第451話、他国からの仕事を受ける錬金術師
「私に手紙?」
「ああ、俺当てに届いた物だが・・・中身は実質セレス宛だったんだ」
弟子の帰りを待つ日々を続けていたある日、リュナドさんが一通の手紙を持ってやって来た。
何やら少し離れた国の使者とやらが持って来て、彼と話をしたい人が居るという事らしい。
なのに何故私にという事になったのか、それは話を聞いてすぐに解った。
先ず彼は使者から直接話を聞けば良いのではと思ったけど、取り敢えず先に手紙を読んだ。
するとそれは『砂漠に出来た森に関して詳しい話を聞かせて欲しい』という内容だったと。
なので自分の判断で返答するのを止め、一旦使者を待たせて私を訪ねに来たという事だ。
確かに彼が森の事を聞かれても困るだろう。精霊がやった以外に言える事が無い。
でも彼はそれすら伝えずに、一旦私の元に来て、返答をどうするか相談に来た様だけど。
「・・・どうもあの森に居る精霊共を餌付けして話を聞いたらしくてな。森が出来たのは主が望んだからだよーと、そんな事を言ったらしい。結果俺の所に話が来たって感じだ。精霊達の主を間違えているみたいだな。まあ、そうなる様にしてるからだが」
精霊達の主を間違えた・・・そっか、リュナドさん精霊使いで、精霊公だもんね。
確かに彼の呼び名を考えると、精霊達の主は彼だと思っておかしくない。
でもあの子達リュナドさんを呼ぶ時は『リュナド』なんだよね。
「で、これがその手紙だ」
「ん・・・」
彼から封の空いた封筒を渡され、中から手紙を抜いて確認する。
最初はリュナドさんへの挨拶が書かれていて、ここは多分私には関係無い。
読み飛ばして本題をと思うのだけど、変に飛ばすとどこからが本題か解らなくなった。
「・・・リュナドさん、これ、読み難いね」
「そうだな。多分普段使っている文字がこっちとは違うんだろうな。言い回しも少し独特な所があるから、俺もちょっと読み難かった。会話はそうでもなかったらしいんだけどな」
別の言語の言い回しを、無理矢理この辺りの言葉で書いている。そんな風に読めた。
取り敢えず冒頭に戻って、素直に最初からちゃんと読んで、癖のある文章を読み終える。
長々と色んな言い回しがされていたけれど、書いている内容自体は単純な話だった。
『砂漠を蘇らせた手腕を貸して欲しい』
という事だろう。一応念の為読み返したけど、多分それで間違ってないはずだ。
ただ、解ったものの、そう言われても困る。だって砂漠を蘇らせたのは私じゃない。
砂漠に出来たあの森は、山精霊が作り上げたものだ。あの子達が無茶した結果だ。
確かに私が望んでお願いをした訳だけど、私の力で蘇った訳じゃない。
それに、何より、またあの子達があんな無茶をするのは、嫌だ。
ただ手紙の内容を見るに、別に精霊達に無理をして貰う必要は無い気はする。
あの砂漠を蘇らせる為にあの子達が無茶をしたのは、砂漠に呪いが広がっていたからだ。
薄く広く広がる呪いを打ち消す為に、あの子達は無理と無茶を押し通した。
元々死んでいた土地なせいで、精霊達の力が無いと簡単には蘇らなかったから。
けどこの手紙の差しだし主の土地は、元々は緑の在った土地だったそうだ。
それが段々と減り始め、最近では大半の土地が砂漠になってしまっていると。
でもまだ緑の残っている土地があるという事らしく、それなら私が何とか出来るかもしれない。
報酬の支払いに関しても書いているから、実質私への仕事の依頼みたいな物だろう。
勿論呪いの類が原因で、土地が死滅して行っている可能性も無い訳じゃない。
けどそれならそれで別の手を講じるだけだ。とはいえ精霊に無茶は絶対させないけど。
「良いよ、受けるよ、この話」
「・・・良いのか?」
「ん、でも、まだ今は何とも言えないけど」
当然の話だけど、問題の土地を一度見てみない事には解らない。先ずはそれからだ。
「解った。その方向で話を進める。じゃあ、取り敢えずその返事を伝えて来るか」
「ん、じゃあ、私は家で待ってるね」
「・・・ここでか?」
「え、うん」
何故か彼は首を傾げた。何でだろう。まさか待っていたらいけなかったのだろうか。
話し合いの場に私が行っても、何の役にも立たないと思うのだけど。
あ、でも私に来た仕事な訳だし、ちゃんと私が返事をしに行くべきなのかな。
「私、行った方が、良いの?」
「いや、解った。別に問題はない。セレスがそれで良いなら構わない」
「ん、良いよ」
「そうか・・・なら多分、来るのは明日になると思う。じゃあ、また明日な」
「うん、また明日」
どうやら本当は行った方が良いけど、行かなくて良い様にしてくれるらしい。
出発は明日になるみたいだけど、急ぐ訳でもないし構わない。
多分話が纏まったら出発になるんだろう。
「あ、待って、リュナドさん」
「ん? どうし――――」
彼の振り返り際にギュッと抱き付き、首元にスリスリしておく。
「にへへ、またね」
「・・・ああ、またな」
彼は私の背中をポンと軽く叩き、それを合図とする様に離れる。
本当はもっとくついていたいけど、用事のある彼を引き留める訳にもいかない。
精霊達と一緒になって手を振って見送り、明日の為の準備を始める。
「出かけてる間に二人が帰って来たら、事情を伝えておいてくれるかな」
家精霊にそうお願いしておくと、ニコリと笑って頷いてくれた。
これで私の不在に心配する事は無いだろう。でも出来れば早めに帰って来たいけど。
出来る限り早めに終わらせて、ちゃんと弟子達を迎えられる様に頑張ろう。
そうして気合を入れて翌日を待ち、リュナドさんが何時もの様に小道から現れた。
ただ何故か今日は完全装備だ。ここ最近の簡易装備じゃなく、竜姿の鎧を着ている。
「・・・え?」
そしてその隣に知らない女性が一人、緊張した面持ちで居るのも見え、慌てて仮面をつけた。
え、何で、知らない人が来るの? 話を付けて来るから、私会わなくて良いんじゃ!?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
森に居る精霊達から要領の得ない話を何度も聞き、何とか理解してこの街にやって来た。
あの森を作り出したのは精霊達の主だと、精霊公だと聞いて。
つまり偶然でも自然現象でも超常現象でもなく、人為的に成された成果だと確定できた。
本当は他国の貴族との接触は避けるべきだと解っている。自力で答えを見つけるのが一番だと。
砂漠を蘇らせるなんて、そんな大仕事に払える報酬は、きっと莫大な物になる。
自国の人間を働かせるなら兎も角、他国の貴族にそれを願うなんてどうかしている。
普通ならそう思うだろうし、私も常識的に考えればそう思う。でも時間が無い。
そうして国の使者として接触した精霊公は、まさに噂通りの人物だった。
鎧を着こんだその姿は、竜が人になったかと見紛う程の物。
その傍には常に精霊達が複数跳ねており、落ち着いた雰囲気は逆に迫力が増す。
『手紙の返答だが、森を蘇らせた当人が話を聞くと答えた。話を聞きに家まで来るのであればという事だがな。どうされる』
その彼が、偉業を成した人間に会わせると言った。
森を蘇らせた人物が、会いに来るのならば話を聞いてやると、そう言っていると。
つまり精霊公は指示をしただけであって、実際に行動をしたのは別の人間。
そしてその人物とは、半ば予想はしていたが、噂の錬金術師との事だった
かの人物の噂も多少は聞いていたが、本当にアレも噂の人物の仕業だったとは。
怪しげな職業、という認識が強かったけれど、修正しなければいけないかもしれない。
実際同じ様な名を名乗る詐欺師も横行しているから、本物を見極めるのが難しいのだけど。
『先に忠告しておく。彼女を怒らせたら即座に話は終わりだ。彼女はこの街にとって大事な人材だ。彼女の機嫌を損ねてまで君達に力を貸す利点が無い。それを踏まえた上で臨んでくれ』
そしてそんな私の思考を呼んだのか、精霊公はキッパリと告げて来た。
彼の判断ではなく、錬金術師の判断が優先されると。その事実に足が震える。
つまりその錬金術師の実権は、目の前の大貴族よりも更に上という風にも聞こえるのだから。
しかも『怒らせたら』と態々告げるという事は、きっと忠告が必要な人物という事だろう。
正直恐れはある。下手したら敵地になる場に踏み込みに来い、と言われているのだから。
怒らせたらどうなるか。そんな事、想像するまでも無い。ただ殺されるだけだ。
けれどここで帰るという選択肢の無い私は、彼にそれでもとお願いをした。
念の為連れは置いて来て。大反対されたけれど、何とか説き伏せた。
「・・・誰?」
そして引き合わされた相手は、成程忠告して貰っておいて良かったと思った。
低く唸るような不機嫌な声で訊ねる、ローブを纏う仮面の不気味な女性。
これが噂の錬金術師。恐ろしいまでの異様さと威圧感に、思わず足が竦む。
「お初にお目にかかります」
けれど怯えている場合じゃない。そう自分を叱咤して、何とか言葉を返す。
使者としての挨拶を告げ、そうして彼女にお話をさせて頂きたいと告げた。
「・・・話? 何の?」
すると彼女は何故か首を傾げ、あからさまに不機嫌そうな声音で訊ねて来た。
思わず精霊公をチラッと見るも、彼は平静な表情で私達を見つめているだけ。
口を出す気はないらしい。という事は、まだ怒らせてはいない、という事だろうか。
いや、あれだけ不機嫌な様子、何か理由があるのは明白だろう。
これ以上機嫌を損ねる訳にはいかないと、次の言葉を慎重に探す。
すると彼女は首を傾げながら、驚く事を言い放った。
「・・・使者さんと、私がする話、あるの?」
一瞬何を言われているのか解らず、けれどゆっくりと意味が理解出来た。
お前と話す事があるのか。お前が『使者』を名乗る以上は。そう言われハッとする。
そこで彼女はすっと精霊公に目を向け、精霊公は初めて動きを見せた。
「という事らしい。残念だが―――――」
「お待ち下さい! 身分を偽っていた事は謝罪致します!」
ただ精霊公が話を終わらせる前に、慌てて膝を突いて謝罪を口にした。
本当は膝を突いて良い身ではない。他国の貴族でもない人間にやる事ではない。
「王族としての身を偽り、貴方がたを探った事、心よりお詫び申し上げます」
王女としての身を隠した旅を、彼女は何時から察知していたのだろう。
こんな遠くの国に、関わりの無い国の王女が来ているなど、どうやって。
やはり錬金術師の『策士』としての噂は、疑いようのない本物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます