第54話「山奥の社」

 キーンコーンという授業終了の鐘が響く。

 同じチャイムだが、天聖館高とこの第一高校ではメロディーが微妙に異なる。

 最初は違和感があったが、だんだんこの旋律にオレも慣れてきた。


「そこまで――」


 年配の男性教諭の声と共に教室にはカチャっとボールペンを置く音が重なる。


「全員答案用紙を前へ。名前の書き忘れは無いな?」


 後ろから順に紙を前の席のものに裏返して渡してゆく。

 最前列のものが試験監督の教諭に渡してゆく。


「あーあ」

「選択問題、一問ミスったかも」

「あたし、半分以上できなかったよぉ」


 最後の世界史の試験が終了し、皆大きく伸びをする。

 そしてあちこちで手ごたえを確かめ合う声。


 今日で中間試験は終了。

 学期中の一つの山を越えて、放課後の伸びやかな雰囲気が広がる。今日は午後は授業は無い。

 たちまちざわつく教室。

 しばらく行っていなかった部活に行くのもいるし、あるいはしばらく我慢していた甘いものを食べに行こうなど――。

 早速今日からまた予備校に行くとかいう奴もいる。

 それぞれのあるべき場所へ散ってゆく。

 そしてオレは部活に入っていないのでさっさと鞄にノートと教科書を入れ、帰り支度をして学校を出る準備をするのだ。

(おっとその前に……)

 校舎からから出ようとしたところで踵を戻し、女子トイレで小用を済ませる。

 すっきりさせておいたほうが良いのだ。これから大事な用事がある。急に催すと困るのだ。女子になって以降すっかり近くなってしまっていることもある。

 手を洗いながら、これからやることの予定を思い浮かべる――。

 以前から午後が空く今日に狙いを定めてあることを実行することを計画していた。

 これから、オレは核心に迫るかもしれない――天聖館高校の異変について――


「真琴、今日は郷土史研究はお休みなの?」


 鏡の前でたたずんでいたら、近づく女子二人。


「ん?」


 明美と春香だった。

 セーラー服姿の二人も帰りの準備万端といった様子だ。


「だってこのところ入り浸っていた郷土史研究会に行ってないんでしょ? 今日も帰り支度して」

「いや、これから別に行くところがあるから―って何か用だったのか?」


 一瞬二人は、目配せをした。

 明美は当然、オレに用事があるといった様子だ。

 それに春香と一緒。

 春香とは例の一件があったばかり。あれ以来、また話し合う機会はなかったが、わだかまりは一端収まってはいる。

 あれから数日経ったが、天聖館高校の異変がどうとか、そういう噂はたたなかった。

 明美の言うとおり、春香はオレを陥れるつもりは無かったのだ。


「これから行くところも研究なんですか? 真琴さん」


 今度は春香が一言。


「まあ、そうだよ」


 研究というほどのものでもないが……。


「ふうん、熱心ねえ。まあ悪くないけど、たまには気分転換はどう? たまには息抜きしないと心にも肌にも悪いわよ」

「気分転換って、別にオレはそこまで悪くないと思うけど」


 別に意識したことないが……。


「真琴さん、なんだか、がむしゃらに打ち込むことで何かを忘れようって感じで」


 二人は顔を見合わせて頷く。


「今日、もし真琴が暇だったら、駅前のデパートに遊びに行こうかと思ってたんだけどね。それに、それからこの子も真琴ともっと話がしたいって言ってるの」

「あ、あの、私も一緒に行きたいって、明美さんにお願いしたんです」


 この二人、何か考えているぞと思う。悪企みじゃないとは思うが。それが何かはわからなかった。

 ただ、春香とは、あの一件があったし、一度じっくり話してみる機会があった方が良いと思ったのも確かだ。


「じゃあ、今度の日曜日。日曜日、三人で一緒に遊びに行かない?」

「行きましょう、真琴さん」


 その日は市の図書館に行こうと思っていたが――。

 だが二人の真面目な眼差しに断れなかった。

 首を立てに振った。


「じゃあ、約束よ!」


 明美も春香も手を振って教室を去る。

 二人は目的を済ませたら、これ以上は邪魔と思ったらしくすぐに消えていった。







 明美たちと別れて、すぐその足で本来の目的地を目指した。

 まだ午後の入り口。時間はたっぷりある。


「こんなところに、こんな道があったのか……」


 目の前の坂道をみて、こぼした。

 そこは、天聖館高校の少し先にある山へと続く道だった。

 もともと山の上にある校舎の奥から、さらに裏手へ続く道だ。高校までは、それなりに舗装された立派な道だが、一気に細くなる。

 あっという間に鬱蒼と生い茂った山になった。

 うちの街は相当発展していたと思ったのに、少し奥深く入ったところは、まだ全然開発もされておらず、切り開かれていない樹海だった。

(案外自分の街って知らないもんだな)

 途中、舗装されていない、獣道を思わせるような酷い道もあった。

 学校の帰り道なので、制服、ミニスカート、固い革靴のローファーだから歩き難い。

 動きやすいジャージにでも着替えて出直せばよかったと、後悔した。

 常々思っていること、女の服は動きにくい。

 また今日もそのことを思い知ることになってしまった。

 さらに道をゆく。

 一応人の通れる道にはなっている。

 その途中には小さな岩の間を流れるせせらぎもあった。

 さらに突き進むと、やがてたどり着いた。

 目の前に、大きな赤い鳥居が出現した。

 小さな神社だった。


「清久の親父さんから聞いた話のとおりだな……」


 別れ際に教えてくれた。

 一旦取り壊された村の神様・双葉様を祭った神社があるはず、そしてそこで出会ったものがオレが取るべき道を示してくれるだろう、と。


『真琴君が行けば、彼女達も受け入れるだろう――、わたしはもう無理だが……』

 一体何なのかよくわからなかったが、とにかく行ってみるといいという助言に従うことにした。

(四十年前に取り壊された神社が移転して建てられた)

 事前の下調べで、そんなこともわかった。無人の誰もいない神社らしいが。

 移転新築したと聞いたが、それでも二、三十年は時間が経っているので新しさは無い。

 短い階段を上り、鳥居を潜って境内に入ると、本殿や祭殿などの建物が目に入った。

 一応神社として、一通りのものは揃っていた。

 入った途端、なんだか異世界にはいったような違和感を感じた。

 人を寄せ付けない結界を潜り抜けたような感覚が体を突き抜けた。

 だがそんな違和感よりなにより、その目を引いたのは、行き交う子供だった。

 男の子や、女の子が、遊びまわっている。

 鬼ごっこなのかじゃれあっている。

 あるいは男の子同士でチャンバラ、女の子同士で、ゴザを敷いて御ままごと。

 今時の子にしては、少し古びた気がしないでもないが、和む光景だ。

(清久の親父さんの言っていた光景にそっくりだ)

 戯れる少女――。違うとしたら、男の子がいるぐらいか?

 確信を持てた。ここにいる。オレが求めているものがある。

 どこに行ったら良いのかわからなかったので、とりあえず本殿と思しき建物に入った。

 革靴を脱いで、綺麗に揃えて本殿に上がると早速ガキどもが寄ってきた。

 ドンッ


「ぐえ!」


 急に重力が加わった。


「お姉ちゃん! 遊ぼうよ!」


 いきなり、男の子が首に絡み付いてきた。


「どこから来たの? ねえ、お姉ちゃん」」

「あっ『真琴』って名前が書いてある! 真琴さんー」


 鞄に名前が書いてあるのを見られた。

(面倒だな……)

 正直子供の扱い方に慣れてないオレには、どうやってあしらったらよいものか、わからなかった。


「……ごめんな、今日は用事があるんだ」


 丁重に断ったつもりだが、オレの都合はどうでもいいようだ。

 不満げにぶーぶー文句を垂れる。


「えー遊んでくれないんだあ」

「まことの意地悪ー」

(よ、呼び捨てかよ)

 まあいいとすることとした。相手にしてやる時間はないのだ。

(しかし、本当に子供が多いな……)


 本殿の中に入ると、さらに中には沢山の子供がいた。

 入った途丹ドタドタと走り回る音が、そこらじゅうに響く。

 そして、ワァワァという歓声や叫び声。

 外にいる子より一回り小さい子たちだ。

(さて……ここにいるかどうか?)

 探そうとした途丹、声がした。


「そんなとこに突っ立ってないで、こっちへ来なよ。聞きたいこと、あるでしょぉ?」

「そこの子、そう、セーラー服の君」


 あきらかにオレを呼んでいる声の方を向く。

 子供たちが群がっている中心に大人の女たちがいた。

 和服を着た若い女たちだ。

 女たちは、お腹が大きく膨らんでいた。特に下腹部。

 妊婦だ。まさに臨月間際の妊婦だ。

 さらには、乳児、あるいはまだ立っていくばくもない子が周りに何人もいる。

 膝枕で寝ている子もでいる。

(まさか……こいつら、全員自分らで産んだ子なのか?)


「そこに座ってよ、今行くから」


 その和服の女の一人が、オレを手招きした。

 促されて、傍まで寄っていって、胡坐で座った。


「誰か訪ねてくるなんて久しぶりだねー、どこから来たのぉ?」


 若い。近くでみると、一層感じた。

 周りに付きまとっている子供の数から見ても、年相応でなく若い。

 肌のつや、張り。

 体型が妊婦っぽい体を除けば、見たところ、ほとんどオレと年が変わらない。

 もっと言うと自分自身と同じものを感じた。

 自分たちと同じ体の持ち主だ。

 違う部分もある。

 言葉の落ち着き、態度。

 オレよりもずっと長い時間を経ていろんなことを経験してきた、自信に裏打ちされた態度だ。

 妖しさを秘めた美しさだ。

 ともかく質問に答えることにした。


「麓の街からです」


 嘘とか変な取り繕いはしないほうがいい。オレは咄嗟にそう思った。

 多分見抜かれるだろう。


「へえ、そっか、結構近場だね。君名前は?」

「姫宮……真琴です」

「真琴ちゃんね、私はミキ、よろしくね」

「よろしくおねがいします、ミキさん」


 とっかかり、どう話そうかと思ったが、会話は他愛も無く始まった。

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