第130話 5ー1
呪術省の眼前では、ほとんどの妖たちが飽きていた。殺しにきた。呪術省を潰しに来た。だというのに一千年前のような闘争ができなかったのだ。
好き勝手やっていた一千年前は良かった。何をしても自由だった。彼らを咎める存在は少なかった。咎められても大事ではなく、精々が口頭注意。妖の本分たるものは自由にこそあった。
だが、鳥羽洛陽から全てが狂った。神からの恩恵をなくした世界は不自由極まりなかった。結局妖も、自由に生きていたとしてもあくまで神の保護があってこその自由だったからだ。
妖は神から別たれた人間とは異なる分岐の一つ。神だって人間のような姿をしていれば、妖のように異形の存在もいる。妖の始まりは神が産み出した失敗作、または動物や人間との間に為した子の成れの果て。もしくは神の堕落した姿。それが妖のルーツだ。そんな最初の存在たちが子を為した血族たちがこの場にいる妖たち。
その妖たちだって、神の恩寵あってこその存在。その神が下界から撤退すれば、今までのように暴れていられなかった。人間同様に妖も力を失い、日本はか弱く変質していく。強大な力は見るからに衰退し、張り合いがなくなってしまった。理解者もおらず、ただ追われるだけの日々。追われても、弱すぎて殺すのも食すのも違うと感じて。
人から距離を取って、新しい生き方を模索して。それでも人里にたまに現れて。
世界が、少しだけ戻って。それに歓喜して。
人間も同じように変質していて。つまらなくなってしまった。それだけのこと。
一方人間たちは頑張っていた。鬼の混血軍団を相手にしても一歩も退かず、蘆屋道満という最高峰の陰陽師を相手に複数でかかっているとはいえ拮抗して、今も鬼二匹と五神たちが殴り合っていた。
伊吹山の龍と青竜は戦いに満足したのか、空で休んでいる。
「ふむ。すまないな、陰陽師諸君。タイムリミットというやつだ」
「タイムリミット?我々はまだ負けていない!心根も折れていないぞ!」
「それでも時間なのだよ。君たちの気持ちも、気力も、力も、どんな状態でも関係ない。我らが姫が、全ての準備を終わらせた。この戦いに終わりを告げる鐘を鳴らしてくれる」
「……瑞穂さん⁉︎」
「そう。裏・天海家第十二代当主、天海瑞穂が呪術省の中枢を貶めて頂上へ到達した。今やその
その事実に気付いて、式神の五神たちは戦いをやめてしまう。鬼二匹も下がって道満の元まで。
式神たちは伊達に安倍晴明の式神だったわけではない。霊脈の唸り、龍脈の鼓動を見れば何をしようとしているのか察しもつく。その状態に陥った時点で、呪術省は効力を失っていることも。
同じことに気付いた星斗も郭を下げる。姫と呼ばれる瑞穂の実力も、目の前の道満の実力も理解していた。そんな傑物たちが無駄なことをするはずがないと。無策で呪術省を攻めるはずもないと。
ある種の信頼だ。このタイミングで仕掛ける理由があるはずと。呪術省を潰すだけなら、目の前の戦力を集めればいつだってできたのに、今日という日を選んだことには、必ず何かがあるはずと。
「ああ、何。絶望することはないさ。君たちの役目は大きく変わらないだろう。ちょっと街に妖と神が入り込み、普段の生活としては呪術犯罪者を追いかけたり魑魅魍魎を狩ればいいだけ。少々常識が崩れるだけだ。むしろ君たちが彼女や妖と話し合って新しいルールを決めたまえ。それが真っ当な秩序であれば、みな納得するだろう」
「あなたは、決めないのですか?」
「私も扱いは呪術犯罪者だろう。だが、あの子は違う。むしろ呪術省の被害者だ。それに一千年前の亡霊が、今さら遠い未来を望んで口を出そうとも思わない。未来は君たちの手で作りたまえ。私はその補助をしたに過ぎない」
『ここまでやっておいて補助かよ?』
「私の立ち位置としては人間、妖、神。そして狭間の者たち。全ての間に立つ仲介人だ。人間主導の、継ぎ接ぎだらけの天秤を壊すところまではやろう。これは晴明の尻拭いだ。私の役割も後ひとつ。天秤の再構築は含まれないだろう」
そう、道満は自身をしっかり定義していた。一千年かけて変質したものを、鳥羽洛陽の前まで戻すこと。そのために一千年奔走してきた。それ以上は道満の仕事ではない。
いわば橋渡し。
道満自体、悪名が蔓延っている。そんな存在が政治に口を出したら反感を食らうのは目に見えている。
それに比べて、姫はかなり都合が良い。十七年前のアイドルであり、容姿も充分以上。陰陽師として最高峰の実力に、天海という陰陽師の中でも有名な家系の分家。そこの元当主。悲劇的なドラマもあり、集客性は完璧だった。
そんな少女が訴えかけるのだ。呪術省の悪評を。間違っているあれこれを。
「外道丸。彼らに撤収準備を。宴は終わりだ」
『はいよ。狭間の者として、茉莉をその会合にぶっ込んで良いだろ?』
「妖の代表はお前がやるか?」
『冗談。もっと適役がいんだろ。それに現状オレは式神だぜ?』
「それもそうか。後で選んでおこう。大天狗様にもご足労願わなければな」
「道満様。人間代表は瑞穂殿が務めるのでしょうか?」
星斗が尋ねる。そうしたら結局道満サイドの存在しかいないことになってしまう。それは力による支配だ。恐怖政治となんら変わらない。
そうなったら人間の安全性が保てるかわからなかったので尋ねたが、道満は小さく笑う。
「それでは公平ではないだろう。君たち難波が好きな言葉で言うなら、天秤に不純物が混ざる。半人半妖と妖の存在はどうしても私の思想寄りになってしまうだろう。それは呪術省の努力不足なので諦めてほしい。その場に瑞穂も同席させるが、あくまで仲介人にさせるつもりだ。世論はどう動くか、知らないがね?」
(策士だな)
結局投票権の多くを道満側が持つことになる。法治国家、民主主義である以上国民の声は大きい。急遽選定された人選だったとしたら余計に国民の声を無視できない。民あっての国だ。
呪術省という枠組みがなくなろうが、プロの陰陽師の仕事が変わらなければ公務員であることに変わりない。公務員を纏めることと同義の会合が国民の声を全て無視するわけにもいかないだろう。
そうなると、人間の代表が誰になるかにかかってくる。大変な役割だが、誰かしらがやらなければならない。そして、それはいまの呪術大臣ではないということも分かり切っていた。
「一応言っておくが。神の代表は私と同じ意見とは限らないからな?人間が気に入らなければ五月のように襲ってくるだろう。あの方々には私にも思い当たらないような崇高なる思考をされている可能性がある。私の温厚な意見に耳を傾けてくれるかは、私の埒外というわけだ」
「……日本人の未来は、人間代表と瑞穂殿に託されたということですね」
「悪いようにはならないだろう。神にも負い目はある。それと同等か、もしくは上回るほどの非が人間にはあるかもしれない。尺度の異なる相手だ。気を付けるように」
星斗はそうなる人物に心の中で合掌した。
そして、日本はその放送を聞く。
見たこともない規模の術式が、京都を超えて発動した。これを見たら彼女に歯向かおうと思う輩は綺麗さっぱりいなくなるだろう。
日本全国に影響を及ぼす術式を使える相手に、喧嘩を売る方が間違っているのだから。
────
屋上に着いた。呪術大臣はそこら辺に投げ捨てる。簡易式神も戻して、術式の準備をしないと。
服はすでに着替えてある。黒い礼服に、白い羽織りを上から重ねている。正式に頂戴した、わたしのための晴明紋が刻まれた羽織り。裏・天海家の家紋とか難波の家紋が入った羽織りでも良かったんだけど、戴いたのなら着なければ。これこそが証になるのだから。
気付く人が気付けばいい。そんな、ちょっとしたアイテムに過ぎない。
隣の塔を見てみると、すでに金蘭様がいらっしゃっていた。流石にこれから行うことは一人では難しい。巧くんの助力が欲しかったけど、権限は渡してもらっている。だから二人なら大丈夫。現状、世界最高の陰陽師が手を貸してくださるのだから。
初めて行う術式だけど。手本は一度見た。……リハーサルもなしにぶっつけ本番とか、スパルタなお人だこと。
まあ、仕掛けはこの十七年間ずっとやってきたんだから、発動はするでしょうけど。では、始めましょうか。
「金蘭様、聞こえていますか?」
「ええ。大丈夫よ。神々の眼は今の所誤魔化せてる。日本を一時的に掌握しようというのだもの。ちょっとした膜は必要ね」
感度良好。そして邪魔も入らない。明くんたちもここから避難させたから、術式の構築に介入されない。
つまりは、引き返せないところまで来てしまった。邪魔をされないということは、わたしは無責任に日本を変えて、その責任を取らずに他の人に押し付けようというクズになる。
あの人と同じ道を歩んでしまう。それがいいことか、悪いことか。でも、共犯者だ。これで罪は同じくらい。それなら同じところに堕ちるでしょう。それならきっと、あの人も寂しくないはず。地獄まで共にするのは、わたしだけでいい。
「では、いきます」
呪符は使わない。わたしという存在を起点に術式を起こすのだから、目印なんて必要ない。そんなちっぽけなものではどうしようもできない。
身体中の霊気と神気を呼び起こす。これでも全力でやっているつもりなのだけど、やっぱり生前と比べると七割がいいところ。でも、七割もあればこの術式は使用できる。
「隆起術式──
まずは京都へ。わたしが保有している龍脈へ接続する。
「第一龍脈、鴨川接続確認」
金蘭様のオペレートに則って力を繋げていく。龍脈から龍脈へ。全ての龍脈は繋がってる。けれど、その力を全て使うことは事実上不可能だ。距離的にも、力量的にも。人間が使える龍脈は精々二つ。それもわたしや巧くんほどの術者で、ようやく二つ。九つ全部を使うなんて正気の沙汰じゃない。
けど、それは生身の人間の話だ。今のわたしは死人。式神。龍脈によって、あの人の存在を基軸にして地上に残っている存在。存在としては霊脈や龍脈に流れる、命なき者に近しい。そんな存在だから、わたしという主を龍脈に認識させることができる。
「第二龍脈、比叡山接続確認」
京都の外へ、円を伸ばすように力は拡大していく。千里眼で遠くを視ているように、その場所を特定させていく。目印は置いておいたから、近いところから見付けては接続を開始する。
「第三龍脈、
「続いて第四龍脈出雲大社、第五龍脈信濃川接続確認」
「第六龍脈利根川、第七龍脈高千穂峡接続確認」
「第八龍脈那須野、接続確認」
「最終龍脈函館山、接続確認」
龍脈に呼応するかのように、それぞれ近くの霊脈も鼓動する。これを待っていたかのように、息吹が芽生える。
全て、全てが脈を打つ。日本の領土全てが波打つ。光り輝く。
四月にあの人がやったことの、拡大版。
「掌握術式起動。変換術式再構築。力量偏差逆行開始。神気充填開始。──蘇りなさい。神魔融合国土、日ノ本!」
龍脈を隆起させることは第一段階。これはまだ、日本を鳥羽洛陽の前の状態にしただけ。四月のものが一千年前に近付けたのなら、今回は確実に戻してみせた。外観は現代日本のままだけど、龍脈や霊脈、国土は一千年前に戻った。これから環境変化が著しく起こるだろう。地層とかを専門にしている方、ごめんなさい。
様変わりが始まる。わたしの眼にはもう変化が起きているんだけど、これを全員が知覚できることはないでしょう。一千年前も国民全員がこの景色を見ていたわけじゃないから。
地下から溢れ出る白い光。空へ、神の御座へ向かう小さな粒子たち。龍脈が溜め込んでいた神気が、神の御座へ還元を始める。止まっていた循環が、作用し始める。
「お見事。あの人が見出すのも納得の結果ね」
「金蘭様のご助力がなければ、成功しませんでした」
「それはどうでしょうね。……始めなさい。今は揺り戻しによる活性化で、伝播術式は使いやすいから」
「はい。──伝播術式、地底闊歩・天空遊歩発動」
術式、正式起動。わたしの目の前に置いたカメラが、わたしの姿を撮る。申し訳ないが、金蘭様にはカメラマンをやっていただいた。呪術省の近くには大型のディスプレイがあったので、そこにわたしの姿が映ったのを確認して成功を知る。
音声はどうだろうか。
「皆様、こんな夜明け前に失礼致します。わたしの声が届いているでしょうか?」
「聞こえていますよ。先々代」
巧くんから返答が来る。なら大丈夫なんでしょう。あらかじめ放っておいた簡易式神からも良い返事が来ましたし。
では、話し始めましょうか。
「初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。四月にも少しだけ顔を見せましたが、きちんと報告するのは初めてでしょう。天海瑞穂、先々代麒麟。十七年の時を経て、舞い戻りました」
呪術省を潰す、爆破劇を奏でましょう。
「皆様にまずご報告を。呪術省は制圧させていただきました。呪術大臣も拘束して、呪術省の周りもわたしの同胞が抑えています。これ以上の負傷者を出さないために、一度手を止めてください。そして話を、聞いてほしいのです」
今、わたしの姿は機械や龍脈を通して、全国に映し出されている。近くの大型ディスプレイ然り、家にあるようなTV然り、空や川に映し出されていたり。機械はもちろん電気を通して映していますが、それの補助にも龍脈の力を借りている。TV局とかをハイジャックとかは労力がかかるだけなのでやっていない。
霊気と術式で機械を掌握している。補助は機械に強い妖にやってもらっている。邪魔されないように、でも利用させてもらうから妖はそこそこ配置していたり。
空や川に映し出される姿は全て龍脈のおかげ。こんな派手な術式を使うのは、後にも先にもわたしだけでしょうね。全国の様々なものをジャックするなんて。これ、あと誰ができるかしら?明くんには期待してるけど。
「まずは自己紹介をしましょう。わたしは十七年前に死んだ、当時麒麟だった小娘です。今はとある人の式神になって、こうして仮初めの身体を得ています。その人がわたしの所有権を捨てれば死んでしまう、泡沫の命です。亡霊の、この世を憂いた反乱だと思ってください。調べればわたしの戸籍も見付かるでしょう。わたしが本物かどうかは、皆さんに委ねます。
次に麒麟についてお伝えしましょう。おそらく知らない方が多いでしょうから。麒麟は五神と呼ばれる四神と同格のもう一柱。呪術省が意図的に隠した存在。それは役職としても、安倍晴明様から借り受けた式神としての存在も隠しました。その理由は後ほど、各情報機関に詳細を纏めた資料を送ることで替えさせていただきます。
麒麟のことは、京都に住む方なら見たことがあるかもしれません。この子が麒麟です。おいで」
その一言で、隣に麒麟が来てくれる。麒麟の姿も表示される。最近がしゃどくろのことや大天狗様の一件などで表舞台に出ることが多かったから、見たことのある人はいると思う。
特にわたしの頃なんて麒麟が京都に基本的には在住しているという取り決めがなかったために全国で麒麟の姿を晒した。わたしがあちこち放浪したために、そういう制約が巧くんの時にできたんだとか。その巧くんもロクに守らずにあちこちへ好き勝手婚前旅行してたけど。
「本来麒麟も含めた五神は京都に駐在していなければなりません。何故なら京都の結界を維持する存在がこの五神たちだからです。京都の結界の維持と言われて、皆さんもなんとなく察しがつくと思います。京都は他の場所に比べて、魑魅魍魎や妖といった脅威が目につくほど暴れていますから。だから、京都を守護するための結界だと、想像したのではないでしょうか。
──違います。京都の結界は、そのような目に見えた相手のために張られたものではありません。この結界は一千年前に安倍晴明様によって張られました。鳥羽洛陽より以前に張られたものです。その当時から都に妖たち怪異による脅威があったのも事実ですが、それくらいは晴明様たちにとって脅威ではありませんでした。対話によって、都を守ることも可能だったのですから。
ではどうして、都に結界が必要だったのか。今でも京都に結界が張られ、それをわたしたちが気にするのか。呪術省がその事実に気付いていないのか。軽視しているのか。
簡単です。
ああ、呪術大臣目覚めてる。この術式を使う頃には目が醒めるように調整してたけど、良いタイミング。放送に茶々入れられたくなかったから動きも口も塞いでるけど。あなたはそこでただ真実を知って絶望していなさい。
「呪術省がこの結界について認知していないのは、京都が魑魅魍魎の発生源になっているということを知らないからでしょう。そして、五神が揃わなければ結界の維持が難しいことも知らない様子。ここ数年の四神の派遣状況と照らし合わせれば、そういう疑いも生まれてしまいます。
では何故京都なのか。一つは、ここに龍脈が二つあるため。龍脈については説明を省きますが、魑魅魍魎の発生に関わっている地脈のことだとご理解ください。もう一つは人口の多さです。魑魅魍魎とは、人間の悪感情が霊気によって実体化した存在の総称。わたしたち人間が、魑魅魍魎を産むのです。人が集まれば集まるほど、悪感情も募る。都市というものは人工の光が強すぎる一方、隠された闇も多い。その闇の温床になっているのですから、魑魅魍魎も自然と増えます。
そして三つ目。この地が、神様の初めて降り立った土地だからです。国土が造られた後、天上の神が初めて足を踏み入れた土地。その影響で京都という場所は日本の中でも特異な場所になりました。神をもてなす地、そのため実りも他の土地に比べると格段に良く、神の在わす神の御座への出入り口も多くなっています。神隠しの多さは、これが要因です」
日本神話でも特に舞台になることの多い京都。神話とは実際にあった出来事を、神々が忘れることは許さぬと人間に残させた確かな証。この京都が神の御座と繋がる架け橋となっていたために、日ノ本の中心たり得た。だから様々な恩恵を得られた。だから神々は、晴明様の元へ気軽に降りて来られた。
「神の存在。そして神話の不確かさを疑うかもしれません。わたしからは、五月にお越しいただいた大天狗様は間違いなく神の一柱であり、近いうちにまたこちらに来られるということだけ、伝えておきます。人間と、境界線を作るために。一週間、日本の天気を変えた御方を神と信じるかどうかは、皆様に委ねます」
日本国民としては結構信じている。そんな超常現象を起こせるのはよっぽどの力を持った妖か陰陽師、または神。そう考えるのが手っ取り早いし、腑に落ちるからだ。むしろ陰陽術でも不可能なことをやってのけた存在なんて神しかいないだろうという考えに行きやすいし、そうなるように誘導もした。
あるニュース番組に呼ばれていた教授に成り代わった式神にそういった論を展開させた。番組中眠らせておいた教授にはそういう発言をしたというように幻術で思い込ませた。あとは掲示板も利用して、若者たちに大天狗様=神という論調を広めておいた。一度広まれば勝手に拡散してくれる。
そういう下準備もしてあるから、わたしの発言も疑われないだろう。遺憾ながら、瑞穂ちゃんファンクラブが擁護してくれる。妖の自演の部分もあるけど。
あとで覗くのが怖い。
「魑魅魍魎については、発生状況を纏めた統計データを公表します。戦争時、大飢饉、災害発生時。これらに合わせて百鬼夜行も数多く確認できます。これは呪術省のデータと民間会社複数のデータを同時に提供いたします。参考の一助になればと思います。
これらのことは星見であれば掴める情報であります。わたしも星見として、過去を視ることで識りました。呪術省は星見の大家である賀茂家と懇意にされているのに、このことを公表しなかった理由が、わたしにはわかりませんでした。ですが、知識は現実に向き合うために必要な武器です。それを隠されたままでは国民の皆様が困ると思い、わたしはこの機会に公表させていただきました」
暗に土御門家と賀茂家は共謀して隠し事していますよ、と暴露する。この二家が上にいたら何も好転しないんだもの。美味しい汁は長い間吸ってきたんだから、もういいでしょ。この辺りで失脚しないと、大天狗様たち神々が納得しない。日ノ本を転覆させた者たちがのさばっているのは気に喰わないでしょう。
時代は移ろう。神々が身を乗り出し、新しい指導者も育ってきているのだから、トップの挿げ替えをしないと。呪術省の在り方を抜本的に変えるのだから、今までのトップは邪魔だ。
革命を起こしているのに、頭は残っているなんて滑稽にもほどがある。だから、しっかりと蹴落とす。
「星見という知識を得られる異能。これを冷遇してきた理由は、自分たちの失脚を恐れたからではないでしょうか。一千年前の真実は、暴かれたくない事実があるのです。今、わたしたちが常識としている様々な事柄は、呪術省、ひいては土御門家と賀茂家にとって都合の良いように編纂された歴史です。
皆様はきっと、玉藻の前は時の天皇に仇なした、晴明様が討伐した妖狐と認識しているでしょう。どこからか現れ、晴明様を死に追いやった化け物と思っておられるでしょう。
──それが間違いなのです。玉藻の前という存在は突如として都に現れた訳ではありません。都を転覆させるために、鳥羽洛陽を起こしたのではありません。晴明様に討伐されるような存在でもありません。
真実を知らず、この一千年もの間、誤解をしていたのです。土御門家と賀茂家が隠蔽したものを、本当のことだと洗脳させられたのです」
呪術大臣が睨んでくるけど、事実でしょうが。あなたは知らないかもしれないけど、恨むなら一千年前にそう決定したバカか、資料を捨てた先祖を恨んで。もしくは共謀した賀茂家。
ホント、こんな嘘を塗りたくって、あの人は怒り心頭だったんだから。
晴明紋が正式に与えられたのは、あの人と金蘭様、そしてわたしだけなんだから。晴明紋は、葛の葉様に示すためだけに作られたただのお遊び。あの人を朝廷に召しあげるための、外向けの認可証だったのに。
「これから皆様には、一千年前の真実を知っていただきます。少し脳に負担がかかりますが、後遺症は起きませんので。少し、失礼いたします」
これも初めての術式。しかも日本国民全員に見せるとなると、ちょっと大変な術式だ。こうして術式の重ね合わせと龍脈に接続してるから辛うじてできるけど。
「天から見守る星々よ。母なる海よ。豊穣たる大地よ。記録の円環を抜粋させたまえ。──風水・明星と暁の結び目」
みんな、知ってちょうだい。
晴明様と玉藻の前様の、やってきたことを。
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