第16話「三角」
僕、鷹野清久は今、人生初めての一大イベントを迎えている。
間違いない。胸が熱くなっている。
以前の姿はどうあれ、制服姿の女子が自分の部屋にいるのだ。
「へー。ここがお前の家か。意外に広いな。おっゲームもパソコンもあるんだな」
真琴は部屋をものめずらしそうに眺める。
「ああ、僕、兄弟いなくて一人っ子なんだよ。だから自分の部屋も一番大きな二階部屋を使ってるんだ」
考えてみれば僕の人生で凄いシチュエーションが実現していた。
彼女いない歴=年齢、加えて女性恐怖症のボクが――。
こんな日が来るなんて。
そのことを正直に真琴へ吐露する。
「考えてみると……女が部屋に入るのは初めてなんだよな。僕の母さんを除いて、だけどな」
ジョークを飛ばして浮かれている気持ちを誤魔化す。
「おいおい、止めてくれよ。今日はそんなんで来た訳じゃないぞ」
「わ、わかってるって、お……」
その時、ビイン、ビインとスマホが振動した。
ポケットからスマホを取り出す。
このSNSの特徴である吹き出し状のメッセージが現れる仕組みのシステム。
リアルタイムでメッセージが見られるのは便利だと僕も思う。
純のアイコンである、後ろ向きのツインテール姿の写真が表示されている。
―きよひさ、今どこにいるの? これから家に寄りたいんだけど―
―悪い、純。今日は忙しくて都合が悪いんだ。また今度な―
手早く返信を返した。
「どうした? 急にスマホいじって……」
真琴が覗きこもうとするのを急いで手で隠す。
「わ、い、いや、何でもない」
「そういうの好きじゃねえから、オレは持たないんだ。お前等みてると、なんかスマホに使われてる感じがするぞ」
「そ、そうか、じゃあ僕も」
ポケットにしまってマナーモードに切り替えた。
だから、その後に次々にメッセージが送られてきていることに気付けなかった。
受信件数がどんどんカウントされてゆく――。
「きよひさ、忙しいって何? 教えて」
「きよひさ、誰かと会ってるの?」
「きよひさ? どうしたの? 返事して」
「きよひさ……」
僕は全く気付かない。気付いたのは後のこと――。
真琴はフローリングの床の上にどっかり座る。
「だけど、困ったな。その辺の公園だと、視線浴びまくって、話に集中できないから家に行こうってことになったんだしさ」
明らかに付きあっている仲のいい男子と女子の高校生とみられていた。
嫉妬の視線を送られた。お、可愛い子がいるぜ。なんだ男がいるのか。なんて声がひそひそ声から聞こえてきたりした。
「まったくウザイったらありゃしねえな。だいたいカップルなんかじゃねえのに勘違いすんあなよなあ」
「そ、そうだよな、勘違いだよな」
何故、僕はがっがりした気持ちが起こっているのだろう。
僕と真琴との会話はすっかり増えた。今もこうして何気ない会話のやりとりをする。大抵パソコンやゲーム、野球、他愛もない話が多かった。
「だいたいうちの学校、食堂まではいかないけどさ、購買ぐらい置けってんだよな。今時ねーぜ」
「不便だよなあ」
あの異変以来、一人だった僕に、相手をする真琴という仲間が増えた。それだけでいいのに、何を望んでいるのだろう。
「真琴、それで今日の大切な話って何だい?」
本題に戻る。
そもそも今日は真琴が話したいことがあると急に言ってきた。僕が『じゃあ、僕の家に来るかい? ゆっくり落ち着いて話せるしさ』と恐る恐る提案した。真琴は普通に快諾だった。
「ああ、それか、今言おうと思ったんだけど……」
ピンポーン。
「ん?」
真琴がしたいという話の本題に入ろうとしたときに家の呼び鈴がなった。
「誰か来たか?」
何か大変な事態の予感。僕は感じた。恐る恐る窓の外をカーテンの隙間から眺めてみた――。
「あ――」
カーテンの隙間から見えたのはツインテールの少女。
玄関の前に立っていた。
(げ……なんで純が……こんな時に!?)
ちらっとこっちを見たような気がした。
☆ ☆ ☆
何度呼び鈴を鳴らしても清久は出てこなかった。
だが、二階にある清久の部屋のカーテンが揺れるのが見えた。
部屋にいるのは確かだ。
(まさか。会いたくなくて、居留守を使っているの?)
そこまで拒否されているのか――。と純の胸にメラメラと燃えるものが起きた。
(真琴の毒蛾にかかってるのね)
そうとわかれば、なおのこと帰るわけにはいかなかった。清久と会って話しをしたい。
そう思い、押し続けていると、やがてガチャリと家の玄関ドアが開いて清久が出てきた。
「お、おう純。どうしたんだ?」
「あはは、いたんだ。いないと思ったけど、駄目元で粘っちゃった……」
清久はトイレに行ってたから、と明らかな嘘をついていた。
随分長いトイレだったんだね、と純が突っ込みを入れる。
清久は気まずそうに眼を逸らした。
「今日家にあがれる?」
「い、今からか?」
「今まで普通に入れてくれたからさ。この前までは、いつでも来てくれたら入れてやるよっていってくれてたよね」
「あ、そうだ、っけ? でもちらかってるから……」
「全然平気だって、いつものことじゃん」
「……」
「やっぱりあたしが女の子になってるからダメなの?」
だが、純は清久と話しをしたかった。強く押して部屋に入れてもらった。
清久は昔のことを持ち出すとようやく折れた。
「じゃ、じゃあ、ゆっくりしてってくれよ」
「ごめん、清久無理言って」
「気にするなよ」
(そうそう、このフローリングの床)
ベッドに腰掛ける。純にとって、この部屋には数え切れないほど来たことがあるから良く知っている。
よく二人でゲームやったりしてたっけ。漫画も本も、ベッドの下のエロ本も。
「久しぶりだけど変わってないね。この部屋。あ、新しい漫画も結構ふえてる」
「純お前……その今日はなにか用?」
「まあ待ってよ」
「た、大切な話って何だ? 早く始めようぜ」
清久が妙におどおどしている様子が純は気になった。まだ何もしてないし言ってないのに。
「そんなにあせることないでしょう? せっかくなんだから一緒にゲームでもしようか?」
ゲーム機のコントローラーを手に取ってみた。
「い、いいよ、今日は、その……何の用事だ?」
さっきから清久はそわそわしているのがわかる。一体何をそんなに落ち着かないのか純は首を傾げた。
「あ。そうか……」
ポンと手を叩いた。
「清久の部屋に女の子が入るのは、これが初めてかあ。悪いなあ。一番乗りしっちゃってさ。ま、清久のお母さんを除けばの話だけど」
あははと笑ってみせたが、清久の顔は引きつっていた。
「う…うん……」
しきりに周囲を目でチラチラ見ていた。
「それで大切な話って」
明らかに、清久はさっさと終わらせたい様子が見て取れた。
(まあいいか)
「学校のこと。清久にもそろそろ知っておいてもらったほうがいいと思ったんだ」
「何をだ?」
「何でうちの学校の生徒が女になったとか、これからどうなるのかとか、ほら誰も教えてくれなかったでしょう?」
恐らく清久が一番知りたがってるところだろう。
果たしてきよひさは目の色を変えた。
「知りたいよ……誰も教えてくれないし」
「まあ、正確にいうとあたしたち自身もよくわからないのよ。なんで女になることができるのか知らない」
「そうなのか……」
やや清久はがっかりした顔をした。
「ただ、これだけは言えるの。あたしたちは選ばれたのよ」
「え、選ばれた?」
清久は何を言い出すんだとビックリした顔をする。構わず純は続けた。
「ついこの間まで平凡な男子高生だったあたしたちが女子高生に。それだけじゃない。どんなモデル、アイドルにだって負けないんだ」
純は清久のベッド下に手を伸ばす。
「おい! 純!」
純は知っている。ここには、アレがある。前に清久自身が教えてくれたからだ。
(ふふ、まさかあの時はこんなことになるとは思ってなかっただろう。女の子にエロ本のありかを教えたことになるなんて――)
「あったあった」
エロ本にグラビア写真集。
パラパラ捲って清久に見せる。いろんなグラビアアイドルがポーズをとった写真。(どいつもこいつもわざとらしいポーズに、下品な笑顔)
「どう思う? こいつら……」
「どうって……」
「こいつら、不細工じゃない? 毎日うちの学校の生徒を見ていると、そう感じるのよねえ。あんな不細工な生き物の存在価値なんてない。そう思わない?」
「純……お前一体どうしたんだ」
「何が?」
「以前のお前はそんなんじゃなかったのに……少なくとも、人を見下したり、えらぶったりするようなことはしなかったのに」
「まだわからないの? しょうがないなあ……」
(まったく清久は昔からこうだった。案外鈍くて頑固な一面がある)
「そうか……もうわかりやすくしないと、今の清久には実感がわかないか。じゃあ、清久にわかりやすいように説明しないと」
(言葉ではなく体でわからせてあげないと)
「清久に、ちょっといいことをしてあげる」
純は、少し上目遣いに清久に視線を送る。
そして清久の体が固まる。
(よし、上手くいった)
「何をするんだ……あ、あれ? か、体が……」
靴下に手をやり、脱ぎ捨てた。
そして固まった清久をベッドに倒す。
「あ、あつい……お前、一体何したんだ? 何で……くそ……」
ベッドに横たえられた、清久が途切れそうな声で語りかける。
女性恐怖症は乗り越えたと思っていた清久は驚愕する。
平気になった。真琴のおかげで――。
だが、本当に克服はしていなかった。
仰向けの清久に付き添うように体を並べて横になる。
「実はね、あたしたち単に女の子になったってだけじゃないの。特別な力をもらってるのよ?」
「な、なんだよ。それ……」
「まあ、チャームみたいなものかな? 男の子を惹きつけて、惑わしちゃうみたいな」
純の瞳が妖しく赤みを帯びる。
「うっは……はぁ!」
清久は息があがり、目が焦点を失う。
もう一息だ。清久が落ちる――。
と、清久の体からの香りが純の鼻をついた。
これはー女の匂い。
「清久、ひょっとしてこの部屋誰かいたのかな?」
「……! …」
清久は声を出せなかった。だが、明らかに表情が変わった。
(これは……)
そして、純は見つけてしまった。長い一本の髪の毛が床に落ちている。
黒くて柔らかい、そして明らかに純の髪の毛じゃなかった。
(ああ、あたしがこの部屋一番乗りじゃなかったんだね)
その髪の毛を摘んで清久の目の先に見せつけた。
「これなに? 清久のお母さんはショートヘアだよね?」
「あ、そ、それは……お前のじゃないか? お前も長いだろ?」
「清久、いくらなんでも自分の髪との区別ぐらいつくよ」
純の少し茶色かかった毛と落ちていた綺麗な真っ黒の髪の毛は、明らかに違う別人のものだった。
それにこれが誰の髪の毛かも、純には見当がついた。
「清久……あたしねえ、女の子になって一番変わったのは何かってゆうと、嗅覚が変わったことかな。『匂い』がわかるようになったのよ」
まだ起き上がれないでいる清久に微笑む。
「特に男と女の匂いなんかはね」
クンクンと清久の部屋の匂いをじっくり嗅いでみた。
純には、男特有の汗まじりの清久の臭いの中に、部屋全体に微かに甘い香りを感じた。
「誰? さっきまでこの部屋にいたのは?」
「ち、違う、純。違う」
清久の顔から血の気が引いている。
明らかに動揺していた。
(言葉で否定してもそれじゃ肯定してるようなもんだよ、清久)
「いいじゃん、清久との仲なんだから教えても―別に怒ってないよ?」
(清久に対してはね。でも……)
「教えてくれないなら当ててあげようか?」
(まったくムカつく。清久にここまでつきまとっていたなんて)
ベッドの横たわったまま体が動かない清久に体を寄せる。そして耳元で囁く。
「真琴ちゃんでしょ?」
その瞬間清久の顔がゆがんだ。それで正解がわかった。
驚きと恐れが入り混じったような顔だ。
別に驚くことではなかった。純が知る清久の交友関係からいって、清久とつながりのある女子は一人しかいなかった。
「真琴ちゃんはどこかなー? ここ?」
押入れを勝手に探る。何もいない。
「純!」
(清久、隠すの下手だよ。その慌てっぷりからすると、家のどこかにいるのは確実ね)
「それとも、ここ?」
「……!」
探るたびにチャームの効果でベッドに寝たままの清久が大慌てする。
(しかしまあ……家に呼ぶ間柄になってたとは思わなかった)
「やるじゃん、清久、女の子を家に呼ぶなんて。でも……」
口では褒めたが、清久が女の子を呼び出す器量があるわけがない。
きっと真琴の方が呼び出したのだろうと純は察した。
(悪いのは真琴。でもここはひとつ厳しく教えておかないと)
「もしみんなに、付き合ってることがバレたら、あたしでも清久をかばいきれないな」
「頼む、聞いてくれ、違うんだ」
「真琴ちゃんと付き合いたいなら、ちゃんとあたしにも話をしておいてくれないと――」
そこまで言ったところで背後に気配を感じる。
「勝手に付き合ってることにするな」
清久とは違う声を純は聞いた。
(ああやっと出てきてくれた)
「まこー」
と――。
「と、ちゃ……ぐぇ」
「とりあえず、清久の傍から離れろ」
いきなり首根っこ掴まれて持ち上げられる純。
ベッドから床に放り出される。
どしん。
「ぷはっ!」
息が詰まり、思わず大きく息を吸いながら、見上げると目の前に黒くて長い髪の少女が制服姿で立っていた。
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