へんげ


「はしれ、いかずち。ほえろ、たつまき。あらあらしきものどもよ、わがもとにつどいて、すべてをくらいつくせ。にゃにゃにゃにゃー!」


 しーん。


 短い手を振りかざして、魔王は呪文を唱えました。でもなにも起こりません。


「にゃぜ? まかいならこれで、くにひとつはほろんでるはずにゃ……」


「わたくしが思いますに……。人間界の魔力は極めて薄いために、魔力に依存する魔法を使うことが困難なのではないかと……」


「にゃーーー?」


 魔王は叫びました。

 カラスに突進して、押し倒して、ポカポカ殴りました。やつあたりです。


「にゃぜにゃ! にんげんかいでは、どいつもこいつも、ワシのじゃまするにゃ?」


 ポカポカポカポカ。

 魔王の渾身の折檻です。


 ですが、はた目には、眼鏡をかけた長身の男性が、お腹の上に子猫をのせて、戯れているようにしか見えません。


 よっぽど猫が好きな人なんだろうなあ、などと思われています。


「へ、陛下。おそれながら……。己の身に影響を及ぼす類の術でしたら、どうにか使えるようでございます。わたくしめのように、変化の術をお試しになられてはいかがでしょうか」


 魔王はパッと顔を輝かせました。


「おお、そうにゃ」


 とてつもなく大きくて恐ろしいものに化けて、人間どもを震え上がらせてやろう……!


「にゃにゃにゃー!」


 両手を振りかざして、魔王は呪文を唱えました。


 ぽんっ!


 変化の術が成功しました、


「おおっ……」


 カラスが驚きの声を漏らしました。


 先ほどまで魔王のいた場所に、仁王立ちしていもの。


 それは、愛らしい幼稚園児くらいの女の子でした。


「にゃぜにゃあああー?」


 ポカポカポカポカ。


 魔王の全身全霊の折檻は、通りすがりの人には、「パパにだだをこねる幼い娘」にしか見えなかったとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る