第11話 2-1-2
「急急如律令!」
「ON!」
開始と同時にお互い呪符を飛ばして、詠唱破棄して式を呼び出す。本来
急急如律令の一文だけで式を呼び出せる星斗の評価は年齢を加味して天才で間違いない。だが、それよりも短いONという二音で行使してしまう六歳児なんてもっと異端。当時は気付かなかったが、周りの大人たちは目を見開いていた。
二人が呼び出した式神はどちらも三匹。
星斗が呼び出したのは三匹の烏天狗。天狗も地域によれば神と同格、または神の遣いとされているほどの格の高い存在だ。
当時の俺が呼び出したのはニホンオオカミ。北海道にのみ存在していた絶滅危惧種。こちらもアイヌ文化では神と同一視されている、格の高い存在だった。
その式神たちが競い合う。どちらも大人顔負けの式神と契約していたためにどちらが次期当主になっても問題ないと大人たちは思っただろう。式神と契約できるのも、相手に認められてこそ。相手が認めてくれなければいくら陰陽師としての力量があろうが、契約などできない。
そういう意味では二人とも契約に関する実力と器は十分ということだ。
天狗は大きな団扇を出して旋風を起こす。一方オオカミは冷気を纏って突進していき、体当たりや噛みつきなどで天狗を屠っていく。
式神の力量は式神の種族にもよるが、術者が送る霊気の量にも依存する。たとえ高ランクの式神であっても霊気があまり送られていなければ格下にも負けることはある。
天狗とオオカミの格は同じだったが、天狗の方がやられていく。込められた霊気の差が如実に表れていたが、分家の人間たちの間でこの結果に当時の俺が凄まじい才能を持っていると判断した者と、星斗が本命のために力を抑制していると判断した者で別れていた。
こうして過去視で視てみると、純粋に術比べを楽しんでいる人たちもいたと確認したが。
最後の天狗が三匹のオオカミになぶり殺しにされた瞬間に、星斗は一枚の特殊な呪符を投げた。その呪符は市販の物ではなく、本人の血によって文字が書かれた特性の呪符。
それが示すのは、彼の
「急急如律令!」
その言葉と共に現れたのは五階建てのビルに匹敵するほどの大きさの鬼。小鬼やただの鬼ではない。昔から様々な語り物語に現れた怪異。人の怨念の結晶とも言われる大鬼。
鬼の中にも、茨城童子や酒吞童子のように名前が後世に残っている鬼もいる。目の前の鬼はそんな鬼たちにも遜色ないほどの霊気を纏った存在だった。
その鬼は腕を振るっただけでオオカミを三匹とも倒してしまった。やられた式神は呪符に戻る。その呪符が庭にひらひらと落ちても、当時の俺は全く動じていなかった。
圧倒的な霊気に、その膨大さと冷たさに耐えられなかった観客の中には口から泡を噴いていたり、漏らしてしまっている子もいた。そもそも大鬼なんて災厄をもたらす側の存在で、真っ当な存在ではない。
それを当時十五歳で手なづけてしまった星斗がおかしいという話なんだけど。
ま、当時の俺が怖がっていなかった理由は真後ろにいた存在のおかげだけど。
その当時の俺は、新しい呪符を出すわけでもなくただ一言、唱えた。
「ON」
そうして、今までかけていた隠形を解いた。当時の俺の後ろに控えていたのはそこら辺の木よりも大きな三尾の狐。大鬼よりは小さかったが、それでも巨大な狐。というか、大鬼がデカすぎるんだよ。
我らがゴン様だ。ありがたやありがたや。拝んどこ。
観客も何人か拝んでるし。さすが難波家の分家の皆様方。お狐様に対する態度わかってらっしゃる。
え?俺のいつもの態度?いや、ゴンは俺の式神だから。うん。
「お狐様だ……」
「しかも三尾!徳の高いお狐様だ!」
「……え?あのお狐様、霊気による乱れがない!生きた式神だ!」
観客も星斗もゴンの存在を知って驚く。
式神というのは基本すでに死んでいる存在を降霊し、その上で契約を結ぶもの。この契約によって主従を結び、式神は現世に存在するための霊気を、陰陽師は自分以外に何かを補ってもらうための力を借りる。
相互扶助の関係だ。
で、それなりの力量の陰陽師なら霊気のブレというか乱れのような、濁りのようなものを見分けることで生きた式神なのか霊を基とした存在なのか見抜く。
生きた式神は珍しい。誰かに霊気をもらう代わりに付き従う変わり者だし、生きている存在は基本霊気を必要としない。陰陽師の資格がない、というか才能がない人間に無理矢理パスを繋いで付き人ならぬ付き式神にすることもあるのだとか。
人間以外の生き物に強制して霊気を与えることは禁止されている。道徳的な理由でだ。
ゴンは天狐で、霊気を操る生きた神様なので法律には引っかからない。
神様を式神という支配下に置いているという罰当たり的な意味で怒られる要因はあるが、世間的には狐の印象は悪いので物好きと思われる程度。
そんなゴンは普通の狐とは違いすぎる。
まず天狐としての長年生きた勘と経験がある。平安から生きてきたため、様々な動乱や騒乱、戦争を生き抜いている。知識も戦闘経験もある、そして陰陽術にも精通している生き字引。
特に式神で陰陽術に精通しているというのはかなり大きい。ほぼ全ての式神は陰陽術によって式神たらしめているが、陰陽術に詳しくない。それと自分の意志を持っている式神はほとんどおらず、主人である術者の命令で動くものだ。
動かすのも指示するにも補助するにも霊気を扱う、いわゆるコスパの悪い術。それが式神。メジャーな術式だが、プロの卵やそこそこのプロは用いないことが多い。式神に力を割くより、同じ労力で自分で強力な術式を使った方が効率が良い。
今回星斗が用意した大鬼のように例外はもちろんあるが。
式神にも偵察をやらせたり、自分以外の手が増えるため、ある程度
手数が増えるっていうことの重要性がわからない人が多い。手数が増えたからその分強くなれるとは言わないけど、手が空く、他のことができるというのは切羽詰まった状況であればあるだけ役立つ。
この重要性をわからせるために、式神に力を入れていることも相まって分家も含めて難波家は平時である限り式神を呼び出して制御をしている。本来迎秋会では催しなので呼び出さなくていいのだが、俺はゴンをずっと呼び出している。ゴンが生きているというのもあるが、今までゴンを霊体化させていたことなんてない。ずっと隠形で姿を隠しているだけだ。
あと、式神をずっと呼び出しているということはそれだけで霊気を消費する。霊気は使えば使う程最大値は増えていく。隠形や式神は自分を鍛えることにも適した術式だ。常時発動型の術式だからこそ、日常的に鍛えられる。
強力な術式は使える場所が限られているし、基本的に成人していない人間が表立って陰陽術(呪術)を用いるのは禁止されている。式神と隠形なら家の中でも使えるので、本当に秘密裏に色々やるのにはうってつけなわけだ。
「
それが大鬼の名前なのか、大鬼はゴンに向かって突進する。今までゴンの神秘さに気圧されていたようだが、勝つ為に決心したようだ。
『くうぁぁ!』
突進してくる大鬼に対して、ゴンは陰陽術によって土塊を産み出し足に絡めていた。
ホント、天狐って時点で卑怯だよな。当時の俺隠形外しただけで、後は霊気送ってるだけだし。指示もしなくていい上に、勝手に陰陽術使ってくれるんだから。星斗も陰陽術使われたことに驚いてるし。
今になっても、他の天狐に会ったことないし陰陽術使える狐に会ったことないんだよな。ゴン様は卑怯だったってあの後星斗に言われたし。
六歳児相手に大鬼出した奴には言われたくねーし。
そんな大鬼は鬼火を出して土塊を破壊していた。まあ、鬼の特徴はその身体能力と鬼火だ。屈強な身体と怪力、頑強さ、そして火力のある鬼火は相手にするのは面倒極まる。
その相手が五行修めた天狐じゃなければ、だけど。
狐は本来
つまりゴンは、プロの陰陽師でもない天才と呼ばれる若干十五にしかなっていない若造が使役する大鬼などには、あくびをしていても勝てるのである。
大鬼の鬼火とゴンの狐火がぶつかり合う。たしかこれで決着がついたはずだ。
真っ赤に燃え上がる炎と、蒼く膨れ上がる炎が拮抗するが、徐々に赤い鬼火の方が勢いがなくなる。星斗の霊気切れだ。
本人としては大鬼なんて出すつもりはなかったんだろう。なにせ最初に出した烏天狗三体だけで、そこら辺の魑魅魍魎には過剰戦力だし、術比べをするにしても下手したら陰陽師関連に進んだ大学生にだって勝てる。それだけ天狗の格も力も相当なものだ。
天狗で速攻終わらせようと思っていたら当時の俺は天狗に対応できるオオカミを呼び出してしまった。ただ、そこは星斗。天狗が万に一でも破られた際のために大鬼を出せる程度には霊気をセーブしておいたのだ。それが三匹同士の戦いに現れてしまった。
そして、天狗と同格のオオカミに勝てる式神は大鬼しかいなかったんだろう。一度呼び出して何らかの形で力を失った式神は一定時間呼び出すことができない。天狗の呼び出しができないなら、さらに強力な存在を呼ぶしかなかった。
だが、大鬼を呼ぶには相当の霊気が必要で、動かすにも鬼火を使わせるにもかなり霊気を持っていかれたはずだ。二発目の鬼火で霊気の消耗が激しく、供給が追い付かなくなったのだ。
結果として狐火に大鬼はやられる。ここで星斗が新しい式神を呼び出さなければ術比べは終了する。立っているだけで精いっぱいな星斗は、このまま何も出すことなく父さんが判定を下した。
倒れていないだけで、称賛すべきなのだから。
「そこまで。勝者、難波明」
その宣言を聞いてから星斗は倒れ込んだ。意地、だったんだろう。分家の代表として、無様な姿は術比べの間だけでも見せられないと。
当時の俺もゴンを小さくしていた。たしか当時の俺も結構限界だったはずだ。だから消耗の少ない小さな姿に変えたんだろう。
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