TS高校の異変

安太レス

異変の始まり

「ある朝のTS高校」

 間もなく朝の始業時刻。

 僕――鷹野清久(たかのきよひさ)は着席して教室内で繰り広げられる光景を眺めている。


「おう、おはよう!」

「よ、おはよう。遅かったじゃねえか」


 登校してきた生徒たちがそこかしこで、朝の挨拶を交わしている。

 机に集まって、しゃべっている連中。

 昨日出された宿題をまだやっておらずノートを隣にせがむ生徒——。


「オレ数学の宿題やってなかったよ。またちょっと見せてくれよ」

「なんだよ、またかよ。たまには、自分でやってこいって」


 その何気ない教室の光景だ。

 窓の外に視線を移す。

 ところどころに見える田園、住宅街。そしてちょっとしたビルや百貨店がある街の中心部、さらにその向こうに高い山々が臨める。雪もすっかり解けて木々が青々としている。

 もうすっかり五月半ばの春の陽気で、青空には所々に雲が浮かんでいる。

 校舎が山の中腹にあるおかげで、教室の窓から町全体が望めていい景色だ。

 だが、僕のどんよりと曇った気持ちは晴れない。

 視線を下ろすと、校門から校舎へ一斉に向かおうとする生徒たちの流れが見えた。あと五分でチャイムがなるせいか、心なし急いでいる足取りだ。

 そして今日も一日が始まろうとしている。


「おーい、鷹野。お前昨日の野球みたか? ファイターズが完封勝ちだぜ」


 威勢のいい元気な声が僕を呼ぶ。

 我に返った。

 教室の片隅では昨日のプロ野球で盛り上がっているグループがいた。

 その一人がバットをスイングするジェスチャーをした。


「五回裏のツーランホームラン、すげーな。0―2で追い込まれてから甘めに入ったストレートを引っ張って……」


 ふいにその生徒が僕の方へ振り返った。


「なあ、清久。お前も中継みたか?」

「え、あ、うん。レフトギリギリに……僕は途中からみただけだけど……」


 話を振られたが、とっさだったので、僕の返事はあいまいになってしまった。

 だが満足そうに頷いてくれた。


「そうそう! すげーしびれたよ」

「なんだよ、そんなに好きなら姫野、お前も野球部入れば良かっただろ? まだ募集してるぜ?」

「いやー、オレは体育会系の雰囲気が苦手でさ……」

「結構いい体つきしてるのにもったいないなあ。最近野球部は退部が相次いでて、存亡の危機らしいぞ。助っ人になったらどうだ」

「あそこは部長が一人息巻いてるんだぞ、絶対に廃部させないって」


 どっからどう聞いても、男子高校生の会話。

 だが――僕が今小耳に入れている野球の話題をしている一人、そいつが、綺麗な長い髪を掻きあげる。


「その野球部長が言うには『うち』らは『女子』になっても野球部は存続するんだって」


 途端に、一斉に苦笑いが起きる。


 突然スピーカーから始業を知らせる鐘の音が鳴った。

 騒めきは止まり、おしゃべりの声も止む。 

 皆が一斉にプリーツスカートを翻して、慌てて席につく。揺れる大きな胸。なびく長い髪——。瑞々しい脚。ブラウスに結ばれてたリボン。


 今までの会話全て、この女子生徒たちのもの。

 このクラスは僕以外全員女子。


 わずか一ヶ月前、この教室は男子しかいなかった。

この天聖館高校の男子生徒たちは僕を残し美少女に変わってしまったのだ。

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