本気で偉大な血筋だと思い込んでいたの?おめでたい人たち。流石にそんな誤認をさせるようなこと、あの人もさせないと思うけど。呪いは短命になるだけ。毎回毎回、子どもが産まれるたびに幻術をかけるなんて手間だし、そんな余裕はあの人になかったはず。

 呪いもかけ直していないあの人が、そんなバカな真似をするはずがない。


「呪われて呪って。だから呪術省。児戯で楽しんでいて、ちょっと日本で良い立場を貰えて。一千年前から何も進歩していないのね。瑞穂。晴明紋の説明はしてあげた?」

「いいえ。だから勘違いしたままなのかと。本物を知っていたら、この程度で絶望しないかと」

「なら教えてあげなさい」


 この人もちょうど偽物を着ているから良いか。晴明紋はそのまま、晴明様を司る五芒星が描かれた特殊な羽織りのこと。この五芒星のことを晴明紋とする説もあるけど、正確にはこの五芒星を施した羽織りのことを指す。

 本物と偽物は決定的な差がある。歴史の教科書に載ってしまっている方は偽物だ。土御門が意気揚々と載せてしまったんだもの。本物になりきれない紛い物。


「大きな点として。五芒星は確かに晴明様を象徴するものですが。それはあくまで陰陽術の基礎であり到達点というだけで、晴明様そのものを指すものではありません。あなたの先祖はおそらく、金蘭様や道摩法師が着ている晴明紋を見て、似た物を拵えたのでしょう。だから詳細を知らなかった」


 わたしの着る晴明紋。その左胸の部分にある五芒星。この五芒星の中にある正五角形。この中に、本物があるというのに。


「ここに、何が見えていますか?」

「黒い、点……?」

「目悪すぎ。それは玉藻の前様の、本来の手形。狐の手が描かれているでしょう?──この子たちはわたしのものだから、手を出すな。そういうあの方なりの求愛行動なのよ」


 本当に小さい手形だ。これを当時縫い付けているのだから、玉藻の前様お手製なのだから、葛の葉様も晴明様も見間違えるはずがない。土御門がそれを着ていた時は滑稽を通り越して侮辱だっただろう。そんな粗悪品で偽れると思われたことが。

 そしてこれともう一点。大きな違いがある。


「それとこの羽織り。全て玉藻の前様の毛で編まれている物よ。狐を愛している人しか身につけられないの。あなたのような人が着ると爆散するんだったかしら?玉藻の前様の匂いに包まれているこれを、あなたは着られるはずがないわ」

「あなた方土御門を呪ったのは玉藻の前様ではなく、道摩法師です。見当違いの恨みをぶつけて魑魅魍魎を増やし、人類に迷惑をかけた気分はいかがですか?幸い、土御門としての血が薄まって最近は寿命もまともになっているようなので、早めの隠居をお勧めします。あなたたちにこれ以上、日本を任せられませんから」


 こんなところだろう。この人に構う理由もなくなった。あとは世の中がこの人を排斥してくれる。人道的じゃないあれこれを行っていたんだから。その情報が正しいかどうかの検証をするんでしょうけど、色々やってもらいましょう。呪術省の状態はすでに保存しているし、機械に強い妖にデータのバックアップも取ってもらった。

 あとはあの人と明くんたち次第。日本はいつになったら、晴明様が託された姿になれるのかしら。











 「神無月の終焉」。そう呼ばれた天海瑞穂による内乱は一日で終結し。

 呪術省はこの日を持って、解体された。

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