オムニバス小説 ラブオールⅠ 15-0

鷹香 一歩

第1話 二人のカケル

 「かける、練習終わりウチ寄らないか? 錦織の試合、予約録画してあるんだ」

「悪い、ハルユキ。きょうは先約アリ」

「また、かけるか。お前ら、いっつも仲いいなぁ」


陸前高校のグラウンド。プールの脇にあるテニスコートでは硬式テニス部が練習している。人数が少ないのは陸前りくぜん高校が新設校だからだ。まだ、1年生しかいない。


「まあな」


奥平翔おくひらかけるは同級生の香川春幸の誘いを断った。きょうも、堤防沿いの河原で朝日 あさひ・かけると会う約束だ。駈とは中学時代に生徒会で知り合い、付き合っている学校公認の仲だった。陸前高校と程近い平泉ひらいずみ農業高校に通う1年生だ。

「あれっ? きょうはアサヒ一人なんだ」

「うん。“アグリ”、少し風邪気味みたい。先生と相談して無理をさせないようにしたの」

「ちょっと残念だな」

「オクは私ひとりじゃ、物足りない?」

二人はいつものように、コンクリートのベンチに並んで腰を下ろした。ちなみに風邪気味の“アグリ”は、NHKの連ドラのヒロインにあやかった同級生の女友達ではない。農業高校で飼育している馬のことだ。

「そうじゃないけどさ」

「そう言ってくれると思ってた」

駈の飛び切りの笑顔が弾けた。

「いっつも思うんだけど、何か呼びにくいよな。二人ともカケルってさぁ」

「いいじゃん。漢字違うんだから」

「今はいいよ。オクとかアサヒとか名字で呼べばいいから」

「いつ困るの?」

「んー、何て言うか…」

「何ていうか、何?」

「結婚したら、とか…」

「へーっ、もうそんなこと考えてるんだ、オク。私まだ指輪ももらってないんだけど。プロポーズも受けた覚えないし」

わざとらしく翔の顔をのぞき込む駈。

「バカ。オレ、まだカネもないし…」

「冗談だってば、冗談。ちなみにウチの両親は互いのことを『おとうさん』『おかあさん』って呼び合ってる」

「それは、アサヒが中心になってるからだよ」

「二人きりの時は『あなた』とか『おまえ』なのかな? でも『あなた』はともかく『おまえ』はちょっと抵抗感があるかな」

「オレもそう思う。何か上から目線みたいで…」

「カケルじゃなくて、カオルとか、ヒカル、チヒロ、ミチルだって可能性あるわけよね、同じ名前のカップル。どう呼び合ってるのかな」

「どっちにしても、レアケースだよ」

「そんなに困るんなら、付き合うの、やめる?」

「な、何言ってるんだよ」

「冗談だってば」

翔は、いつものように駈のペースにハマっている。



 オレはこの高校で、ラグビー部と硬式テニス部を掛け持ちしている。テニスはジュニアの大会でちょっとは知れた腕前だったから顧問から誘われて入部した。本当はアメリカン・フットボールがやりたかったけど、部活がないので大学までのつなぎの意味でラグビー部に入った。ユーミン好きの母親は喜んでくれた。多くのスポーツの試合終了はゲームセットやタイム・アップだが、ラグビーのそれはノーサイド。試合中は敵味方に分かれて、まるで親の仇のように激しいぶつかり合いをする関係も、一旦試合が終われば敵陣、自陣もないノーサイド。互いの健闘を称え合う。英国生まれの紳士のスポーツと言われる所以だ。東京六大学の早慶戦や早明戦など人気のカードもあるが、野球やサッカーに比べるとマイナー感は否めない。それでも2019年、初めてワールドカップが国内開催されるまでになった。

「きょうはラガーシャツでテニス?」

「たまたまだよ。先輩がいるわけじゃないし、ゆる~い部分もあるんだ」

駈は、馬の世話をしたまんま、薄いグリーンのジャージ姿だった。

「ラグビーとテニスの組み合わせって、英国紳士にでも憧れたわけ?」

「まさか」

「最近の英国紳士は、日本の生活や文化に興味があるみたいよ」

「それって、『英国一家、日本を食べる』だろ」

「正解。スポーツ一本かと思ったら、本も読むんじゃん」

「マンガだよ、マンガ。アメリカン・コミックみたいな。姉貴の影響。たまたま読んでたからな。テレビも録画してたんだ。英語の勉強兼ねてさ」

「で、テニスは上を目指さないんだ?」

「無理だよ、無理。ジュニアでそこそこ活躍して、仮にインタハイで優勝できたってそこまで。ざらだよ、そんな選手。圭みたいに世界のトップに行ける才能もないし、努力も真似できない」

翔は、全米オープンで準優勝経験もある錦織圭と自分を本気で比べているわけではない。憧れは憧れとして冷静に自己分析している。

「アサヒは、本当ホントにオリンピック目指すのか?」

「目指すよ。目指せる相棒がいるし、オクと同じ高校行くのも諦めて乗馬選んだんだから。やっとリズミカルに歩けるようになったばっかりの痣だらけの初心者だけどね。早くて2024年のパリか、2028年のロサンゼルス。経験を積めば、他のスポーツよりも選手寿命が長い競技だから、諦めなければその後のオリンピックでも出場の可能性は大きくなるけどね」

「アグリは大丈夫なのか?」

「競走馬じゃないから、ケガしなければ長くコンビを組めるかもしれない。私次第かな。アグリの子供か、全く違う馬かもしれないけど。当面、私のパートナーはアグリキャップしか考えられないわ」

「しっかし、名前だけは随分強そうだよな。なんせ、あのオグリキャップと一字違いだもんな」

手持無沙汰を紛らわすように、オレはネットに入れた楕円形のボールを軽く蹴って遊んでいる。

「オクは、京大目指すんでしょ?」

「ああ。アメフトって関西では関西学院大学、関東では日大が強いんだけど、オレの親父の世代は東海辰弥ってスーパー・スターがいて、大学選手権を2連覇したんだ。当時、圧倒的に強かった日大を破ってね」

「クオーター・バックなのよね、司令塔。いっつも言ってる。ギャング・スターズだっけ。京大らしくない“”みたいな名前。おっかしい。関西学院はファイターズ。日大はフェニックスなのにね」

駈は、真剣にアメフトを語る翔が嫌いではない。自分にも夢があるから、翔の気持ちが分かる。

「チーム・メートにも恵まれたんだけど、相手チームのヘッド・コーチをきりきり舞いさせたらしい」

「目指すは、東海超え、だ」

「そんな大それたことは考えてないさ。“東海2世”で十分だよ。先端技術じゃないから、蓮舫さん同様“2番”でいいんだ。まあ、京大に入れなければ始まらないけどな」

翔は立ち上がると、楕円のボールを大きく蹴り上げた。が、ネットに入ったままのボールは高く上がっただけで10メートルも飛ばなかった。


「ホイ。数学と物理。基本、副読本の公式で解ける問題だよ。教科書には載ってないからね。要注意」

思い出したようにノートを2冊差し出した翔。駈にそっと手渡した。

「ア・リ・ガ・ト」

「でも、農業高校から大学進学って、やっぱハードル高くね」

「だって、私は授業よりも馬を取ったんだもん。普通科で乗馬部がある高校なかったし。まあ、3年間塾に通う気で割り切ればなんてことないわよ。普通科の高校に通いながら乗馬クラブに入会できるほど私、貯金あると思う? それに、民間のクラブじゃ馬には乗れても、馬の世話は出来ないでしょ」

「そうだけど…」

「翔には感謝してる」

「感謝なんか、いらないけどさぁ」

口ごもって、あさっての方向を向いた翔の肩を軽く突く駈。思わず振り向いた翔の頬に、軽くキスをした。

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