迷宮探偵カナン

海星めりい

第1話 迷宮探偵カナン登場!



 迷宮都市セリン。


 その名の通り、迷宮ダンジョンの近くに作られたこのセリンは迷宮からの素材と迷宮に現れる魔物モンスターの素材によって発展している都市だった。


 そんな迷宮内に存在する安全地帯セーフティエリアにおいて、一つの問題が起きていた。


「誰が盗みやがった!!」


「知らないわよ。起きたら空っぽだったんだから」


「でも、これじゃあ依頼が……」


「失敗って事になるよねえ」


 難しい顔で話し込むのは一組の冒険者達――パーティだ。


 彼らの目の前にあるのは蓋が開けられた一つの箱だ。


 この箱は今回の依頼品である稀少な魔物の素材が入っていたのだ。それが空になっているということは中身が何者かに盗まれたということに他ならない。


「ちきしょう!! 鍵は全部ここにあるってのに……一体どうやって!?」


 土妖精族ドワーフの男が大声で嘆いたとき、少女の声が響き渡った。


「ふっふっふ、お困りのようですね。流石、私、事件に惹かれてしまうのはさがというものなのでしょうか」


「誰だ! ふざけたこと言いやがるのは!?」


 その声に引き寄せられるように全員の視線が自然と声の方へ動いていく。


 声の主である少女は安全地帯の入り口に存在していた。


 そこにいたのは艶やかな絹のような金糸の髪と白磁のように透き通った肌を持つ美少女だ。服装が冒険者らしいローブ姿でなければ、どこのお嬢様が迷い込んだのか!? と勘違いしてしまいそうなほどだ。


 容姿ばかりに目がいってしまうが、よく見ればその耳が少し尖っていることから彼女は森妖精族エルフィンだということが分かる。


 少女はそのまま近寄ってくると自信満々にこう言った。


「事件でお困りなら私にお任せを! 見事に解決してみせましょう!」


 この言葉にイラッとしたのは土妖精族の男だ。


「はっ、ガキに何が出来るってんだよ。大人しく帰りな!」


 苛立っているものの、流石に少女相手に手を出す気はないようだ。そこまで短気ではないらしい。


 しかし、少女もこの程度で屈するつもりは毛頭無い。


「私を誰だとお思いですか!」


「あ? 誰だって言うんだよ?」


「ギルドにも認められし希代の精霊術士にして迷宮探偵カナンとは私のことですよ!!」


 クルリとドヤ顔混じりでポーズを決める少女――カナンだったが、誰かが拍手を送る事など無く、シーンとした空気だけが広がっていた。


「……全く知らないんだが」


 土妖精族の男の言葉に同意なのか他の三人も頷いていた。


「おっかしーですね。最近だと北のヒリア迷宮で事件を解決しているんですが……伝わっていないのですかね……まあ、良いでしょう。とりあえずこれを見せれば納得せざるを得ないはず」


 自分の名前が知られていないことに口を尖らせたカナンだったが、すぐに懐から一つの金属で出来た黄金色のカードを取り出し見せつけた。


「これが一体何だって……調停員カードだと!?」


 最初は適当に見ただけだったが、よく見れば自身も知っているカードに男の目が見開かれた。声こそ出していないが、他の三人も同様に驚いている。


 調停員カードとは、迷宮を管理しているギルドが迷宮での事件や揉め事に対処できる人材として認めた証であり、実力者でもあるという証明であった。


「そういうことです。なので、この事件は私が解決して見せます! おじいさまの名にかけて!」


「……嬢ちゃんのおじいさまは知らねえが、こっちが報告する前に調停員が来たなら丁度良い……のか?」


「ええ、お任せください! それで、一体何が起きたのでしょう。状況からある程度の推測は出来ますが、しっかりと当事者の方から話を聞いておきたいので」


 首を捻る土妖精族の男を尻目にカナンは早速この場を仕切っていた。


「簡単にいうと私達が保管していた素材が盗まれたのよ」


 カナンの質問に答えたのは森妖精族の女性だった。


「なるほど。ええと、それでアナタは?」


「私? そういえばまだ名前を言ってなかったわね。私はフィーアよ。さっきまでアナタと話していたのがリーダーのディレルで……」


「私がミアだよー!」


「僕がジュードです」


 フィーアに続いて自己紹介したのは、猫族の獣人であるミアと人族ヒューマンのジュードだった。


 カナンはそれぞれに目を向ける。


「皆さん四人でパーティを組んでいるんですね」


「ええ、そうよ。私が治癒術士ヒーラーで」


「私が斥候スカウトだよ!」


「俺は重戦士ウォーリアーだ」


「僕が魔法剣士マジックナイトですね」


 全員の名前と職業ジョブをしっかりと覚えたカナンは状況を聞くためにディレル達に問いかけた。


「ふむふむ、では細かく事件について聞いても良いですか?」


「ああ。前日、討伐目標である地竜を倒した俺たちはここの安全地帯までたどり着いて、野営することにしたんだ。次の安全地帯までは少し遠かったからな。んで、朝起きたら素材を入れていた収納箱から素材が消えていたってわけだ」


「ということは無くなったのは地竜の素材ということですね?」


「そうよ。とは言っても、無くなったのは逆鱗や角を初めとする稀少な部位だけね。それらをしまっていた収納箱だけ開けられて、中身が盗まれていたのよ」


 ほらそこに、とフィーアの目線の先を見れば確かに開けられた一つの箱が鎮座していた。


 地竜の素材を入れていたというだけあって、中々に大きい。カナンでは抱えることさえも厳しそうだ。


「なるほど……この箱は誰でも開けられたのですか?」


「いや、錠をかけていたから鍵がないと開けるのは無理だろうな。錠が壊されていたってこともねえから」


「鍵ですか? なら、その鍵を持っている人が盗んだということになるのでは?」


 事件というにはあまりにも分かりやすすぎる謎にカナンはどこか落胆したような声を出す。


 事件が解決するのは喜ばしくとも、自身の感情は満たしてくれないといったところだろうか。


 だが、そんなカナンの言葉をディレル達は首を横に振って揃って否定する。


「それは無理なんだよ」


「? 何故ですか?」


「その鍵っていうのがこれだからな」


 ディレルが懐から取り出したのは一つの鍵だ。


 ただし、その鍵はどう見ても単体では鍵にならない――分割されている代物だったからだ。


「これは?」


 疑問符を浮かべながらもカナンの瞳に輝きが増していく。


 どうやら、面白いことになってきた予感があるようだ。


「四つ合体させたら鍵になる特殊なもんだ。俺たち四人で分割して持っている……なあ?」


 ディレルの声にあわせて、フィーア、ミア、ジュードの三人も鍵を取り出してカナンに見せた。

 

 確かにあわせれば一つの鍵となりそうだった。


 これでは誰にも気付かれず開けるのは不可能だろう。

 

 しかし、ここで一つの疑問が生まれる。


「はあー、なるほど。でも本当にこの鍵だけが開けるための条件なんですか? スキルを使えば開けられそうですけど……」


 そう、カナンが疑問に思ったのはスキルだ。


 迷宮で活動する冒険者には様々なスキルを所持しており、それらを使えば鍵がなくとも開けることは可能だと考えたのだ。


 ダンジョン内で見つかるという宝箱を開ける『鍵開け』のスキルなんかはその最たる例だろう。


「それも無理なのよね。この錠はスキルや魔法を無効化する金属で出来ているから、錠に何かしようと思っても不可能なのよ」


「だからこそ、稀少品を入れていたんですよ!」


 しかし、カナンのその推測もフィーアとミアに否定されてしまった。


「ふむふむ、鍵は皆さんが分割して持っていて、壊された形跡はなし。中々の事件ですね!!」


 頷きながらもその声は弾んでいた。


 どうやら、お気に召したようだった。


「で? なんか分かったのか?」


「せっかちですね。これだけでは、何も分かりませんよ。それで一つ聞きたいのですが、この安全地帯にいたのはあなた達四人だけですか? その他に人がいたり、通ったりしたのであればその方達も犯人の可能性が出てくるのですが……」


 今この場にいるのは四人だけだが、前日に盗まれた場合この安全地帯に入った人間は皆容疑者といえるだろう。


 だが、フィーアは首を横に振って否定する。


「いなかったと思うわよ?」


「思うというのは?」


 カナンが首を傾げながら再度尋ねる。思う、というからには自信の無い部分があるということだからだ。


 そんなカナンの疑問にジュードとミアが答える。


「夜は全員で寝ていたからね」


「一応、私がテントの周辺に近づいてくるものを感知する警戒トラップをスキル仕掛けていましたけど」


 安全地帯では魔物が出てこないのは常識といえる。

 

 だから、気をつけるのは他人というのは間違い無いのだが、


「不用心では?」


「全員、危険察知のスキルは持っているからね。身の危険が迫ることはそうそう無いはずさ」


 ここまでの話を聞いたカナンは一つ頷くと改めて四人を見渡した。


「なるほど……ならひとまず、皆さんの中に犯人がいるという前提で調査させていただきますね」


「ちっ、仕方ねえ」


「まあ、不本意だけどそうなるわよね」


「わ、私は盗んでないですよ!?」


「外部犯の証拠があると良いのですが」


 カナンの仮定を不承不承に認めるディレル達。


 自分達の中に犯人がいるとは思いたくないのだろう。

 

 それから、カナンによる事件の調査が始まったのだった。

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