第25話 4ー2ー1
夜八時。この時間、外を出歩いている人間は酔狂な阿呆か、プロの陰陽師くらい。いくら街そのものが方陣に守られているからといって、方陣を抜けてやって来る魑魅魍魎が全くの0かと言われると否定しなければならない。
方陣の力が弱まっている、方陣に慣れてしまいすり抜けに成功した個体、方陣をものともしない強力な個体など、方陣は絶対ではない。
だからこそ、魑魅魍魎が現れるとされる夜には、子どもも外出していないし、仕事が遅くならないように会社員もさっさと帰す。それが常識となってはや一千年。
では、そんな時間に陰陽師以外で外に出ている人間とは。
ビルの屋上から、陰陽師たちが慌てふためくさまを滑稽とでもいうように眺めている仮面をつけた男は。
「いやいや、蟲毒なんて久しい。前回見たのはいつだったか……。いかんせん、前すぎて覚えていないな。前にやったのは誰だったか……。私だったか?それすら覚えていないな」
エイだった。明とゴンが市役所の中に入っていく様子を見て、それだけは応援していた。
この男、明とゴンには甘かった。やることなすこと手伝ってあげたくなるような、そんな一方的な愛情を二人に捧げていた。
とはいえ、今回の騒動は見守るだけのようだが。
「にしても……。蟲毒も形ばかりの代物だというのにこうまで成立してしまうとは……。それほどの霊脈と、人の怨嗟が溜まっていると。殺生石の影響がここまで色濃く出ているとはな。難波も頑張ったのだろうが所詮は人の子。霊脈の修復まではできなかったか。それ以外の使命で手一杯だったのはわかるが」
こうも簡単に言うが、霊脈をいじることそれすら、普通の人ではできない。霊脈に触れるには精神体にならなくてはならない。その精神体になるとは、肉体を捨てること。肉体を捨てるとは、人の死となんら変わらない。
その土地のため、土地に生きる人々のためにその身を捧げられる人間など到底まともではない。美化されて聖人と呼ばれるか、理解されずに狂人とされるか。そんな選択をした時点でその人物は、人間を辞めている。
「しかし、この土地を利用しようなどと大それたことを考える。いっそ罰当たりすぎて敬服するな。命知らずにもほどがある」
「そんな畏れ多い土地で、あなたは何してはるんです?」
そんなエイの後ろから桃色と赤で彩られた着物を着た少女がふわりと現れる。見た目十代前半。綺麗な銀髪をお団子にしてまとめている、どこか浮世離れした美少女。
カラカラと下駄を鳴らす音は、まるで主を問い詰めているようで。
「おや、存外早く見つかってしまったね。姫、いつ気付いた?」
「何年あんさんの式神やってると思ってはりますぅ?あない隠形と幻術、一刻と持ちまへんで?」
「一刻は稼げたか。お褒めいただきありがとう」
その嫌味な返しに姫と呼ばれた少女は頬を膨らます。そう、二時間も騙され、姿を隠されてしまったのだ。長年彼の式神をやっていても、彼の呪術を見抜けない。それが姫は悔しかったのだ。
彼女も陰陽術を使える珍しい式神。だというのにエイの呪術を打ち破ることはできない。彼に敵う陰陽師など一人もいないのではないかと思う程、彼の力は隔絶していた。
「しかし、よくここがわかったな?」
「あんさんが京以外に行くとしたら東京かここしかありまへん。ほな、虱潰しで探します。式神は傍にいてこそ。……二人もカンカンになってはったで?」
「君くらいなものだよ、彼らを人扱いするのは。それに彼らの方が付き合いが長い。どうせその内許してくれるさ。良い酒でも渡せばね」
「それは楽観的過ぎるんとちゃいます?……しかし、蟲毒ですか。麒麟門に接続しなさって、方陣を崩す腹積もりなんでしょうが、無理しなさるなぁ……。この土地だからこそ奇跡的なバランスで成り立ってはる。神の対になる存在でも呼ばへんと、この土地を選ぶ意味もあらへんなぁ」
一目見てそれに気付く姫は優秀な式神だった。いくら霊的な存在とは言え、こうまで理性があり陰陽術に理解がある式神は特例だ。人型でも、知識があるかないかは個体による。
「まさか神の眠る神霊地で禁術を執り行うなんて……。A様は何を思って静観なさってはるんです?」
「ここは難波の地だ。なら部外者は手を出すべきではないよ。それが神に愛された者の宿命だ」
エイ改め、Aはそう告げる。ゴンにはわかりやすく答えたが、結局はイニシャルだった。素顔も名も、仮面と小細工で偽る。
偽ることこそ、呪術の本懐だと示すように。
「しかしよく神の眠る地だとわかったな」
「よく調べましたから。これでも真実にたどり着いた者、なんやけどなあ。……A様。殺生石はどうしはったん?」
「確認はした。この目で見て、問題はないと感じたよ。今回の騒動には取り込まれないだろう」
「それはそれは」
姫はわざわざこの地にAが来ていた理由を理解していた。それを果たしているのに、ここで何をしているのかと。
「やることはぎょうさんありますよ?いつまでここにいらっしゃるおつもりで?」
「見届けたいのさ。あとは、遅くなればあの二匹も少しは怒りを鎮めてくれるかと思ってね」
「ほな、一緒に見ましょうか。……あと、蚊はどないします?」
「捨て置け。あと、アレは持ってきてないのか?」
「ありますけど、お忍びとちゃいんます?」
「構わないさ」
姫はどこからともなく、シルクハットと銀の杖を出す。シルクハットは被せてあげて、杖は手渡した。
これで余計に怪しい見た目になる。
「姫。そういえばあの店主元気そうだったぞ。明日にでも顔を出すか?」
「まだラーメン作っとるん?あんさんが美味しいゆうなら行きますけど……」
「美味しかったよ。では、明日は彼らに習ってデートだ」
「そんな間柄じゃありまへんやろ……」
そう言いつつも、姫の頬は少しばかり朱かったが、彼女の主はそれを口に出す性悪な男ではなかった。
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