異世界の門

御霊山みたまやまかあ……!」

「ああ。行ってみようぜソーマ。もう警察や消防も引きはらってるしさ……」

 コウの持ちかけた話に、ソーマも乗り気になってきた。


 御珠市全体に広がる、丘陵地帯の一角。

 その山の自然公園から普段では想像もできないような「山火事」が発生したのは、今からちょうど1月前だった。


 発火時刻は深夜。

 火の出所は不明。

 自然公園を中心とした約10ヘクタールの森が焼けて、御霊神社の絵馬殿の一部が焼け落ちている。

 さいわい死人も怪我人も出ずに済んで、火もすぐに鎮火した。

 

 だが奇妙なのは、周辺の住民の証言だった。

 火の手が確認される何分か前、夜の空から山腹にむかって落ちていく、虹色の光を見た。

 光に照らされる山の周辺で、何かが飛び回っているのが見えた。

 

 そういう目撃談が何件も、寄せられたというのだ。


「虹色の光。空を飛ぶ何か。消防が駆け付ける前に消えてしまった炎……あやしいな」

「ああ。UFOだな」

 首をひねりながら事件をまとめるソーマに、コウがものすごく短絡的な結論を導き出した。


「現場に行って調べてみようぜ。エイリアンの遺留物とかあるかも」

「面白そうだな。よし行こうぜコウ!」

「ちょっと、危ないって2人とも。もうどうしてこうゆう事ばかり……!」

 意気投合して山の方角へ歩き始めたソーマとコウ。

 ナナオが呆れた顔で、2人を追いかけた。


 夕日はもう、山の向こうに沈もうとしていた。


  #


 ゴオゴオゴオ……


 暗い森を渡る風が、わたしの全身を叩く。

 わたしは自分のハネを精いっぱいしならせて、風に負けずにスピードを保つ。

 

 わたしの目の前。

 すぐ200へクス先。


 真っ赤な飛竜の手綱を握って、あいつは忌々しげにわたしの方を振り向いている。


 双頭の盗賊グリザルド。

 あいつを追い始めて7日が過ぎた。

 王都から逃げ去ったあいつの姿を追って、辺境のこの森まで。


 わたしは、もう3日以上飛び続けている

 

「ルシオン様ぁ。もう国境ですよ。あんまり深追いしない方が……」

 わたしの耳元。

 ハサハサとした羽音と一緒に、そう囁きかける者がいる。

 小さな青いチョウだった。


「うるさいコゼット! ここまで来て、諦めるか!」

「えーでも……ルシオン様だけじゃ不安ですぅ。魔王様やマティス様たちが戻られるまで……」

 耳元のコゼットが、弱気な声でそう続ける。

 わたしはイラっとして頭を振る。


「だまれコゼット! いつまでも兄上や姉上たちにバカにされてたまるか! わたしだけが手柄を立てる。これは絶好のチャンスなのだ!」

 コゼットを振り払うと、わたしは更にスピードを速める。


 これから立てる手柄のことを思うと、全身に力が溢れる。

 3日以上にわたる飛行追跡も、『甲蟲帝国インゼクトリア』最強の一族であるわたしにとっては、どうってことない。


「かー。しつけえなあ。いい加減あきらめろって、王女様!」

 盗賊グリザルドがわたしを向いてそう叫ぶ。


 下等な蜥蜴人リザードマンであるあいつに、わたしのような飛行能力はない。

 けれども、あいつの操る飛竜のスピードとタフネスは少し厄介だ。


 グリザルドの飛竜まで、あと180へクス……150へクス……!


 射程・・に入った。


「よし!」

 わたしは会心の笑みを浮かべる。

 わたしは両手の指先をグリザルドの飛竜に向けた。


 ポ ポ ポ ポ ポ……

 

 わたしの指先から生じてゆく、いくつもの緑の明かり。

 明かりがわたしの体のまわりで、輪舞ワルツを踊り始めた。


  #


「ここが現場跡地か……」

「てゆーか、暗くて何も見えないな」

「だから言ったじゃん。2人とも早く帰ろうよぉ!」

 御霊山の自然公園。

 その公園の真ん中で、ソーマとコウは立ち尽くしていた。

 ナナオはヤキモキした顔で、コウの袖を引っぱっている。


 公園は真っ暗だった。

 夜空に上った月は、灰色の雲ですっぽり覆われている。

 まばらに瞬いた外灯の明かりも、ここまでは届いてこない。


「あーあ、照明魔法ライトの勉強でもしとくんだった」

「無駄だよコウ。こんなに広い場所を照らし続ける照明魔法ライトなんて……」

「だから昼間来ればいいじゃん。もう遅いから帰ろうよ!」

 グダグダなテンションになってきた3人。

 

 だがその時だった。


「ん……おい。あれ何だ……?」

 なにかに気づいたのか、コウが夜空の一角を指さした。


「うん……!?」

「月……じゃないよね?」

 コウの指の先に、ソーマとナナオも目をこらす。

 夜の空に、確かに変なものが浮かんでいたのだ。


 それは最初、夏の道路の向こうに立ち上る陽炎みたいに見えた。

 だがよく見てみると、陽炎なんかよりずっと奇妙で不思議な現象だった。


 夜空に、ユラユラたなびく光のカーテンみたいなものが浮かんでいた。

 赤から紫……青……緑……黄色……。

 刻々とその色を変えていく虹色模様。

 まるで地上のすぐ真上に出現した、小さなオーロラだった。


「オーロラ……?」

「いやヒトダマ……!」

「UFO!?」

 夜空に現れた不思議な揺らぎを見上げて、3人は息を飲んで立ち尽くしていた。


  #


「ルシフェリック・アロー!」

 わたしは盗賊の乗った飛竜に狙いを定めて叫んだ。


 ヒュンッ!

 ヒュンッ!

 ヒュンッ!


 わたしの体の周りを泳いでいた明かりたちが、空を裂く閃光の矢に変わった。

 矢は次々に飛竜に向かって飛んでいく。


 その翼を切り裂く。

 その鱗を撃ち抜く。

 わたしの放った光の矢が、グリザルドの飛竜を貫いていく!


「ギエエエエエ!」

 飛竜の苦痛の声が、森に響く。

 飛竜のスピードが、徐々に徐々に落ちていった。


「観念しろグリザルド! おとなしく捕まれば、命は助けてやる。恩赦をやるぞ!」

 わたしは勝ち誇って、グリザルドにそう叫んだ。


 だが……


「へ。観念するのは王女様の方さ。俺の目的地はココだった。この場所・・・・に辿りつきさえすれば、俺の仕事は終わりだ!」

 あいつの2つの頭が、わたしを向いてニタリと笑った。


 次の瞬間。


「へ……!?」

 わたしは自分の目を疑う。

 

 ス……。


 グリザルドとあいつの乗った飛竜の姿が、目の前から消えた。

 

 ……いや。

 消えたんじゃない。


 「向こう側」に逃げたんだ!


「『接界点ゲート』! こんなトコロに!」

 わたしはやっと、気がついた。

 目の前で揺らめき立った虹色のカーテンみたいな『接界点ゲート』に!


 わたしは悲鳴を上げた。

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