第5話「放課後に見たもの」

 それから数日後。

 まだ暗闇にいる僕の一方で純はこの状況を楽しんでいた。


「今度の日曜に本格的に、月南(つきなん)に新しい服買いに行くんだ。タンスは男物ばっかりだしな。本当は清久と一緒に行きたかったけどね」


 月南市は我が天聖市から電車とバスで一時間半ほどのところにある町だ。人口数十万の町でもあり、商店街もけた違いに大きい。


「そ、そうか」

「本当に凄いよな。この体が自分のだなんて。顔も手も足も、胸も全部俺のものなんだ。この学校に来て本当に良かったよ」


 純は酔いしれるように、自分の体を抱きしめている。

(純もキャラ変わったよな。以前は生真面目な奴だったのに)

 やや危うさを感じないこともないが、まだ大した変化ではないように思えた。

(そうそう、周りが女だけになった。それがどうしたってんだ)

 自分にもそう言い聞かせた。

 だが、頼みの綱である純もしばらくは一緒に過ごす時間を持ってくれていたが、急に妙な変化をし始めた。

 ある放課後に僕はその日の異常な出来事を純に愚痴った。


「まったく……トイレのドアを開けたら、その女がスカート下ろして座っててさ、目が合うと凄い顔で睨んできたんだ……鍵をかけない方が悪いと思わないか?」


 返事が無い。


「なあ、純?」

「あ、うん」


 生返事が帰ってきた。

 よくよくみると、純はスマホをのぞき込んでいる。


「おい、純。聞いてるか」


 右の平手をずん、と出して制止サインを出す。


「あ、ちょっと待って! 返事が返ってきた!」


 また文字を打っている。


(相手は誰だろう?)


 純にまったく新しいコミュニティができていることはわかった。

 純がそういった繋がりに加わるようになったのは悪いことではないが……。

 自分が取り残された気がして寂しさが拭えなかった。


「えっとなんだって?」


(しょうがないなあ……)

心の中で苦笑いしつつもう一度説明する。


「ははははは、大変だな、清久」


純は大ウケだった。


「笑い事じゃないよ、近頃は一々小便するたびに職員室の隣のトイレにいかなきゃならないんだよ」

「ごめんごめん。でも俺たちは、良かったよ。女のトイレって小便でも個室で座ってしなきゃいけないからさ、時間かかるんだ。今まで休み時間は激コミでさ、これで少しはましになるだろ」


 事実改修されるまでは休み時間のトイレは大混雑になった。男子仕様では個室の数が圧倒的に足らなかったのだった。


「ちくしょう、今までは共同で使えたのに……」


 対して僕はそれ以来、トイレに行くのにさえ苦労するようになった。

 何一つ理解できないうちに、どんどん事態が進んでいく。

 その言い知れぬ不安を払拭するために、この異変の正体を探ろうとも考えた。


「純、僕は思うんだ。前日に見かけたあの祠にいた女……。なんか怪しいと思うんだよな」


 別に確証があったわけではないが、思い当たる妙なものとはそれぐらいしかなかった。微かといっていい前兆――。


「これからあそこに行ってみないか? 調べてみれば色々わかると思うんだが」


 当然純も来ると思った。が、反応は真逆だった。


「……それよりさ、どうだ? 今日の放課後。みんなとショッピング行くんだけどさ」


 純は僕の腕をつかみ、おねだりでもするかのように、上目遣いをしてきた。

 その瞬間、体が稲妻のように電撃が走った。

(おかしい。なんで、僕、純に感じているんだ。女を――)

 その上、妙にその仕草が女らしくて、また女性恐怖症が頭をもたげてくる。


「う……」

「ねえ、行こうよ。いいでしょ?」


 妙に女らしい口調になるとさらに増幅する。動悸が高鳴る。


「う、あ、いや……」

「行こう!」


 純に手を引っ張られた。

 結局断り切れず、純の買い物に付きあった。

 駅前にある百貨店だ。

 入っているテナントをはしごして、店員さんが話しかけてきて、よさそうなものを選んでいく。試着室にどっさりと持ち込んで片っ端から着ていく。


「清久、どうかな?」


 ゴスロリちっくなフリルの付いた黒いスカートだったり、鮮やかな色彩のキュロットだったり――。

 純の手慣れた様子に面食らった。今日が初めてではなさそうであった。

 僕はファッションなんてわからないから返答に困った。


「ん? ああ……」


 純がくるりと回ってみせると、スカートがふわっと舞上がり、下に穿いているショーツが一瞬だけみえる。見せパンみたいにヒラヒラとマチのついたパンツだった。

(わざとやってるんだろうか?)


「う……」


 目を奪われる。

 曇りのない笑顔。女に親しげに笑いかけられた経験などなく、まして女性が苦手な僕にとって、元が男の幼馴染で以前を知っている純であっても未知の刺激だった。

(おい、僕と純は長い付き合いじゃないか……。なに緊張してんだよ僕)

 純は女になって以来、確信犯的に女の可愛らしさを見せ付けるようになった。

 最初は冗談でやっているだけだと思っていた。


「き、綺麗だよ……」

「それだけ?」

「それだけって……」

「なんかもっと、ここがいつもと違うとかさ、服の組み合わせがどうだとかさ」

「おいおい、無理言うなって。僕はファッションなんてわからねえっての。純も良く知ってんじゃん」

「あ~あ、つまんないの。せっかく考えて選んだのに」


 不貞腐れたように試着室に戻る。

 それでもまた、新しく試着し直してその評価を尋ねてくる。

 気のせいか日に日にその服のチョイスも上達してきているし女子力がメキメキあがっている。


「なんだか最近のお前、本当に女みたいだ……」

「本当って、オレたちあの日から本当に女だよ」

「いや、そうじゃなくてさ……」


 以前の純とは別人のようだ……とは言えなかった。

 結局異変に関する調査はまったくできなかった。





 さらに数週間が経過した。


「……純。これから時間あるか?」


 何が起こったか真実を探る方策を考えたい。買い物に行った翌日の放課後、改めて純にそう切り出そうとした。


「あ、しまった!もうこんな時間だ!」


 言い終える前に、時計をみた純が何かに気付いたように、声をあげた。


「ごめん、清久。ちょっと用事を思い出した――」

「用事?」

「く、クラスの奴と遊ぶ約束しててさ……うっかりしてたよ」

「そ、そうか…… 」


 純はバタバタと教室をでていってしまった。

 別々のクラスなんだから、知らない生徒と純が一緒でも不思議なことではないが、当然女子生徒ばかりのはずだ。純もその中に混じって何をしているのか疑問だった。

(まさか、体が変わっただけじゃなくて心まで変わってるなんて無いよな……いくらなんでもな)

 まだそれほどあの異変から時間は経っていない。

 ふざけてやっているだけさ……そうタカをくくった。

 きっと何かの理由で女になって、またそのうち何かのきっかけで男に戻ろうとするだろうと思った。

 だが、それは完全な間違いだった。


「全く、遊ぶって……」


 ふと疑問に思う。

(大体なんで、そんな暢気にしていられんだよ。純もこの学校の奴らも元の姿に戻りたいと思わないのか?)

 この学校に起こった異変。皆が女になったことも大変だが、学校や世間はまったく混乱していない。

 それがさらに不気味だった。

 誰からの協力も無く、手がかりもなく、ただ一人取り残されている。

 かろうじて純とのつながりが、学校での存在を支えている。

 この状態では、一人どうしようもなかった。


「しかし……」


 鞄を持って椅子から立ち上がる。

(何やってるんだ? 純の奴。まだ教室かどっかにいるかもしれない……)

 校舎を一周回ってから帰ろう――。

 ふと気になってしまい、まだ残っていることも考えて純の後を追った。純のいるF組へと。

 そして純がいるかどうか、教室の中をドア窓から覗きこんで中を確認した。

 しかし、純はいなかった。そうか、どっか行ったか。F組はちょうど二階の職員室や生徒指導室そして生徒会室に近い場所にあった。自分が所属するA組は別の階段のそばにあって二階の一番端だ。普段用事がなければ通らない場所だが、階段が近かったのでそっちを通ることにした。


 すると――。


「いや、タマキちゃん」


 純らしき声が微かに聞こえた。声のした方を確認すると、そこは『生徒会室』との札が掲げられている部屋だった。

 生徒会室? 一体純がなんでこんなところに……。あいつ、生徒会活動の手伝いでも急に始めたのか? と思って引き戸の隙間から何気なしに覗いてみた。

 だが――。

 息を呑んだ。

 二人の女の生徒。

 純と僕の知らない生徒がもう一人いた。

 そして、声が聞こえてきた。

 戸に体を寄せ、耳をそばだてた。


「今日も来るの随分遅かったわね、誰かと会っていたの?」

「あ……その……」


 まぎれもない純の声―


「まあいいわ。こうやって来てくれたんだから」


 そいつは純を抱き寄せた。

(な、なんだよ、何をするつもり……)

 次の瞬間、何のためらいもなくそいつは純の唇に自らの唇を重ねた。

(!!)


「うっ……ん」


 一瞬驚いたような顔を純が浮かべたが、すぐにを閉じた。

 そして長いキスが終わり、顔が離れる。二人とも熱がかかったような顔をしていた――。

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