第57話「日曜日にて②」

「楽しかったねえ」

「次、どこに行こうか」

「疲れた……」


 買い物、ファッション巡りの休憩で入った喫茶店のテナントで、なおもおしゃべりしている明美と春香をよそに、オレはぐったりと座席に座るなりうつ伏せになっていた。

 下着屋、アクセサリーショップ、ティーン向けの洋服屋、もう数え切れないぐらい回った。

 その度に、試着、似合う似合わない、鏡に向かって思案、談義に花を咲かせる。ずっとその繰り返し。

こんなに疲れたのは初めてだった。

(おかしいな。この体になって以来疲れ知らずだったオレが、こんなに疲れたなんて)


「でもまあ、勉強になったよ……」


 女のファッション感覚、選び方、まだ初歩の初歩かもしれないが、今まで知らなかったこと、聞けなかったことを二人が教えてくれた。


「ふふ、自分で選べるようになったら、真琴も普通の女子へ一歩前進よ」

「あとは何度か買い物を繰り返していくうちに、なんとなく、自分はどんなもの着ればいいか、イメージがわかってくるんですよ、私も最初、そうでしたから」


 春香も、地味に見えて、きちんと女のスキル、身につけるものは身に着けている。

 これはオレと春香の違いだ。

(女だった期間が長い春香と、途中から女のオレ……)

 春香だって生まれてから16年の女なんだ。

 関心しつつ、目の前の皿の色とりどりのアイスクリームをスプーンで突き崩した。

 取り留めの無い会話がふと途切れる。

 アイスが解けて次第にそれらが混じって茶複雑な色へと変わってゆく。

 オレがそれを眺めている時に、春香が切り出した。


「ほんの、出来心だったんです」


 以前、オレを罵った時の春香がどんな理由であの日あの時、あの場にいたのか。

 自ら口を開いた。


「バスケ部の先輩に振られちゃった後、急に思いついて、真琴さんのいた、天聖館高校ってどういうところかって知りたくなった」

「どういうところって、普通の学校だよ」


 ある一点を除いて。

 本当にごく普通の学校だった。


「私も知りたいわ。ほんと、あの学校って謎だらけなのよねえ。綺麗な子が多い、異常なくらい……しかも、女子のネットワークに掛かってこないから、内部の情報が全然入ってこないのよ」


 生徒会活動をして、女子の友人知人も多く幅広いネットワークを持つ明美を持ってしても実情はわからない。

 それはそうだとオレは思う。

(あいつらは元々は男子の輪に属していた奴らだから、女子の情報網には引っかからないのだ)


「それに変わった子が多いわ。道端で女の子同士で手を繋いだり、いちゃついてたり……」


 明美も春香も天聖館の生徒の異様さに気付いていた。


「私、天聖館高校の校門に行ったんです。みんな綺麗な人ばっかりです。でも……私を物珍しげな視線で見るんです。変ですよね」


 セーラー服姿で、校門に佇む春香を、奇異の視線を送る様子。目に浮かぶ。

 第一高校は天聖館高校にとっては、目の上のたんこぶのような存在だ。

 地元の名門校、平凡な私立学校。

 第一校の制服は、この市内で一目置かれるブランドがある。


「やがて、天聖館高校の一人の生徒がやってきて、私にどうしたんだと声をかけてきたんです。黒髪の、ええ、真琴さんのような、もっと背は大きくて、頭も良さそうで。でもなんか薄気味悪さがありました。綺麗なんだけど――」


 想像がついてしまった。

(あいつだ、タマキ)


「『どうしたの? こっちへいらっしゃい』って声をかけてきて……校内に連れて行かれて……」


 どうやら生徒会室へ行ったようだ。

 そこで、聞かれた。いや、探られた。


「どうだったの? 春香。天聖館高校って?」

「普通の学校に見えるんだけど何か違う……。とてもいい匂いがして……心地よかった。でも、ここにいちゃいけないって思いました。なんだか魂を持ってかれそうで……」


 春香は女の感で普通じゃない気配を感じ取っていた。


「同じ女子なのに私が異質な気がして、一人ぼっちな気がして……凄く寂しくて孤独な気がするんです」

「ふーん、でもそれは春香がうちの生徒だからでしょ? よその学校に行ったらそんなもんじゃない?」

「違うんです、そんなんじゃなくて……本当に、私寂しかった……」


 オレが男だったこと、あの学校にいる女子が全員元男子であること、そのことを春香はタマキから聞かされているはずだが、そのことには触れなかった。

 そのことをバラして混乱させる気はない、という意志が感じられた。

 春香のオレに対する気配りなのか、それとも荒唐無稽と思っているのか……。


「真琴さんのことを知らせてくれって、お願いされたんです。だから……」

「オレのことを、か?」

「ええ、でも普通にやってますって感じで答えました」


 オレにとっては、やっぱりな、という思いであった。環がこの一件に出てきている以上、目的はオレだというのは想像がつく。


「おかしいんです、私、そんな気も趣味もないはずなのに、あの人に見つめられて、瞳をみているうちになんだか、心がボーっとしてきて……」


(あいつの趣味もたいがいだな。一般の女子にも手を出してやがったか)

 それも魅了(チャーム)まで使いやがったか。


「そして、ほっぺたにキスされて……気が付いたら頷いてた……」


 春香が少し眼を伏せたのは、もっと色々なことをされたからかもしれない。

 環が、キスだけで終わらせるのか、疑問だ。

 だが、そのことは突っ込んだら、春香が傷つくかもしれない――。


「なんで真琴のことを? だって、転校しちゃってるんだし……ほら、追い出したんでしょ? 真琴を」

「その、真琴さんに戻ってきて欲しいって言ってました」

「ええええ!」


 オレが返事しようとしたら、明美がもっと驚いた。

 喰っていたパフェを噴き出すかと思うぐらいに大きな声。店中に響いた。


「嘘、ありえない、真琴がまた戻っちゃうなんて……」

「私も……まだせっかく知り合ったばっかりなのに……」


 そして、二人がテーブルに手をついて、立ち上がったまま真琴の顔を見つめる。


「いや、オレは戻る気ないけど……」


 戻らない理由は、清久のことの一件があったから。

 オレはまだあの時のことの整理がまったくついていない。


「だよねえ、真琴」


 明美がまた椅子に座る。

 春香も、ホッと胸に手を当てた。


「しかし、こんなとこにこんな店があったんだな」


 呟きながら、派手なトッピングがされたアイスクリームを一口。

 メルヘンチックな内装で、クレープやアイスクリームを中心に甘いものを売っている店だ。

 入っているのは、若い女性、女子高生と思しき女ばっかり。


「そうよ、この店、東京の有名店が進出してきたのよ?」

「へえ……いい時代だよなあ。そんな都会の店がこの町でね」

「わりと女子の中では話題になったのよ。 男の子は入り難いけど……あ、でも真琴は男の子っぽいから近づかなかったのかな?」

「男女のカップルなら店内で見かけますよ、真琴さん。一緒に男の子と入ったこともないですか?」


 春香の問いに何気なく答えたつもりだった。


「いや、あいつとは一緒に入ったことないなあ」


 いつも研究に着いてきていたあの顔がよぎったから、ふと口に出てしまった。

 春香が垂らした釣り針に食いついたことに、気が付かなかった。

 瞬間、二人が色めきたった。


「真琴、本当に何も無かったの?」

「大体図書館か、公園だったし――」

「他に、他にはありましたか? 真琴さん」

「いや、ファミレスに行ったことはあったかな?」


 明美と春香。顔を見合わせていた。


「な、なんだよ……」


 凄い発見をしたようなその二つの表情にたじろいだ。

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