Act5:謎の女

ルーファの地上であるアンクレストは月のカケラの粒子が深く濃い霧を形成している。その霧は人体が吸い込むと有害でありマスクでもしなければ後に重い病気へと陥ることもある。


そんな深い霧の立ち込める地上にはそれ以上に恐ろしい”オーム”と呼ばれる生物が存在する。いや……生物とは言わないのかもしれない。


それは月のカケラの粒子が集まって出来るモノであり非常に狂暴で好戦的である。ある程度のダメージを与えればソレは再び粒子化する。ある意味では自然災害と同じようなもので、突然現れ大きさや形態は様々である。


地上アンクレストまである女性を捜しにきたティキはオームを目の前にしていた。お互いに目を離すことなく睨みあっている。


するとティキは首からぶら下げている小さな剣のキーホールダーのようなものを手に取るとそれを拳の中へと握った。拳の隙間からは銀色の光が漏れている。

「悪いな。俺はあの女を追いかけなきゃいけねぇんだ。お前とちんたら遊んでいる暇はない。さっさとケリをつけようぜ」

するとオームは突然雄叫びを上げた。その声は遥か先のサガルマータまで聴こえるのではないのかというほどの大きな声だった。ティキはその声に恐怖することもなくオームから目を離さない。


するとティキの拳の中にあった小さな剣が突然大きさを変えていく。


それは身長が160センチのティキよりも巨大な剣へと変貌した。それは約180センチの巨大な大剣だった。ティキはそれを両手でしっかりと握りこむとオームへと向かっていく。


オームは向かってくるティキに照準を合わせて腕を振り下ろす。


ティキはそれを確認するとその大剣で受け止める。激しい音と共にその風圧が辺り一面に砂埃りが起きる。ティキの持つ大剣は銀色の光を放ち始める。オームがその光に気を取られ一瞬隙が出来た時、ティキはオームの懐へと潜り込む。


そしてその大剣を横なぎに振りぬくとオームの身体を真っ二つに切り裂いた。


切り裂かれたオームは全身が砂状の粒子へと姿を変え消えていく。


それを確認したティキは剣を再び小さな剣に戻すと首にぶら下げる。そしてリバティーにまたがり女を追いかけた。


女はティキを振りきりアンクレストをひたすら走っていた。時々ミラーで後ろを確認している。

「大丈夫かな……あいつ。ちょっとやり過ぎたかな? いくら月の産物を持っていてもオーム相手に一人じゃただじゃ済まないだろうし」

女がそんなことを考えていると後ろから声が聞こえる。その声に気がついた女はミラーで後ろを確認する。見ると後ろから声をかけているのはティキだった。

「うそ、あいつ。一人でオームを倒したの? しかもこんな早く」

ティキは時速600キロものスピードで女に近づいてきている。そしてあっという間に追い抜くと停止した。


女もその姿を見て停止する。ティキはリバティーに乗ったまま女へと近づく。

「このくそ女ぁ。もう逃がさねぇぞ」

「……あんた、オームを一人で倒したの?」

「あ? 当たり前だろ。それよりもなぁ。この俺をハメやがってもう紙碑を返すだけじゃすまさねぇぞ」

女はティキの顔を見ながら驚きの表情をしている。ティキは女のその表情に気がつく。

「……? なんだよ? 俺の顔になんかついてるのか? あ、もしかしてアンクレストに来る前に食べたメシのご飯粒とか?」

ティキは自分のリバティーのミラーで口周りを見渡す。

「なんだよ。なんもついてないじゃねぇか」

ティキは再び女を見る。女はまだティキを見ている。すると女の口が緩む。

「あはっ。あはははは、おかしぃ。あははは」

「な、なんだよ。なんで笑うんだよ?」

「あははは、ごめん。だって、あなたあたしを追いかけてきたんでしょ?」

「あ、そうだ。紙碑を返せよ。お前が盗ったんだろ?」

女は笑っている。それが落ち着くまで少し時間がかかった。ティキは笑う女を見ながらなんだこいつと思っていただろう。

「ごめん、ごめん。あんたほんとに国の兵隊なの?」

「あ? 違うぜ。誰がそんなこと言ったんだ?」

「だって、あんた紙碑を取り返しにきたんでしょ?」

「そうだけど、それは国に依頼されたんだよ。俺はルティーっていうまぁ簡単に言えばなんでも屋をやってる一市民だよ。分かったなら早く紙碑を返せよ」

「へぇ、なんでも屋か。でも信じられないなぁ。一市民が月の産物を持ってたりオームを一人で倒してきたり。第一国から依頼されるような一市民なんか聞いたことないよ。あんたなんか特別なの?」

ティキはなにも答えず沈黙している。

「……別に、普通の人間だよ」

「あたしより年下っぽいけど……いくつ?」

「あぁ? 俺はこれでも21歳だぞ」

「あら、じゃあやっぱりあたしの方が年上ね。22歳だもん」

「お前な……。いいから早く紙碑を返せよ」

「返してあげてもいいけど、その代わり名前教えてよ」

「名前? ティキだ」 

「ふーん、あたしはリディア。リディア・セリタ、あたしの方が年上だけど呼ぶときは呼び捨てでいいよ。堅いのは嫌いだしね」

「分かった」

「よし、じゃあ返してあげる」

リディアは懐からROMを出すとティキに渡す。それを受け取ったティキは疑問を抱く。

「お前なんで国から紙碑を盗み出したんだ? 国からの窃盗は一級容疑。下手すれば終身投獄だぞ」

「関係ないよ、そんなん。あんたじゃなきゃ捕まるつもりもなかったし」

「どういう意味だ?」

「ねぇ国の厳重なセキュリティーから一部とは言え、紙碑のデーターを盗み出したあたしの実力は証明されたよね?」

「あ?」

「ねぇあんたから頼んでよ。あたしを国の特別仕官にしてほしいって」

「お前、何を言って……」

「ねっ、お願いティキちゃん」

「おいコラ、ちゃん付けで呼ぶな」

「いいじゃん。あたしより歳下だし、身長だってあたしの方が高いし。お願い頼んでよ」

「馬鹿言うな。なんで俺がそんなこと、だいたい俺は……」

「あっそ、じゃあコレいらないんだね」

その言葉にティキはリディアが胸の前に出した手を見る。そこには先ほど返してもらったはずのROMがあった。ティキは今度は自分の手を確認する。そこにはROMはなかった。

「お前いつの間に?」

「あたしの実力を舐めちゃ駄目だなぁ。国の仕官にしてくれるように頼んでくれるなら返してやってもいいよ」

「お前なぁ。だいたい俺は国の人間じゃないんだ。俺が頼んだところでそんなモンになれる訳ないだろ」

「そ、じゃあまた逃げよ」

そう言うとリディアはリバティーのエンジンをかけようとする。

「あ、待て待て。……分かったよ。頼んでみるよ」

ティキはまた逃げられては面倒だと仕方なくリディアの条件を飲み制止する。

「ほんと? ありがと。ティキちゃん」

「ちゃん付けで呼ぶな」

ティキはリバティーのエンジンをかける。

「先にいけよ。また逃げられたらたまったモンじゃないからな」

「大丈夫。もう逃げる理由なんかないから逃げないよ」

ティキは少し複雑な表情をすると先陣をきってリバティーを発進させた。リディアもちゃんとティキの後ろからついて来ているようだ。

「おいリディア。俺は頼むだけだからな。頼んだ後に仕官になれようがなれまいが知らないからな」

「それでいいわよ。きっかけさえくれれば」


アンクレストからサガルマータへと上がってきたティキとリディアは、中央官邸へと着くと中へと入っていった。そしてプレシデントの部屋まで来るとドアを開けた。

「おい、プレシデント。女を捕まえてきてやったぞ」

ティキに気がついたプレシデントはティキの横にいたリディアの存在にも気がつく。そしてリディアを見た瞬間、驚きの表情を見せた。

「あ、あなたは……」

「捕まえてきたはいいがこいつがさ。なんか国の特別仕官になりたいんだとよ。まぁ無理なのは分かってるが一応約束だからな。頼んでるだけだ」

「わが国の仕官に?」

ティキは驚きの表情をしているプレシデントの顔を見る。

「やっぱ無理だわな。残念だけどお前は一級の窃盗で終身投獄だな」

プレシデントは驚きの表情から笑顔へとなる。

「分かりました。とりあえず話を聞きましょう。こちらへ」

「え?」 

プレシデントの言葉にティキは驚き目を大きく見開く。

「おい、ちょっとなんで?」

「ティキ、任務ご苦労さん。お金は秘書より受け取ってくれたまえ。では」

プレシデントはそう言いながら、ティキを部屋の外へと押しだしドアをゆっくり閉めていく。リディアはその姿を見ていた。

「じゃあまたね。ティキちゃん」

そう言いながらリディアは胸の前で軽く手を振る。

「あ、お、おいっ、ちゃん付けで! ……呼ぶな」

閉められたドアの前でティキは一人沈黙していた。

「……なんなんだ、一体?」

疑問を抱きながらもティキは報酬を受け取りとりあえず帰路へとついた。

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