Episode 22:アストロは見た

「オレ様は認めないぞ!!」


 アストロの背後から声が聞こえる。ドリウスだった。行ったフリをして戻ってきたのだ。アストロがその声を聞いて振り返ると、既にドリウスが目の前まで殴りかかってきていた。そのままアストロを馬乗りになって殴る。


「くそ、くそ、くそ!」


 男の子が止めようとする。しかしドリウスのあまりの迫力に男の子には止めることなどできなかった。

 アストロの左目が赤く光り始める。それでも構わずにドリウスはアストロを殴り続けた。アストロはドリウスの背に、短い赤い光の槍を突き立てた。ドリウスが血を流す。それでもドリウスは殴る手を止めない。


 アストロは天井に向けて赤い光線を放った。天井に当たった光線は跳ね返り、ドリウスの背中に直撃する。ドリウスは耐えた。背中は焼け爛れている。それでもなおドリウスは殴る手を緩めはしなかった。


 アストロがだらりと腕を下げる。ようやくドリウスも殴る手を緩め、立ち上がろうとしたが足が上手く動かず、そのままアストロの胸に倒れこんだ。ドリウスは泣いていた。


「何なのだ、この気持ちは。痛くて苦しくてたまらん。兄貴……。教えてくれ。一体何なのだ」


 アストロは右手でドリウスの頭をぽんぽんと叩いた。アストロが話すことはなかったがドリウスが泣き止むまで笑いながら頭を撫でていた。男の子も泣いていた。男の子はタタタとアストロとドリウスの方へ走っていきドリウスの頭を撫でた。撫で続けていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 しばらくしてドリウスが落ち着く。ドリウスはアストロの胸の中で口を開いた。


「兄貴、オレたちを遠ざけようとしてたのは解った。だが、よりにもよってどうして騎士団なんかと繋がっていたんだ」


 アストロがフッと笑い声を漏らす。


「騎士団とは何のつながりも無い。俺はただ、未来を見たんだ」


 アストロは騎士団と繋がってなどいなかった。それを聞いたドリウスは吃驚していた。ドリウスはアストロが騎士団と繋がっていたと思い込んでいた。男の子がさらわれた時もドリウスが殺されそうになったときもアストロは姿を現さなかった。


 アストロがドリウスや男の子を騎士団に売ったのだと思っていた。そう思い込んでいた。だが実際は違った。ドリウスがアストロの上から退くと、アストロは立ち上がり口を開く。


「未来を見た。皆が、死んでいた。俺も、ドリウスも。騎士団も死んでいた。王もだ。オビリオンに住む皆が、死んでいた。だが、一人だけ、たった一人だけ死んでいなかった」


 アストロがハァとため息をついた。

 アストロが言ったそれは人間の形をしていた。耳もとがっていない。ケープもしていない。ダボっとした服を着た人間だった。その人間はすべてを破壊した。オビリオンのすべてを破壊していたのだ。


「その人間は、俺とドリウスが目の前で殺されたことをキッカケに闇にとらわれ、すべてを破壊していた。俺はそんな未来を見たんだ」


 男の子は俯いている。


「俺には傷を治す能力はほとんどない。確実に死んでいる。とはいえ傷を治す能力を持つお前を見捨てた形になっちまったのは悪かった。結果として……」


 アストロは口を紡いだ。ドリウスがアストロの方を見る。アストロはまた迷っていた。男の子に事実を話したくなかった。男の子の方を見る。男の子はアストロの顔をジッと見ていた。


「アストロ……」


 男の子は幾分かたくましい顔になっていた。子供とはいえ、なんとなくその意味を理解しているようだった。アストロは迷っていた。それでも男の子は真実を知りたがった。


 アストロはまだ迷っていた。これで本当に真実を話してしまえば、男の子は耐えられないかもしれない。男の子が自分の意思ではないとはいえ牢獄で暴れたのは事実だ。それに男の子はクロのことを敵に回すことになる。


 避けたかった。ドリウスにはいざとなれば俺が何とかすると言ったが実際に直面するとどうしても避けたかった。できればこのまま男の子は何も知らぬまま、すべてが終わっていれば良いと思った。だが、男の子にその気はないようだ。アストロはまた、ため息をついた。


「結果として、お前さんは目の前で串刺しにされたドリウスを見て、怒りや悲しみに囚われた。その感情がクロと干渉してしまったのさ。狂ったお前さんは騎士たちを傷つけた」


 アストロが男の子を見ていた。男の子は俯いていた。


「もうやめろ兄貴。このままじゃ……」


「いいの。大丈夫」


 男の子はドリウスの言葉を遮った。アストロが話を続ける。


「お前さんは騎士たちだけじゃなく、ルフェルやフレウ。アラマ・マアマで捕まえに来たペアの騎士たちのことだ。あいつらにも傷を負わせてしまった。お前さんを止めに行った俺にもな」


 アストロが男の子を睨みつけた。ドリウスがアストロを睨んだ。男の子は俯いたまま何も言わなかった。何もいえなかった。


 自分の知らないところで自分がそんな酷いことをしていたとは夢にも思っていなかったのだ。しかもそれがクロのせいだったなんて。信じたくなくても、信じるしかなかった。アストロが言っていることが真実であると判ったからだ。


「そっか……。ぼくは、みんなを傷つけたんだね……」


 男の子はふらふらと地面に座り込んだ。ドリウスが男の子を抱きしめようとする。できなかった。こういうとき、どうしたら良いのかドリウスは解らなかった。解らない自分を情けないと思った。

 アストロが男の子の頭を撫でる。


「いや、俺も、自分を見失っていた。ドリウスが死んだ。そんなこと認めたくも無い。だから悪魔に身を委ねてしまった。だから、まぁ、同じだ。上手くは言えないが、俺とお前さんは同じだ。だから大丈夫だ」


「うん……。ごめんなさい……」


 男の子はそう言うととアストロに抱きついてローブに顔をうずめた。アストロも優しく抱き返す。


「大丈夫、大丈夫だ。あーぁ、お前さんの鼻水がついちまったな……」


 アストロは笑いながら男の子の頭を撫でた。隣でドリウスが俯いて震えている。アストロがちらりとそれを見るとドリウスがアストロに対して指さした。


「あーもう! 兄貴! 兄貴も、一人で何でもやろうとするな! オレ様たちは仲間だろうに。オレ様もその子も、兄貴の傍にはいつも色んな奴がいる。それを忘れるな!」


 ドリウスは感情に任せてらしくもないことを言い、そして首を傾げながら頭を掻く。その様子を見たアストロが笑いだす。


「ありがとな。で、今のセリフもう一回言ってくれないか?」


「……?」


 ドリウスは忘れていた。感情に任せて言った分、何を言ったのか解らなかった。さっきのセリフを頭の中で反芻はんすうし、みるみる赤くなっていく。アストロと男の子はそれを見て笑っていた。


 ドリウスは足をバタつかせながら怒ったような態度を見せたが、顔は笑っていた。

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