26 「通して!」





 どうして雪那が。この短い間に、一体何があったというのだ。

 どうして、どうしてと、疑問は尽きない。


「──花鈴様!」


 転がり込むように鏡を抜けると、西燕国に着いた。

 前方に、知った顔の神子がいた。


「秋明! 政変かもしれないって聞いて来たんだけど、どうして」

「詳しいことは分かりません。重臣による仕業のようだとは分かっているのですが、現在陛下の部屋周辺で護衛兵たちとっているようです。──て、うわ、神子長様!?」


 後から出てきた蛍火は、驚きには反応せず、問う。


「重臣全員によることか」

「え、いえ、全員ではなく一部のようで、それで混乱が強いようです」

「この国付きの神子はここに全員──瑠黎るれいはどうした」

「瑠黎様は、私達にここにいるように言って、ご自分は陛下の元に」

「陛下はどこに」

「私室です」


 わたしは走り出した。

 宮殿内は、感じ慣れない雰囲気があった。騒然としている。

 雪那の私室へ近づいていくと、倒れている者がいた。秋明は、護衛兵と競っていると言っていた。反逆した臣下の手勢と、だ。

 それならば、もう、この先に進んでしまったということだ。

 そして、辿り着いた部屋の前には──。

 廊下の左右を警戒する兵が、わたしに剣先を向けた。


「神子様、現在ここより先には入ることができません」


 この兵、反逆側の兵か。

 ちらりと先を見ると、もう部屋の前は埋まっている。

 中の雪那は。


「通して」

「できませ──」

「通して!」


 わたしの怒鳴り声に、兵が剣先を揺らした隙を見逃さなかった。突っ込むように前進し、神子を殺すことを躊躇した彼らを抜ければ、また兵がいたが彼らは部屋の中を向いている。

 その隙をこじ開け、押し潰されそうになりながらも、中に転がり込むことに成功した。

 人間、やればできるときはある。


「誰も入れるなと言っただろう!」

「申し訳ありません! 神子様だったため……!」


 転んだ勢いで一回転すると、周りはそこそこ開けていた。部屋の前の密集地帯が嘘のようだ。

 そして前方に、雪那がいた。

 中に入ってきたのがわたしと見て、目を丸くする。姉さん、と雪那の口が動いた。

 雪那の側には、この国の現在の筆頭神子である瑠黎がいた。

 神子の政変への介入は許されないが、王と共にあった筆頭神子の中には、王と共に死ぬ者もあったという。庇って死ぬなら、介入かどうかを恐れる必要はない。死以上の罰はありようもないのだ。

 雪那と瑠黎の関係はまだ長いとは言えないにも関わらず、今の状況で側にいてくれるとは、雪那は神子に恵まれたようだった。


「二人とも無事……?」


 素早く起き上がって、短い距離をまた転びそうになりながらも駆け寄る。

 雪那の全身をくまなく見る。


「怪我は?」

「ない、よ。──姉さん、僕、わからなくて。何も、僕、何もしてないでしょ? 僕、何か、した?」

「雪那、落ち着いて。落ち着くの」


 こちらに手を伸ばし、途端に泣きそうになってしまった雪那をぎゅっと抱き締め、わたしは瑠黎に目を向けた。


「瑠黎」

「はい」

「雪那は討たれようとされているのね」

「そのようです」


 無表情が標準な神子は、冷静に見える様子で頷いた。

 わたしの腕の中で雪那が震えた。ごめんね。


「主犯は? 重臣だって聞いたけど、何人関わってるの」

「正確には、さすがにどうにも。ただ、一人はそこに」


 見たことのない雑さで、瑠黎は顎で扉の方を示した。


「見て分かるとは思いますが、一人だけ服装の違う男です。この状況の理由は直接聞いてみることを勧めます。──この国に来たばかりでしょうか。正直、理解しかねます」


 ではそうしようではないか。

 瑠黎に雪那をそっと預け、わたしは立ち上がり、体ごと振り向き、その男を見据えた。兵に囲まれた安全な場所から、こちらを見ていた。


「神子は、政変に関わることはないはずだ」


 男は厳めしい顔をして、不愉快そうに言った。


「咎められる領域と、咎められない領域があるみたいだけど。そうでなければ、間違った政変に神子が意見さえできないなんてあり得ない」


 神子だけが、王と同じような時を共にするのだ。最大の味方と言って良い。


「間違った政変だと? どの国にも正式には属さない神子にその判断をする権利はないはずだ。国の者である私達にのみ権利がある」


 国の者であれば、どんな判断をしたとしてもいいのだと聞こえた。判断こそが正当となる。間違いという概念などないのだと。

 そんなはずあるか。


「この状況の意味を問いたい。王が何をしたと言うの」


 国に属さない神子云々は聞き流して、わたしは問うた。正しいと言うなら、その「正しい」理由を聞かせてみればいい。

 

「決まっている。この国を壊そうとしているからだ」


 は? と言いそうになった。


「その陛下は余計なことを言う。政治に疎いにも関わらず、政治に関わり、意見を言う」


 男は、加えてつらつらと語り続ける。

 わたしは最初こそ呆気に取られていたが、頭が痛くなってきた。


 男の言い分はこうだ。政治に無知な王が余計な手出しをして、政治を混乱させている。

 何も知らない者が聞けば、完全に王が悪い印象を受ける。言い方が悪いから。


 しかし、わたしにしてみれば、愚かな主張だった。

 王という最高権力を持つ存在が現れた。何も口出しせず、自分たちの決めたことをそのまま受け入れ承認だけしていればいいものを、そうではないから、政治を思うように出来なくなった臣下が百年振りの王を疎ましく思っているだけの主張。


 思うことは色々あるが、まず、何より、雪那が政治に関わるのは当たり前だ。王だから。即位したとなれば、責務だ。

 疎いと言っても勉強しているし、飲み込みは早い。

 意見を聞かれるのは王がいるゆえの義務のように一応尋ねられているようなものだったが、雪那はちゃんと自分で話そうとして話している。

 頑張ってみる、と言った通り、雪那は頑張っているのだ。


 その言が的はずれであったなら、それは正せばいい。そうやって学び、百年も二百年も国を治める王に成長していく。


「この前など、長く続いてきた従来のやり方に疑問を呈された」


 わたしは雪那をちらりと見た。雪那は瑠黎に付き添われながら、小さくなっている。


「……それ、単にふと疑問を口にされたときのことだと思います。やり方を変えようと口にされたのではなく、単純な疑問という形でした」


 瑠黎がぼそっと教えてくれた。

 疑問を呈する、と言うと、厳しめに言ったようにでも聞こえるが、そういうことらしい。

 どうでもいいけど、瑠黎、今にも殺されそうな状況で冷静だな。

 とりあえず、真実を味方から確認したわたしは、また向き直る。


 些細な疑問でも、それもまた成長の証である。何でも理解し納得できるならそれはそれでいいけれど、雪那の場合政治初心者。分からないところが分からないより、疑問が出てくることが成長なのだ。


 引っ掛かるのは、男の言い方だ。

 もしも雪那が従来のやり方よりも画期的な方法を付け加えて言っていたとしても、従来のやり方に疑問を呈したこと自体が間違っているような言い方だ。


 この世には色々な人間がいる。当たり前だ。

 当然だけど、勝手な人は多い。他人より自分。世よりも自分。

 そして、まだ未熟な雪那を利用しようとする者がいる反面、存在自体を疎ましく思う人間がいる。

 自分たちの方が政治を知っているから。

 今回の場合で付け加えて考えるなら、臣下だけで国を動かしていた時が長く、絶対に地位が上の王が別の意見を言うと、煩わしいと思う者が。


 悪政をしているなら反逆に文句なんて言えないけど、今回はそうじゃない。そもそも雪那はそんなに影響を及ぼせる域にまで足を踏み入れてさえいないから。

 何て勝手なんだ。


「そのような王のせいで、百年前、この国は崩れかけた」

「先代王……?」

「そうだ。この国に変化をもたらそうとする。余計なことしかしない。そして、結局は地位に胡座をかいて国の財を蝕む。国を振り回す王は、必要ない。──我々が望むのは『千年王』のような王だ。かの王だけが、本当の王の姿だ」

「……変化はそんなに悪いこと?」


 呆れ、頭が痛くなっている場合ではなくなった。

 雪那に対して偏見の目でしか見ないこの男をどう引かせるか考えていた頭は、すっと冷えた。


「新しい王なのだから、新しいことをするのは当たり前でしょう。新しい時代が来ることを意味して、新しい時代を迎えるために新しい王が選ばれるんだから」


 そのために、王が変わるんじゃないの。


「その変化がいいものなのか、悪いものなのか、その判断をするのは確かに国の人間。でも、結果はまだ出ていないはず。わたしは前の王の政策の結果は知らないけど、少なくとも今、王は立ったばかりで学んでいる途中。そんな王は珍しくない。いないわけじゃない。政治が未経験な王が悪政を取る確実性なんていうものもない。あなたは国の柱である王を成長させようとせず、芽が出る前に摘み取ろうとしている」


 そもそも、間違っていると思ったなら、意見すればいい。新王なら、未熟だからと思って諭せばいいのだ。未熟だからと言って、永遠に無知のままのわけじゃないんだから。

 反逆するのは、正せようもない段階に至った王でいいだろう。何も聞き入れなくなり、暴走する王のみで。


 それなのにこの臣下は、些細な変化と、これから訪れさせられようとしている変化の予感だけで──、


「『千年王』が残した国こそが、あるべき姿だ。あの時代こそが、最も素晴らしかった。その国のあり方を変えようとする王はいらない。改悪でしかない」


 こんなことを言う。


「──よく言う」


 思わず、嘲笑が漏れた。





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