第48話「休み時間」

 昼休み。

 校庭の芝生のどっかり座る。

 そこからはデパートやらマンションやらが見えて自動車の喧騒も聞こえている。

 第一高校は場所も市街地の中でも一番中心部の一等地にある。

 景色は残念だけどな。

 さて、そんなことより腹ごしらえ。

 弁当を広げた。


「お、いいな」


 御飯に鮭やら卵焼き、おかずの煮物等定番のおかずが入っている。どれも好物ばかりだ。


「お待たせ、真琴」


 声の主はクラスメイトの明美。

 購買部で買ったパンが入った紙袋を片手に持っている。

 昼休みは、ざわついている教室で食うよりも、外で静かに過ごすのが昔からのオレの定番だった。

 以前は、『清久』と一緒だった。

 今は明美と大体昼休みを過ごすのが定番で、今日も天気が良いので教室から出た。


「購買部がすっごい混んでてねえ。それから、今日はこの子もいるわ」


 明美は、傍らに立っている生徒に目をやった。


「あ、あの……姫宮さん? 私もいいですか?」


 明美の後ろからひょっこりでてきたのは、小柄で、地味な雰囲気、おとなしい女子生徒。

 度の強い眼鏡をかけていて、体もひょろっとしてて、いかにも体育系じゃない。

 やはりクラスメイトの岸本春香だ。

 春香は、明美と親しい。

 その繋がりで、教室でも一緒にしゃべることが多くなったが、一緒に飯を食うのは初めてかもしれない。


「ああ、構わないよ?」


 そのまま明美は制服のスカートを後ろ手で押さえつつオレの隣に座り込む。春香もそれにならって明美の隣に座る。

 明美は、面倒見が良い。

 女三人、屋上で弁当を広げて昼食を取る。

 綺麗な青空だった。

 雲がところどころに浮かんでいて、風が心地よい。


「で、今度、駅前にカジュアル系なアパレルショップがオープンするんだって」

「本当ですか、凄い!」


 よくわからないが、テンション高いところをみると結構なお店だと思われたので、適当に相槌を返す。


「へえ、うちの街も都会になるな。もぐもぐ……」


 弁当のご飯を一口運ぶ。


「真琴は興味ないの?」

「え、まあ、そこそこ……かな?」

「ふーん……ま、真琴なら、何でも似合うから……余裕ねえ」

「そんなわけじゃないって」


 話をリードするのは、明美だ。

 本当に話題が豊富で、テレビ芸能ネタから、ファッション、女子の色恋ネタの身近なネタまでカバーする。

(まじ、こいつはアナウンサーに向いているかもしれない)

 今度は弁当箱の中の卵焼きを摘んだ。


「真琴のお弁当って手作りなの?」」


 ふと、明美がオレの弁当箱を覗き込んできた。

 今度は話題を食事の方に向けてきた。

 きっと真琴のことを少しでも知ろうと些細なものでもチェックを入れているのだ。


「え? まあ……おかずは昨日の残りだけどな」


 おかずを作ったのは、オレの姉のマミだ。

 でも、一応はちょっとだけ手伝った。詰めただけだけだったが。


「ふーん、凄いわねえ。鮭に卵焼きに、ひじき、お浸し……」


 マミの作る料理は全部美味しいのだった。だから弁当も美味しい。

 コンビニや購買のパンなんかよりずっと上。だから昼は基本弁当だ。


「でも……真琴のお弁当箱ってなんか男子のお弁当箱見たいねえ」

「え? そうかあ?」


 改めて弁当箱を眺めた。無機質だが、一杯詰められる、四角い弁当箱だ。

(よく考えると、この弁当箱、男子の頃から使ってるものだよな。明美、やっぱ鋭いな……)


「ほら、春香みたいなお弁当箱が割と普通なんだけどね」


 春香のは、赤くて、花模様が入った可愛い、そして小さい弁当箱だった。いかにも女子って感じだ。


「ね、春香の、可愛いお弁当箱よね?」

「え? あ、そ、そんなこと、ない……ですよぉ」


 いきなり話を振られて、春香は慌てる。

 一緒に食べようといったその割には、ほとんど自ら話をせずに、黙々と自分の弁当を食べている。そのことにオレは疑問に感じた。   

 その様子に明美も気づいたようだ。


「最近は、わたしが真琴とよく一緒に食べてるっていったら、春香が、あんたと一緒に食べたいってきてね――」


 話を春香にふる。


「何か聞きたいこと、あったんじゃないの? 春香。せっかく真琴と一緒に食べるんだしね」

「え、いや、べ、別に……」


 慌てて俯いて呟いたが、明らかにオレに何かあるっぽかった。


「ほら、聞いちゃいなさいよ」


 春香に、妙な気配を感じる。

(なんだ、このラスボスに挑む勇者みたいな雰囲気は)

 敵との直接対決に挑むような雰囲気なのだ。


「そ、その……真琴さんは……」


 春香のその声が震えている。

 顔が強張っていた。


「今付き合ってる人とか、好きな人とかっているのかなって……」


(いきなりそれかい)

 というか転校以来、まず間違いなく女子とした会話では、この話題が出てくる。話題としては特に珍しいものではなかった。


「いないよ」

「ほ、本当ですか!?」


 まるで審判の言葉を待つかのように、目をじっと閉じて俯いていた春香は目を大きく見開き、声を上げた。


「ああ、本当だ」


(なんで春香の奴、そんなに信用できない、という表情をしてるんだよ)


「で、でも、真琴さん綺麗なのに」


(あ、やっぱり信用してないな)


「本当よ、春香。真琴は、うちの男子の告白皆断っちゃったのよ」

「そう、なんですか」


 明美の証言で、ようやく信用してくれたようだった。


「もったいないなあ……サッカー部のキャプテンとか、野球部の長島先輩とか。女子に人気のあった男子生徒、全部斬りだったのよ」

「おい、こら。尾ひれつけるなって。オレは男子と付き合うなんて考えられないだけなんだ」


 一応傷つけないように、丁重に断ったつもりだった。

 今は考えられないとかなんとか言って断った。

(正直男と付き合うなんて……)

 オレの正体が元男子で、純やタマキとか、他の天聖館高校の連中ほどではないが、男と付き合うことは考えられないはずだった。

 正体は明かせない。


「うーん、でもその一件で、真琴の美少女っぷりが神秘性を、持ったのも事実なんだけどね。男子の間では。『一体どういう男子が、真琴と付き合う資格があるのか』ってね。真剣に討論してるみたいよ」

「はあ、そんなこと言ってるのかよ。まったくあいつら……」

「本当よ、真琴は男子と気軽に接するのに、その一面だけは潔癖だから。お高くとまってるわけではなく、話しかけやすいのに……これを意識してやってるとしたら凄い戦略家ね」

「おいおい、オレはそんなじゃないって」


 オレと明美との会話を黙って聞いている春香が複雑な表情を浮かべていることに気が付かなかった。


「あ、そういえば真琴今日は、また調べ物をするんだっけ?」

「そうさ。この間明美に教えてもらった部……」


 暢気に放課後の予定を考えていた。

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