第53話「発露」
「終わった? 真琴」
二人で戻ってきたら、教室では明美が待ち構えていた。
始業時間が近づいてめいめい席に着く。
「そのようすだと、ことは収まったみたいね」
「ああ、明美、お前の言うとおりだったよ。オレもちょっと反省したよ。転校生のくせに色々生意気だったんだな、オレ……」
「うんうん、転校生してきて、無防備だったしね。だから、真琴一つ忠告」
「なんだ?」
「気をつけたほうがいいよ。転校生に最初に近づくのは、そのクラスで意地悪な子なのよ」
「ふうん」
「自分にとって有益な存在か、害のある存在か? 探りに来るのよ」
(なるほど)
自分に有益なら味方にしてしまう。確かにそれは要領はいいように思えた。
「って、それ、明美じゃねえ?」
オレがイチ校に転校して、まず最初に知り合ったのが、明美だ。
「あたしだって、結構嫌われる相手には嫌われてるんだよ」
「いつも周りにいっぱい女子がいるじゃないか」
「本当に心を許せる友達は本当に少ないわ。自分にとって都合のいい相手と付き合っているだけ」
単に女子のリーダーだと思っていたのだがな……。
「今だから言うけどね、真琴に近づいたのも同じなの。あたしにとっては、いつもどおりのことだった」
「美人な転校生が来るとは聞いてたけど、まさかここまで綺麗な子が来るとは思わなかった……」
―美人転校生と聞いて、空気が一気にぴりぴりしたわ―
―明確に、あたしたちの世界に、微妙な変化をもたらすことはわかった―
―最初は、対抗意識があった―
―でも、あたしは一目見て、敗北を認めたわ―
―もちろん対抗意識のある子もいたと思う―
―でも私は次に、この美人転校生さんに対して、どう動くか? と戦略を練ることにした―
「いきなり男子と野球の話を始めるのは驚いたよ。驚いたのはそれだけじゃないの。そりゃあたしたちだって野球やサッカーの話ぐらい、勉強すればできるとは思うけど」
―でも、男子たちと自然に―
―女のような要領のよさも打算も無く自然に振る舞う―
―あたしにはできない―
「おじさんばっかりの立ち食いそばに、何のためらいも無く割って一人で入る美人女子校生ってどんな子よ」
明美はやれやれと首を振った。
「ちょっと待て――」
確かに転校して以来、学校近くの立ち食いそば屋に何度か寄ったことがある。ちょっと建物がボロいが安くて旨いと気に入っている店が――。
(つーか見てたのかよ?)
「えへ、ごめん……でも……真琴は並みの女の子の枠でくくれない子だって思った。自分に取り込もう、と思ったわ。あたしたちには及びもつかないものを秘めてそうと思ったから……」
明美は頭に手をあてて舌をペロっと出した。
「あれ、おかしいな……さっきからこんなことしゃべって……」
自分がさっきから何故こんな告白を始めたのか明美も理解できていないのだ。
「真琴といると混乱するわ。他の女子もそう思ってるみたいだけど。何か真琴の前では、意地の悪いことができないのよね」
本来明かすはずの無い女の本心を打ち明けさせられる。
(これもオレたちが人形であるが故の現象なのだろうか?)
ますますわからなくなった。
「私って嫌な奴かな? 結構隠し事をしてたし……」
「いや、オレだって、嫌な奴さ」
明美の本心の告白を聞いて、複雑な気持ちに苛まれた。オレも隠し事を一杯している。
「明美」
「何? 真琴」
「オレって男なんだ」
「え?」
「明美も春香も鋭いよな。女の洞察力ってやつかな?」
ここに来て以来、何度も何度も自分が男だという指摘をされる。
そのたびにオレは身も心も震えた。
何の力もない普通の女が、自分の正体を見抜いた。
「あはは、それあたしのでまかせよ、ただ何となく言ってみただけよ、気にしないで。そりゃ妙に男っぽいところあるけどね」
「いいや、それ本当だ。オレ冴えない男だったけど、突然生まれ変って、こんな体になったんだ」
「まあ、そういうことにしようか。うん、真琴は元男から美少女に変身した。単なる不思議ちゃんでなくて、そういうキャラでやるのもあり、ね。男の子っぽいのも理由が尽くし、面白そうね」
「そ、そうじゃなくて」
もっと驚かれるとか、異常な眼でみられると思ったのに、あっさりした反応に戸惑った。
「真琴ー、それが事実であったとして、あたしと真琴にとって、どうかなるものなの?」
「で、でもさ……」
「あたしにとっては、今の真琴が全部よ」
(あ――)
元男だと言われても、明美にはどうしようもないことに気が付いた。
「んー困ったなあ。生理の時に真琴を保健室に連れて行ったのもあたしだよ?『一日早くきたって騒いで』」
明美やその他、このイチ校生の生徒たちは、オレが男だったことは知らない。
初対面の時から真琴(オレ)は女。
二年の途中から転校してきた女子生徒、真琴。それ以上でもそれ以下でも無い。
その現実にいやでも向き合わなきゃいけない――。
「でも凄いことね。男と女を両方知ってるんだから」
明美は、つぶやいた。
「でも!」
そして唐突に、人差し指を突き出した。
「確かにおかしなことはある、かな? でも私から見たら……真琴は女の子よ」
「オレ、女か……?」
「そう、正真正銘の女。私の眼は誤魔化せない。凄く純粋で一途な乙女」
自信たっぷりに言うので聞き返してしまった。
「ど、どうしてだよ?」
「理由は、真琴の目には一人の子が映ってる。その子の存在は、多分真琴を女の子たらんとさせるわ――」
「それ、だ、誰だよ?」
「私が知るわけ無いでしょ?」
口元が笑みを浮かべているのは、答えをしっているからなのか? それともオレの反応を楽しんでいるだけなのか――
オレは皆目わからなかった。
☆ ☆ ☆
「ちょっと何? あの子」
ふらふらと夢遊病のように天聖館高校の校舎三階の廊下を歩く生徒をみつけ、三人の女子生徒が集まってきた。
「あ、見て見て、清久だよ」
「聞いた通り本当に女装しているよ」
珍しい動物を見つけたように、その生徒を取り囲んた。
わらわら寄ってきた女子生徒に、行く手を遮られたが、反応を示さない。
その生徒は無表情で、ただ宙を眺めていた。
「へえー本格的にしてるね。遠目からだとわからなかったよ」
「純も酷なことするねー」
「結構本格的に男の娘してるんだね? これ、パッドだよ」
胸元の膨らむ胸を無造作に掴んだ。
「あ、これ作り物だよ」
「良かったね、あたしたちは本当の女の体になってるんだから」
「ほんとほんと」
「清久~、本物のおっぱい欲しい? すっごい乳首が感じるんだよ~」
一人は制服を押し上げる大きな胸の乳房を見せ付けるように掴んだ。
「楽しいわよ、女の子になるって。綺麗な体が自分の思いのままなのよ」
一人はスカートの裾を摘んだ。
傷つける言葉が、その女装生徒に投げかけられる。
だが、反応は無かった。
正気ではなかったのだ。
目が虚ろだった。
「ん?」
その危うげな視線が、目の前の女子生徒を取られた。
長いストレートの長髪、切れのある目と鼻。
背格好はいずれも、どことなく面影が似た生徒だった。
「真琴……」
呟いた。
「真琴ってだあれ?」
突然の呟きに、戸惑ったその生徒は、他の女子の方を振り返った。
「あいつよ、清久に一時期付きまとったオトコ女」
「あー、あのオトコ女かあ。いつまでもオトコ言葉が抜けないし、男っぽかったし変な奴だったわねえ」
「クール気取ってたのかな? うちらを馬鹿にすることあったし、ちょっとムカつくとこねぇ」
「あはは、あたし、知ってるよ。なんで真琴がいつまでもオトコ女だったか――」
「ほ、本当?」
「うん、あたし、あいつと同じ中学だったから知ってるけど――」
三人は、寄り添って、ヒソヒソ話を始めた。
そしてしばらくして、どっと笑った――。
「あはは、信じられない!?」
「え~本当? そんなことがあったの? 真琴の方がよっぽど変態じゃない!」
「そう、あいつ、重度のシスコンなんだよ。それが原因なのよ」
姦しく会話する女子生徒たちの声が突然遮ぎられた。
「真琴……」
よろよろと歩みを進めた。
歩みを進めた先は、真琴の面影のある生徒だった。
「だから、真琴はもう、この学校にはいないってー」
呆れたように一人が語りかけたが、まったく反応はみせない。
「え?」
なおも寄ってくる。野獣が獲物を捕らえるような錯覚を覚えた。
「ちょ……! よらないで、清久!」
初めて彼女達は恐怖を感じた。
体にある聖域を侵される恐怖。
三人同時に、揃って股間を窄めた。
「い、いや、やめて、あたしは真琴じゃないー」
一人の女子に向かっていた。
「真琴! 真琴おぉ!」
「きゃああああ!」
そして黒髪の女子生徒に抱きついた途端、引き裂く悲鳴が校舎中に響いた。
「清久! 清久! どこへ行ったの! 清久!」
その頃、突然いなくなった清久を探すために、慌てふためいて校舎中を走り回っていた純がいた。
「タマキちゃん! 清久が、清久がいないの!」
「落ち着いて、純ちゃん、きっとトイレにでも行ってるのよ」
生徒の悲鳴が聞こえたのは、その時だった。
「な、何? あの悲鳴―」
一階にいる純たちに、その声が届くほどの大きさだった。
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