第19話 3ー2

 その頃、ゴンは隠形しながら街の中心部をうろついていた。方陣の起点は四門だけではない。さらに中央に一つ、全ての土台となる起点がある。そこをゴンは調べに来ていた。

 街の中心部にはショッピングモールやビルなど、数々の建物が立ち並んでいた。その中でもとりわけ大きな建物は市役所。ここは呪術省から派遣されている陰陽師の宿舎と対策本部も兼ねているので、敷地面積から高さまで他の建物と一線を画していた。


『これだけ大きな建物にして、霊気も溢れさせていたら隠す気ないだろ……』


 ゴンは四門のように隠していない起点にため息を一つ。陰陽師が詰め寄る場所だから最高戦力が揃っているといえば聞こえはいいが、街の弱点を晒しているようなものだ。

 ダミー他の囮として用いているならまだしも、霊気の大きさからして偽物ではない。正真正銘の起点。

 それはそれなりの陰陽師ならわかってしまう事実。隠蔽用の術式も用いているようだったが、何故か今は綻んでいる。それに、霊脈に繋がれる天狐からしたら、そんなこざいく隠蔽術式あってないようなものだ。


『この綻び……。隠蔽術式を外部が解いて、また組み直したのか?歪になりすぎて陰陽師は感覚狂うだろう。昨日察知できたのは誰かが勝手に解いたからか……』


 原因はわかった。そしてこの起点に何か隠されていることも。だが、犯人と目的がわからない。この街に甚大な被害を出すことが目的なのか、嫌がらせか。それとも途方もない何かの計画の一部なのか。

 もう少し深くまで探ってみようと足を伸ばしてみたところ、後ろから声をかけられた。


「やあ、天狐殿。久しぶりとでも言うべきかな?前に会ったのがいつだったか覚えていなくてね。それに時の流れもぼんやりしていてはっきりしない。再会を祝してそこいらの喫茶でお茶でもしないかい?」

『テメェ……。いや、お前に常識説いても意味なかったな。何て呼べばいい?』

「今はエイと呼ばれているよ。そのように呼んでくれたまえ」


 ゴンが振り返った先にいたのは鼻から上を隠す仮面を被った細身の優男。肩までかかりそうな若干長い白髪を綺麗に整えていて、その上で霊気で存在を偽っていた。

 並の陰陽師どころか、四神でも気付くかどうかの隠形を施していた。


『今回の乱れはお前の仕業か?』

「今回とはどれを指すのかわからんな。もしかしてそこの乱れかい?そんな稚拙なこと、私がすると思っているのか?」

『そうかよ……。わかった。茶くらい付き合ってやる』

「それは良かった」


 一人と一匹は歩く。近くの小洒落たテラスのある喫茶店に立ち寄る。この時には隠形を解いてゴンは犬の姿に見えるよう自分の周りを偽っていた。エイも何故か姿を偽る術を使っていたが。


『何でお前まで姿を偽る?』

「本当の姿を見せてしまえば昼間に動ける魑魅魍魎に気付かれるからな。必要な措置だ」

『そうか。……前に連れていた奴らはどうした?』

「だからその、前がわからないのだよ。面と向かって会った時かな?それとも私が暴れている時にこっそり影から覗いていた時かな?」

『最後に会った時は面と向かってだ。女一人と鬼二匹いただろう』


 メニューを見ながら話す。ゴンはお金なんて持っていなかったのでエイに奢ってもらう気満々だった。誘ってきたのは向こうなのだから当然だろうという考え。

 ゴンの好みとしては緑茶なのだが、ないので抹茶ラテにする。あと昼食もまとめて食すことにしたのか軽食のところも見ている。


「ああ、彼女らとは別行動だ。一人になりたい時もある。それに今回は殺生石の様子を見に来た」

『なに……?』


 ゴンの顔は険しくなっていた。殺生石は難波家が責任をもって保管している。殺生石を守るために都から外れた場所に住んでいる安倍晴明の血筋だ。

 そのことは呪術省の上層部に触れればわかること。だが、目の前の男は役人でもなければ真っ当な男でもない。それに殺生石に何かあったということを康平からも聞いていなかったので寝耳に水だ。

 エイは何でもないことかのように店員を呼ぶ。その女性店員はエイの方を見て顔を赤らめながら来ていた。


「ご注文お伺いいたします」

「ランチのAセット。コーヒーで。テンは?」

『抹茶ラテ。あとホットサンド』

「……喋った?」

「このテン、私の式神なのですよ。きちんと食べられるのでご安心を」

(この詐欺師め)


 天狐と呼ばずに気を遣われたのはゴンとしてはありがたかったが、見ず知らずの女にまでアプローチするとは、女たらしの才能がある。

 店員がはけてからゴンは息を吐いてから尋ねる。


『お前いま、どんな容姿してるんだ?仮面は隠してるんだろう?』

「素顔だよ。全く、人間はどうも容姿というものを気にしすぎだ。容姿が優れていたとしても、自分のモノにならないのに何故憧れる?妄想する?自分の持ったモノでどうにかするしかあるまいに」

『お前……。じゃあ何であの娘に粉かけた?誤解してくれと言っているようなものだぞ?』

「ん?間抜けな人間の在り方を見たかったからだが?私は人間観察が好きでね。醜く、下劣で吐き気がする。ずいぶんと人間も増えたしな。なるほど、晴明が嫌悪するわけだ。こうも勘違いをする生き物に、モノの正しさを説いたあの男は阿呆だ。奴らの中の真理がたとえ間違っていようが、それを疑わない。本物の真理が視えていない視野の狭さ。滑稽すぎて、見ていて腹が捩れそうだ」


 こういう人間だった。人間の容姿をしていて、とことんまでの人間嫌い。

 だからこそ、今回も何かやったのかと思って勘ぐったが、外れだった。大前提として、エイであればもっとうまくやる。痕跡も残さずにやりきり、人間をどん底に引きずり落とす。そういう男だ。


『オレしかいなくて、まともに見破れそうな陰陽師もいないのに、そんな二重に隠す意味あるのか?そりゃあ、明とかには仮面の姿にしか見えないだろうが……』

「康平君には見られたくなくてね。しいて警戒してるのは彼と君のご主人様くらいなものだ。さすがにその二人には、顔を合わせにくいだろう?」

『お前が難波家に何回もちょっかい出すからだろうが。自業自得だろ』

「はっは。確かに、返す言葉もない。しかし君のご主人様すごいな。まだ成人していなかったのに私の鬼に気付いた。しかも力量を計り、警戒して私たちが退くまで一睡もしなかった。こちらの迎撃ラインも見極めて、その境に監視用の式神を配置する。──ああ、彼は陰陽師がなんたるかを弁えている。その上でまだ覚醒前だ。将来有望だよ」


 数年前、エイは難波家を訪れていた。とはいえ人間には感知できないような遠くから、一方的に眺めていただけ。

 当代の難波家の器を確かめたかった。だが、その視線に明は気付いたのだ。さしものエイも驚いた。十になるかならないかの子どもに気付かれるようなやわなものじゃなかった。その上で対処までしてきて、少し粘ってみたが満足して帰ったのだ。

 これにはゴンも驚いた。鬼にもエイにもゴンは気付かなかったが、唯一明だけが気付いた。その上でゴンと康平に伝えて、自分が率先して監視を務めた。

 鬼を見て相手がエイだと気付いたが、そのことをゴンは二人に伝えていない。二人に危害を加えないことがわかっていて、目的が何となくわかっていたからだ。


『前回と違う目的、殺生石か。何に使うつもりだ?正直悪いことしか思いつかないが』

「使う?私がか?冗談はよしてくれ、天狐殿。殺生石の価値を君がわかっていないはずがないだろう?殺生石の、本来の意味を」


 料理が運ばれてくる。ようやく来た茶で一服。

 だが、それでは落ち着かない。それほどまでに嫌な話を目の前の男はゴンに対してしていた。


『殺生石は呪具だ。しかも人間の怨嗟が込められた、危険な物だ。それ以上の意味はない』

「ふむ。そうか。では必死に殺生石を守れよ。世界を滅ぼしかねない劇物だ。殺生石を失えば、さすがの私も堪忍袋の限界だ。殺生石の代わりに私が世界を終焉に導く」

『……そうはならない。明が、そうはさせない』

「まあ、私もあの子には期待しているさ。あの子を産んだご両親には感動さえしている。殺生石を守り抜き、難波の使命を全うしたのだから」


 そう語ったエイの表情は穏やかだった。その穏やかな横顔と端正であろう顔から周りの女性は息をつくほど見惚れている。

 難波の使命はゴンも知っている。安倍晴明が存命の時から聞いていたのだから当たり前だ。


『ノア、の真似事か?』

「ああ、そういう話もしたな。だが、あれは間違っているぞ?生き残った人間がノアであって、大洪水を起こした神の名ではない。海外ではノアの大洪水と伝えられているから仕方がないといえば仕方がないか」

『海の向こうのことはどうでもいい。お前の場合は生き残りなんて残さないのだろうな』

「当たり前だ。この世で地獄に立っている者は私一人で充分だ。残りは全て地獄の贄になればいい」


 その言葉に狂気は感じない。そうすることが自分に課せられた使命のように語るエイ。彼は狂気になど呑み込まれていない。

 歩くという当たり前の行動のように、彼は人間を殺す。今彼が昼飯を食べているように、それが日常の一幕のように人命を消せる。そこに憐憫や後悔などといった感情は抱かない。

 一番近い感情は駆除。自分の畑の物を荒らす、害虫を駆除しているかの如く無関心で事を為す。まるでそれでは自分の、ひいては自分の棲む環境が悪くなるといったような義務感から来ているようなもの。


「前に一度殺生石を見たが、以前と変わりないか?」

『自分の目で確かめやがれ。そのために来たんだろうが』

「それもそうだな。君のご主人様も変わりなく残念・・だ。──ああ、それと。高校合格おめでとう。二人とも合格していて安堵したよ。京都は二人を歓迎する」

『お前はそういうのをどこから仕入れるんだ……。俗世に染まりすぎだろう』

「失敬な。私とて四神に勝る女を脇に置いて、ちょっと有名な鬼を二匹連れているだけのただの世捨て人だぞ?」

『だからこそだろうが。そのものずばり、今の世の常識が通じない』


 エイという存在がそもそも規格外。いや、常識の埒外なのだ。その男に常識を説いても栓無き事。


「彼女たちにバレるまでの数日間、この街に滞在しようと思っている。面白そうなことが起こりそうだし、ご主人様の成長も見たいからな」

『ちょっかいかけるなよ?』

「それは私の気まぐれと、どこかの神にでも祈っておいてくれ」

『オレが神だっての。いや、殺生石にでも祈るか』

「それはいい。確かに神だ。それも君よりも混じりけのない本物のね。──しかし、最近の陰陽師はなっていないな。陰陽師は外道ではなかった。だが、今の世の陰陽師は外法を用いているクズだ。成立当初から道具ではあったが、あくまで人道に則ったものだったはずだが?」


 周りを見てエイは呟く。自分の隠形が見抜けない程の質の低下、という意味もあるが、目の前の大きな建物で秘密裏にやっているとされる儀式の様相。

 安倍晴明は亡くなる前に土御門家へ陰陽術の体系化と在り方について教えていたはず。だというのに今ではその面影がわずかになっている。


『それを人道に反したお前が言うのか?』

「ああ、言うとも。人間の正しさいん暗い影ようをはっきりさせる術、それが陰陽術だろう?なのに呪術と名を変えて人を人と思わぬような行為の一端を担がせる。ここまで堕ちたものかと落胆しているよ。いや、原初は人と人ならざる者の線引きだったか」

『誰もがお前や明のように最初かこを知っているわけではない。移ろいゆくものだろう、人は時の流れとともに』

原点はじまりを忘れて、何のための技術、何のための歴史なのだか。──まあ、その技術も歴史も嘘で塗り固められたものだ。真実など虚構の海の底に沈んでしまったのだろう。人の営みからして、それは生きていると言えるのかね?本質の話として」

『さあなあ。オレは人間じゃないからな。人間の本質なんて知らん。お前もだろう?』

「ごもっとも」


 話し疲れたのか、お互いコップに口をつける。話が弾むと喉が渇くのは種族関係ないことだった。


『お前、いつからそんな豆の磨り潰し飲むようになったんだ?』

「西洋の文化だろうと飲むさ。慣れ親しんだ味というのも大事だけど、たまには別のモノに手を出すのも中々に楽しい。人間の欲がなくならないわけを実感しているよ。テンも今はそんな西洋かぶれの飲み物を飲んでいるではないか」

『これくらいしか飲めそうになかったんだよ。それにしても文化と発展か……。あの御方が愛した芒野原も、今やこのビル群だ。金蘭は泣いていたぞ。一部しか残せなかったと。約束を、誓いを違えてしまったと』

「それを言うなら、法師も結局この世に地獄なんて呼び寄せていない。それ以上に、人間の悪意が蔓延っていたという知りたくもない事実が残ったが」


 あの約束の中で、守れた者が一人と一匹。守れなかった者が二人。

 前者は吟とクゥ。後者は法師と金蘭。


「全く、真実に至れない者が多すぎる。元々陰陽師は学者か用心棒だというのに、今ではもっぱら戦闘屋だ。これも時代の流れというやつか?」

『便利な物は違う形に変化していくのが人間の世界だ。長い間で、よく学んだ』

「嫌になるな。そういう意味では先代の『秘密兵器』は素晴らしかった。技術の観点から真実に至り、そして排斥された。天狐殿。君とあの子たちはこの世の悪に呑み込まれるなよ?」

『努力はする』

「ふむ。ではそろそろ行こうか。結構な時間話したし、私にも予定がある」

『予定?』

「ああ。とある郊外のラーメン屋にな。あそこの店主とは顔なじみでね」


 そのラーメン屋こそ、明たちの行きつけである、かのラーメン屋。

 今日の限定メニューは、野菜マシマシ味噌ラーメン。


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