『狂気の章』

第36話 歯車が壊れる

 その頃、校門の端に建てられた小屋にて。

 門番の警備兵がカップに紅茶を淹れながら、事務作業をしていた。

 机には短剣が置かれている。

 その側にあった水晶が突然、音を立てながら光りだした。

 門番が水晶を突つく。


「はい。どうぞ」

「定期報告。第二校門異常なし」

「了解」


 再び突かれた水晶は輝きを失せた。

 目を瞑り、紅茶を口に入れて一息付ける。

 香ばしさと苦みが絶妙に溶け合い、身体の中へ沁み込んでいく。


「はぁ~」


 カップを机に置き目を開けた。

 小屋の外から、男が五人こちらを見ている。

 五人とも、長袖、長ズボンを着ており、真ん中の男は目立つ様にニコニコしていた。


 良い人そうだな。

 でも、何か少し違う感じがする。

 警備兵は首を傾げながら、声を掛けてみた。


「何の御用でしょうか?」

「荷物を、受け取りにきました」

「ちょっと待っていてください」


 真ん中の男は親切に答えた。

 警備兵は男を待たせて、書類に目を通してみる。

 今日の予定を確認しているのだ。

 一枚、二枚と捲っていく。

 しかし予定には、荷物の受け取りに関する報告は書かれていない。

 再び男の顔を見た。


「あの、どちら様か名乗ってもらっても……うぐぅ!?」


 突然、喉が絞められた。

 雁字搦めにされた鎖。

 それが首に巻かれている。

 何とか解こうと手に力を入れたが、緩む気配は一切せず、更に苦しさが増していく。

 目の前の男がおぞましく呟いた。


「受け取りに来たぜ。てめぇのたまを、な」


 鎖は訪問した男と繋がっていた。

 掌の中心から不自然に伸びていたのだ。

 泡を吹いて苦しむ門番に対して、男は歯を剥き出しながらニンマリと笑う。

 ――良い気持ちだ。

 生きたいという必死な気持ちは、いつ見ても最高だ。


 満足した所で、男は鎖から電気を流した。

 警備兵は絶叫を上げた末に黒焦げと化す。

 そして、そのまま倒れた。

 男の名は、ヤーグル・ドウ。

 鎖を生み出す力を持つ。


「はあ。スッキリするぜ。麻薬も良いがこっちは格別だな」

「おい。あまり派手にやるな。バレたらどうする?」


 もう一人の名はルーク。

 少々やり過ぎたヤーグルを注意したが、本人はあまり気にしていないようだ。


「なんだよ。まだ何にもしてねぇのかよ。早くやれよ」

「やかましいな」


 ルークは指を鳴らした。

 しばらく間が置かれてから、話が再開される。


「よし。学校全体に範囲を広げた」

「たく、何でこんな回りくどい事をしなきゃなんねぇんだ。殺すなら城にいる時が狙い目だろ」

「報告では城の警備は強いし、そこで逃げられてしまったら元も子もないからな」

「バカだろ本当に」

「おい、そう言っておきながら楽しんでいるだろ」

「ヒヒッ。まあな。そんで、あえてこのタイミングを狙ったと」

「そういう事だ」

「腕が鳴ってきたな」

「鎖だけにジャリジャリか?」

「殺すぞ。てめえ」

「まあ、それは良いとして。他のグループも侵入できた様だ」

「よぉし。そんじゃあ派手に暴れてやろうぜ」


 小屋に入ったルークは、水晶を手にすると思い切り振り上げた。


「待て、それはまだ壊すな。警備の連中はそれ程多くない筈だ」

「どうするつもりだ?」

「ウォーミングアップさ。てめえらは手を出すな」


 ヤーグルはルークを止め、水晶を奪い取った。

 指で突いて光らせると、声色を変えて必死そうに呟いた。


「こ、こちら、正門。ふ、不審者が現れた。四人、いや五人いる。至急、応援を頼む」

「了解した。至急そちらに向かう」


 何も知らない警備兵四人が剣を手にして一斉に駆け付けた。

 だが彼らが見たものは、物静かな正門だった。

 備え付けられた花壇に蝶が一匹舞うのみ。

 辺りを見渡したが、不穏な気配は一切ない。


「どういう事だ? これは?」

「正門から連絡はあったが、特に何も起きていないぞ」


 すると、警備兵の一人が叫んだ。


「見ろ! 門番が一人倒れている。酷い有り様だ」

「一体誰が……」


 小屋に駆け込み、仲間の無残な姿に息を呑む。


「俺だ」


 いつの間にか、ヤーグルが警備兵の後ろへ回り込んでいた。

 生み出した鎖を豪快に振り回す。

 警備兵を一気に吹っ飛ばし、不意打ちを成功させた。


 一人は転がり落ちてそのまま気絶。

 もう一人は花壇へ頭から突っ込んでしまった。

 残った二人は流れ出る鮮血を抑えながらも、何とかその足を持ち上げた。


「ほうほう。タフだなあ。まあ、タフじゃなきゃ務まらねぇよな」

「き、貴様、何が目的だ」

「はいはい。そういうのは聞き飽きたから――さっさと死ね」


 再び鎖を伸ばし、今度は警備兵の体に巻き付け、強引に引き千切った。

 裂かれていく肉体を見て、最後の警備兵は息を呑むも、覚悟を決めて剣を振り下ろした。

 ヤーグルに避けられるも、剣を振り続け、何とか一撃を与えようと頑張った。

 紙一重でヤーグルの頬が切れる。

 ――後、もう少しだ。

 だが、その思いは虚しく終わり、反撃を許してしまう。


 ヤーグルの鎖が剣に巻き付くと、そこから電流が走る

 そして、全身を黒焦げにされてしまった。

 ヤーグルは頬の赤い雫を舐め、隠れていたルーク達を呼んだ。


「うっし。終わったぜ」

「また派手にやってくれたな」

「いやいや。これはまだ序の口だ。ヤクルトの栓を開けたくらいだぜ。おい」

「これから豪快に飲むのは構わないが、目的を忘れるなよ」

「へいへい。さあ、楽しもうぜ……!!」


 飢えた目をした男達は、その力強く進んで行く。

 腰にちらつくのは『黒鉄』の塊。

 金色を込めて、更に引っ張る。

 それは、殺しを認める響きだった。

 魂が邪悪と化した人間による宴が始まろうとしていた。








 今日は全校集会。

 アリーナは生徒達で溢れかえっていた。

 立話で盛り上がり、それを教師達が『静かにする様に』と注意をしている。

 リールフは静かにしていたが、時たま真横へ視線を向けていた。

 隣のミーナが気になる様だ。

 未だに不安な顔をしているが、リールフは声を掛けようとは思わなかった。

 そして、生徒達の中にシレットとフラウアの姿もあった。


「ねえ、テレーズは?」

「デリック先生に呼び出されてまだ戻ってないみたい」

「え? なんだろう?」

「さあ? 昨日の件じゃない?」

「ダージリン君のお友達の事?」

「色々と目立っていたからね~。そりゃあ呼ばれちゃうよ」

「フラウア、始まるよ」

「あ、やばい」


 フラウアはすぐに前を向いた。

 いよいよ集会が始まるのだ。

 ざわざわしていた生徒達も徐々に静かになっていく。

 静まった所で進行役の教師が話し始めた。


「初めに、校長の話」


 舞台に立つ校長がお辞儀する。

 柔和な笑顔だった。


「皆さん、おはようございます」


 生徒達が一斉に返す。

 ――おはようございます。


「今日も元気で良いですね。一年生が入学してから二ヶ月が経ちました。学校生活に慣れた者もいれば、まだ馴染んでいない子もいると思います」


 開いた口からポンポン出てくる退屈。

 たまに足を上げて痛みを和らげる生徒。

 欠伸をして、目から涙を流す生徒。

 教師に至っては立ち寝している者がいた。

 校長はとても楽しそうだ。

 身振り手振りが暴走している。


「そして皆さんに大切な報告があります。一昨日の夜、『魔獣』が出たとの報告がありました」


 退屈だった生徒達の顔色が変わった。


「ま、魔獣?」

「嘘でしょ?」

「つーか、それ早く言えよ」


 先程の静けさから再び騒々しくなる。


「リールフ、もしかして……」

「俺らの件だな」


 ミーナの不安が増していく。

 リールフの顔を見たが、彼は顔色一つ変えていない。


「皆さん静かに。慣れない事態に動揺しますが、くれぐれも慎重に行動すれば大丈夫です。基本的な話ですがまず……」


 その時、アリーナにいる全ての人間が固まった。

 あまりの出来事に、手で口を抑えている者もいる。

 校長自身も何が起こったのかが理解出来ずにいたが、体に違和感があった。


 視線をゆっくり下ろすと、太い鎖が一本伸びている。

 ――自分の血だ。

 誰が、こんな事を。


 考える暇もなく、二本目、三本目と体から鎖が飛び出した。

 飛び散った血が、先頭の女子生徒に付着。

 頬に触れた手を確認すると、鮮血が乾いて黒染んでいた。

 絶叫。


「みなさぁん、お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す」


 校長だった死体が放り投げられる。

 舞台に立ったヤーグルが挨拶をするが、生徒達は騒然となり、一気に逃げだした。

 しかし、その行く手をヤーグルの仲間が阻む。

 逃げ出す生徒と教師に威嚇を込めて発砲。


「騒ぐなクソガキども!」


 突然の爆音に生徒達は一斉にしゃがみ込んだ。

 泣き叫ぶフラウアに、シレットは固く抱きしめる。

 リールフはミーナの腕を握り、離れない様にした。


「あれは……?」


 リールフは男達の衣服を見て、ある事に気付いた。

 文字が刻まれている。

 いや、エンブレムだろうか。

 瞬きを一切せず、読み取ってみる。

 赤黒く塗られたそれは、人の顔みたいだ。


 青ざめるリールフ。

 額からは汗も流れていた。

 エム、エー、ディー。

 奴らは『MAD』。

 その意味は、狂気。

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