第11話 王子の光

 広がる緑の上に、心地よい風に揺られながらダージリンは立っていた。


「ダージリン」


 声が聞こえた先へ振り向くと、少女がいた。

 制服をきちんと着て、黒いセミロングの髪は漆で塗ったかの様に美しい。


「おはよう。今日も良い天気だね」


 少女はまるで太陽だ。

 その笑顔だけで、幸せな気持ちになれた。


「今日も良い事あるといいな。ダージリンもそう思う?」


 少女の言葉に小さく頷く。

 ダージリンがイエスと答えたのを理解した少女はフフフと笑った。

 素敵な笑顔を前にダージリンも思わず頬が真っ赤に染まった。


「どうしたの?」


 星の様な瞳に思わず目を逸らすダージリンだったが、少女はからかう事はなく、照れたダージリンにこう答えた。


「私、凄く嬉しいよ。ダージリンが笑ってくれて」


 ――ありがとう。僕も君が笑う姿はとても素敵に思うよ。


「笑顔でいれば、みんな幸せになれるし、凄く嬉しくなる。だからダージリンも楽しかったり、嬉しかったりしたら沢山笑っていいんだよ」


 少女の言葉は、今でもダージリンの中に刻み込まれている。


 ――いつからだろうか。

 ――きっとあの日だ。

 ――僕が笑顔を失くした日は……



 *****



「ダージリン君、ダージリン君」


 誰かがダージリンの体を揺らしている。

 重たい瞼を震わせながら目を開けると、小太りの男の顔が浮かび上がり、やがて視界がハッキリしていくと、その男がスダップだという事を理解した。


「……ん? あ、先生」

「ダメじゃないですか。一人だからってスースー寝てしまっては」

「ゆ、夢か……」


 目を擦りながら壁の時計を見ると、時刻は十一時二十八分を指しており、どうも二時間目の授業を終え、様子を見に来たスダップだが、そこでダージリンが寝ていたのに気付いて、起こしたみたいだ。

 先程の心地よさが塵と化す様に消え、顔も黒く染まり、目も重くなる。

 名残惜しさと共に胸が痛くなった。


「昨日も眠れたわけではないのでしょう? でも朝の居眠りはよくないですよ」

「……好きで夜更かしをしてたんじゃないんです」

「まあ確かに。眠れない夜ってありますよね」

「……先生は夜更かしばっかしているから、横幅が広がるんじゃないんですか?」

「腹立たしい!」


 冷やかされたスダップはムスッと怒鳴るが、暗い顔のダージリンを見てすぐに顔色を明るくし、話題を変えた。


「夢でも見ていたのですか?」

「……はい」

「どんな夢を?」


 ダージリンは何も答えず俯いた。

 言った所で何も意味がない。

 閉ざされた口と心は滴り一つも落ちない氷と言っても良い。

 スダップもダージリンの言いたくない気持ちを察知し、瞳を下ろして、眼鏡のフレームを弄りながら「まあ、いいです」と呟いた。


「それで、課題は出来たのですか?」

「……全然です」

「それじゃあ昼休みまで後三十分くらいなので、出来る所までやりましょう」


 互いに微妙な笑みを浮かべて、視線を合わせた。

 しかし、数秒も持たずにそれぞれ机と扉へ視線を向けたが、二人にとってその数秒は一分、十分、もっと長く感じた。

 沈黙の中、スダップは扉へ歩む。


「……あ、待ってください先生」

「ん? どうなされましたか?」


 スダップが部屋から出ようとすると、ダージリンは急に声を上げて彼を引き止めた。

 振り向いたスダップに、ダージリンはプリントの端を両手で掴み、目元以外を隠す様に見せた。


「ここの数学の問題がわかりません。教えてください」

「あ、はい。わかりました。ですが先生も少し用事がありますので、午後の時間に教えますね」


 ダージリンのお願い事を快く受け入れるスダップ。


「……あ、はい。わかりました」


 了解したダージリンを見てスダップは部屋を後にし、ダージリンは昼休みに入るまで黙々と課題をやり続けたのであった。

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