くろわっさん

「む、こっちかにゃ?」


 店内の人ごみの中を、レストランを求めて、魔王とカラスは歩きました。


 しかし、初めてのショッピングモール。勝手がよくわかりません。


「おお。あったにゃ。いいにおいにゃ」


 香ばしい匂いにつられて魔王が立ち止まった店先。その看板には、「焼きたてクロワッサン」と書いてあります。


「れすとらんにゃ」


「陛下。こちらはクロワッサンの店のようです。レストランとはもっと大きいものです」


 間違いを指摘され、魔王は急いでごまかしました。


「そ、そんにゃこと、しってたにゃ。れすとらんのまえに、これくうにゃ」


「しかし、そのようなことをなさっては、せっかくの食事が入らなくなる恐れがございますが……」


 魔王は怒りました。


「ワシをみくびるにゃ! くえるにゃ!」


 賢いカラスは逆らわずに、こうべをたれて許しをこいました。


「ははっ。ごもっともにございます。偉大なる陛下にわたくしめごときが浅見を申しましたこと、まこと汗顔の至りにございます」


 その言葉の意味が、魔王はよくわからなかったようです。小さな声で「お、おぅ……」とだけつぶやきました。


 カラスは、魔王の意のままに、クロワッサンを買い与えました。


 もし魔王の逆鱗に触れてしまったなら、魔界に戻り次第、消し炭にされてしまうかもしれません。


 それほどまでに、魔界での魔王の魔力は強大なのです。いまはあれですが。


「あまいにゃあ。うまいにゃあ」


 かけらをボロボロこぼしながら、魔王はむさぼり食いました。


 まるで本物の幼児のような、幸せいっぱいの笑顔です。ふくふくした頬には、えくぼさえ浮かんでいます。


「もっとくうにゃ。もっと」


 パクパクパクパク。


 あっという間に、十五個もたいらげました。


 満足したあとで、はたと気づきました。


「はらいっぱいにゃ。しまったにゃ。れすとらんがたべられないにゃ……」


 魔王は後悔しました。みっつよっつくらいでやめておけば良かった……。


 腹立ちまぎれに、カラスをぽかぽか殴りました。


「なぜとめなかったにゃ!」


「も、申し訳ございません」


「ゆるさんにゃ! ばつにゃ。カラスのやしきはぼっしゅうにゃ!」

「おまえのいえは、かたつむりにやるにゃ!

 かわりに、かたつむりのいえに、おまえすめにゃ! 」


「そんな……」


 ひどいやつあたりです。


 と、急に魔王はくたっとカラスの脚にもたれました。


「なんだか、ねむくなってきたにゃあ……」


 おなかがいっぱいになって、眠くなったのです。


 カラスの広い背に負われるなり、魔王はすやすやと寝てしまいました。


 きっと、起きたときには、怒っていたことなど、すっかり忘れているでしょう。


 こうしてカラスは、大事な屋敷を守ることができたのでした。

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