ハルメア地下道

 地下道へと続く扉を押し開いたユースピリアはその体勢から振り返った。


「牢獄に?」


 この地下道が繋がっているのか。

 依頼人の仲間がいるのか。

 続く言葉があるとしたらその2つだろう。


「多分な」


 横を通り抜けて奥に進む。

 飄々とした翔の背を彼女は睨んだ。


「じゃあどうして引き受けたんだ」


 地下道の影にその姿が隠れ切る前に後を追う。

 ユースピリアは翔の「多分」が9割の確証を持って口に出されることを知っていた。

 だからこそ、どうしてと尋ねている……。


 遺跡を荒らし宝を得ている以上自分たちは賊だ。

 偽善を語るつもりは毛頭ない。

 けれど、性根の腐った輩に手を貸すかどうかは別問題。


 同じ穴の狢だとしても同列に扱われたくはない。

 利用されるなんて真っ平御免。

 控え目に言っても虫唾が走る。


 彼女の性分を翔は理解している筈である。

 なのにどうして、義賊にはなり得ない薄汚れた男からの依頼を引き受けたのか。


「地下道に入るには鍵が必要だったろ」


 その言葉にユースピリアは自身の手の内にある鍵へと視線を落とした。

 ……確かに、扉には錠が掛かっていた。

 外すには鍵が必要だった。

 しかし。


「あの程度の扉なら壊せば入れた」


 ムスと口を尖らせた彼女にようやく振り向いた翔は半眼を向ける。


「……元も子もないことを言うなよ」


 扉は鍵を使ってこそだろ。

 そう続けた翔は再び前を向く。


 ——光属性の魔力を集めて固めただけの《ライト》が照らす道は経年劣化で所々が崩れている。

 けれど、公道として利用する計画でもあったのか。

 ただの地下道とするには厭に整っている。


 それがことさら薄ら寒さを覚えさせる未知の領域を躊躇いもなく進む翔にユースピリアはため息を吐き出した。


 ……後のことを考えるなら壊すよりも鍵を使って開いた方がいいのは分かっている。

 あって困るものではないことも。


 何より依頼はもう受けてしまっているのだし、ここまで来たなら引き返す方が手間だ。

 ターゲットを仕留めて金を得た方がいい。

 それも分かってる。


 自分の相棒は意味もなく悪人に手を貸すような男ではないのだから引き受けるだけの価値があったと思うべきだろう。

 不満がないとは言わない。

 ただ、それを吞み込めるだけの信頼も同時にあった。


「カケルは時々ヒドく回りくどいことをする」


 ボヤきつつも気持ちを切り替え剣に手を掛ける。

 バッと物陰から飛び出してきたゲル状のモンスターを彼女は一刀の元に斬り伏せた——。


 不定形な体を持つモンスターには物理が通りにくいというのは一般に知れていることだが、それは敵の反応速度と含蓄された魔力、双方あるいは片方がこちらのそれを上回って初めて成立する話である。


 ゲルの代表例と言えばゼリーやコンニャクだが、魔力を溶媒として固まり意識を得たゲル状モンスターは、つまるところ食えないゼリーかコンニャクだ。

 刃の通らないゼリーもコンニャクも存在しない。

 もし存在するというのなら、それはもはや別物の何かであって、ようは気合いの問題。


 念の為に付与しておいた雷属性の魔力が追撃して分裂したゲル状モンスターを焦がす。

 のたうち回りながらドロリと溶けたその最期を視界の端で確認しつつユースピリアは次の疑問を口に出した。


「それで? ここにどんな用があるんだ?」


 鍵欲しさに依頼を受けたとして、そもそも何故、打ち捨てられたような地下道に入ろうと考えたのか。

 その目的は?

 無いなどとは言わないだろう。


 実際、翔には目的がある。


 愛銃グランド・グラニをホルダーにしまったまま襲い掛かってきたネズミ型のモンスターを蹴りで倒す。

 突き当たりを右に曲がると開けた場所に出た。

 線路にトロッコ……。

 停留所らしく待ち合い場所まである。


 壁に埋め込まれた魔石の光は充電が切れ掛かっているようで酷く弱々しい。


「牢獄ってのはどこの牢獄だと思う?」


 トロッコを無視して進む。

 質問に質問で返した翔にユースピリアは眉を寄せるも脳裏に地図を広げて考える。


 ……と、言っても東ガトビエナ砂漠の近辺で牢獄と言えば1箇所しかない。

 鉄壁の要塞として知られその地下に囚人を収容している。


「サイベリアの地下牢じゃないのか?」

「サイベリアはこっち。じゃあこっちの方角にあるのは?」


 敷かれたレールの分岐点に翔は立つ。

 左を指してから右を指した。

 その指が示す暗く先の見えない道に視線を向けながら方角と地図を照らし合わせていく。


「王都ラグドール……」


 導き出された答え。

 自らが発した声にハッとした。


「まさかラグドール王宮に!?」

「正確には地下水路と繋がっててそこから王宮とか街に抜けられる。多分、だけどな」


 翔の「多分」には9割の確証が含まれている。


 驚きからあんぐりと口を開けて固まった相棒の素直な反応に軽やかな笑みで応えた彼はほんの少しの悪戯心を乗せて言葉を続けた。


「忍び込んでみたくないか?」


 すいと流して寄越された視線にユースピリアの喉がごくりと鳴る。

 きらきらと期待に輝く瞳が彼女の答えを語っていた。


 手を下ろした翔はそのまま左の道に進む。


「あとは魔獣。地下道か地下水路に1体いた筈なんだ」


 賊らしく王宮に侵入する。

 依頼をこなす。

 そのどちらも目的に違いない。

 だが、本命はこちら……。


 神代の昔に生まれし強者。

 愚かなる反逆者。

 魔に魅入られし者。

 獣と化した異端者。


 どれもが彼らを指す言葉だ。

 彼ら、魔獣を。


 ユースピリアの耳がピンと立つ。

 ひらりひらりと揺れていた尻尾が逆立つ。

 彼女の顔からは血の気が引いていた。


「まだ集めるつもりなのか?!」


 つい数秒前まで期待に胸を膨らませていたのも忘れて恐怖に震え上がった。

 彼女の心境は一言。


 1も2もなく引き返したいっ!

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