第48話 紅茶の魅力
「ダージリン、どういう事? 突然、姿を消したから皆大騒ぎだったのよ」
薄暗い部屋に三人。
城に戻ると、ダージリンは椅子に座らされていた。
クレアは熱の無い怒りで、ダージリンの前に立ち、腕を組みながら溜息を吐く。
その横ではジェームズが腰を下ろしたまま、ダージリンの顔を見ていた。
「……おばあちゃんは、こうなる事をわかってたでしょ?」
「……ダージリン、私は全能じゃないわ」
そこへ、ルピアがトレンチにポットとカップを乗せてやってきた。
クレアは手を広げ、ルピアの方へと向ける。
すると、掌からサークルが現れた。
そのサークルには様々な文字が刻まれており、いずれも回転している。
ポットがひとりでに動き、カップへ紅茶を注いでいく。
クレアの手が上、横、と流れ、湯気が立つカップは、その手の動きに合わせて宙を舞い、やがて敷き皿と共にダージリンの目の前で降りた。
その間、ルピアの目は丸くなっていた。
「こうやって、手を使わずに紅茶を淹れる事が出来るだけ。貴方は……」
「お父さんからいっぱい聞いたよ。人を羨むなって」
「話を聞きなさい。この世は複雑で、国一つ滅ぼす強大な力だってある。だけど生きている物全ては、同じ命を持った存在。神はいないの。神やそれに近しい者全ては……ロクな目に遭わなかったから、全て死んだ」
「……皆が対等な存在なら、何で僕みたいな出来損ないが生まれるのさ?」
「簡単よ。貴方は自分の可能性、力、心、全てを構成する自分自身の魂を、信じていないだけ」
口を固く閉めて、ダージリンの視線が下りる。
「まあ、もう良いじゃないか。事が大きくなる前に戻って来たんだ」
今度はジェームズが口を開いた。
穏やかな口調。
その顔は凪の如く、静かなものだった。
「ダメよ貴方。甘やかさないで。今がどんな状況か知っているでしょう?」
「ああ、わかっている。ダージリンは確かに暗い子だが、非行に走る様な子ではない。だがなダージリン、この国は、民と王との絆は深いがお前はあくまで王の一族。民を偽ってお前に近付こうとする輩がいる。その事を忘れちゃいかんぞ」
ダージリンは顔を上げ、真剣な眼差しを前に頷いた。
「クレア。話はこれで終わりのしよう。こんな事に時間をかけていても仕方ない」
「……そうね。ダージリン、私達に無断で外出するのはよしなさい。良いわね?」
「……はい」
少し頷いてから、ダージリンは祖母の淹れた紅茶を口にする。
夕日は徐々に落ち、ステュアートの街は夜へと移った。
翌日、ダージリンは壁際に隠れて、家来達の動きを見計らっていた。
家来達が余所見をしている内に移動し、玄関へと向かう。
――あのミルクティーが飲みたい。
カフェで飲んだミルクティーが頭に過って来る。
どうしても、もう一度だけ飲みたい。
その為には、まず皆の目を盗み……
「王子、何をされているのですか?」
「ひぃ……な、何だ、セバスか。驚かさないで」
一瞬背中が冷えたが、背後の人物がセバスティアンだとわかるとすぐに冷えが消えた。
「またコソコソと、何処へ行くおつもりですか?」
「……知り合いに会うだけだよ」
「知り合いって誰ですか?」
「誰って……あ、アクバル?」
「ええ?」
「アクバルっていう、その、厚かましいけど面白い奴なんだよ」
「……ああー。前に遊びに来た背の低い……?」
「……そ、そうそう」
「だったら、そう言えばよろしいじゃないですか」
「外出するなって言われるかもしれなかったから……」
「女王様達には、私が伝えておきます」
「……あ、ありがとう」
「あ、待ってください」
「な、何?」
玄関を潜ろうとしたダージリンを突然止めて、セバスティアンは何処からともなく黒い筒の様なものを取り出した。
「念の為、目立たない様にこれを被っていってください」
「これを被るの?」
「そうでございます」
ダージリンは手に取り、頭に被ってみた。
鏡で自分の姿を確認すると、ダージリンの顔は曇った。
「……これ、余計に目立たない?」
「それは私が愛用しているシルクハットですから」
正直、似合わない。
「な、何でそんな顔されるのですか! 折角私からフォローされたというのに!」
「だって、こんな、煙突みたいな帽子被っている同級生見た事ないよ」
「な、何ですと……そんな事言うのでしたら、王子こそ、その上着は目立ちますよ! 真っ赤ですぞ! 真っ赤! 街中に入れば余計目立ちます!」
「これは……」
ダージリンは上着を掴み、目を沈ませた。
――ほら、ダージリンに凄くピッタリだよ。
あの子の声が、また再生された。
何色にも染まっていなかった自分に『赤』を入れてくれた。
だから、脱ぎたくない。
絶対に。
その姿勢は届いたのか、セバスティアンの顔が曇った。
「……もういいよ。とにかく行って来るから」
ダージリンは帽子を深く被り、扉を開けた。
「良いんですか? 王子様外出させて」
「ええ。大丈夫でしょう。だって王子は……」
「はい?」
「いえ、何でもありません。私の気のせいです」
「はあ……」
箒を片手にルピアがセバスティアンの顔を覗き込み、彼が意味深な事を言いかけると頭を傾げた。
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