第342話、林間授業を始める錬金術師

さて、弟子の願いを聞き届けたのであれば、先ず師としてやるべき事は何かを考えよう。


「んー・・・」


パックの願いは丸男の腕の治療を全うする事。

単純に治すだけなら難易度は低い。何せあの薬を使えば簡単に繋がる。

腕自体に事前処置をしているし、それこそ施術の知識がない人でも出来るはず。


けれどパックはそれじゃ駄目だと言っている。綺麗に繋がないといけないと。

実際あの薬を使ってしまえば、逆向きでも多分繋がると思う。でもそれじゃ駄目なんだろう。

そうなるとやるべき事は、あの薬を使わずに繋げる技術の習得。

骨を綺麗に繋ぎ、筋肉の作りを理解し、皮も綺麗に縫い上げる練習が要る。となると―――。


「・・・練習する為に、少し出ようか」

「出る、ですか?」

「ん。山か森にでも行って、獣の足で練習しよう」


人間と獣の体では構造が違う。それを考えれば完璧に人体を直す為の技術習得は難しい。

けれど骨を合わせ、肉を繋ぎ、皮を塞ぐ事はどの生き物であっても同じ事だ。

勿論本来なら人体で練習する方が確実だけど、そう都合良く手に入りはしないだろう。


街に出向けばお亡くなりになった人とか居るかもしれないけど、それは余りやりたくない。

たとえお願いされたとしても家族が嫌だろう。大事な家族に不要な刃を入れられるんだから。

そもそも私が頼みに行く勇気がない。

野盗にでも出会えれば一番なんだけど、そうそう都合良く発見は出来ないよね。


・・・前に海賊といっぱい会った事あったし、そういう事起きないかな。


「外か・・・法主に伝えに行かないといけないな」


以前リュナドさんと海に行った時の事をぼんやり思い出していると、彼にそう言われた。

そっか、外出を伝える必要が有るのか。なら今から言いに行けば良いのかな?


「なら精霊達に・・・いや、ちゃんと言いに行った方が良いか。内容を考えれば余り大っぴらにしたくはないが、変にコソコソと外出する方が面倒そうだ。堂々と外出理由を告げて出よう」

「ええ、その方が良いでしょうね。ただ理由はどうしましょうか」

「そうですね・・・奴の腕を直すのが不安だから練習しに行きます、なんて言えませんしね」

「僕の技量が在れば何の問題も無かったのですが・・・面倒をおかけします」


そこからリュナドさんとパックがあーだこーだと話し出し、私はちょっとついて行けてない。

だって理由を言っちゃいけない理由が良く解んないもん。素直に言って出ていけば良いのでは。

でも二人共それは駄目、って感じで話してるし、なら大人しく待っていよう。


ベッドに腰かけてメイラを膝に乗せ、メイラは精霊達を膝に乗せて待つ。

完全に思考を止めてポヤッと待つ事暫く、どうやら結論が出たらしく声をかけられた。


鍛錬目的と告げて外に出よう、という事に決まったそうだ。

ただその理由なら当初の目的通りでは? と思わず首を傾げる。

けれど二人がもう部屋を出る動きを見せたので、メイラと一緒に慌てて立ち上がった。


「あ、あの、セレスさん、は、放してくれないと、その・・・」

「・・・ごめん」


抱きしめながらそのまま動いたら、メイラに嫌がられてしまった。くすん。

腕の中の暖かさが無くなるのを残念に思いながら、リュナドさん達の後ろを付いて行く。

あ、でもメイラは手を繋いでくれたから、そんなに残念じゃないかも。


「外出、ですか?」

「はい。滞在の間の鍛錬に、近くで狩りをさせて頂けないかと」

「鍛錬、ですか」


私達の訪問を迎え入れてくれたミリザさんは、理由を聞いて「ふむ」と考える様子を見せる。

それも少しの間で、すぐに穏やかな様子で了承を返してくれた。

ただ私達だけで出て行く事は出来ないらしく、世話役をつけると言われてしまったけど。


「精霊公様。王太子殿下。錬金術師様。お弟子様。宜しくお願い致します」


付けられたのは以前も会った、というかこの国に来た時に初めて会った僧兵さん。

知らない人じゃない事にちょっとホッとしつつ、彼に連れられて外に出る。

狩りをするならばそう遠くない所に良い所が有ると言われ、ならばと案内もお任せした。

少々歩いた先に森が有るので、色んな獣が生息しているそうだ。


「ただ精霊公様の鍛錬となると、この森は物足りないかもしれませんが」

「ふむ、物足りないとは?」

「精霊公様はお強いでしょう。それこそ魔獣など相手にならぬ程。ですがこの森には魔獣が居ないのですよ。少なくとも私が子供の頃から、一度も出会った事はありません」


魔獣が出ない森。それはちょっと興味がある。何で出ないんだろう。

絶対に在り得ないとは言わないけど、自然にそうなる可能性はとても低い。

ならば何かしらの外的要因か、それとも珍しい自然のバランスが在るのか。

これは良い事を聞いた。二人に教えがてら、私も森を調べてみよう。


「この辺りまでくれば、何かしらいるでしょう。ここからは邪魔になってしまいそうですから、私は背後に控えさせて頂きます」


僧兵さんはそういってすっと後ろに下がり、気配を消す様に控えた。

おかげでちょっとだけ緊張が薄れた気がする。


もしかしてこの国の僧侶さんは、気配を消す訓練を全員しているんだろうか。

いやでもお付きの人程の自然さを感じないから、あの人が特別なだけかな?

ただ遠くに他の人の気配と視線を感じるから、やっぱり緊張は消えないけど。


「先生、鍛錬目的である以上、狩りも自分でやりたいと思います。宜しいですか?」

「・・・ん、任せる」


パックがこそっと私に聞いて来たので、全部任せる事にした。

リュナドさん達も特に異は無い様だし、そのまま森をてくてくと歩く。

因みに精霊達はメイラに「しーだよ」と言われ、全員口を押さえながら付いて来ている。

そうして少しすると、遠目に鹿が居るのを見つけた。


けどパック気が付いてるのかな。言って良いのかな。でも任せるって言ったしな。

等と悩んでいると、パックはこの為に借りたらしい弓矢を手に歩き方を変えた。

視線が私と同じ方向を向いているから、きっと気が付いたのだろう。


メイラの手を軽く引いて歩みを止め、リュナドさんも同じ様に足を止めた。

後ろにいる僧兵さんも当然、パックだけがそろりと間合いを詰めていく。

パックの膂力だと重い弓は引けない。ここからじゃ少々距離が遠い。


けれどパックはきっちりと届く間合いを見定め、矢の届く距離まで気がつかれず近付く。

そして静かに弓矢を構え、放った矢は鹿を貫いた。あの位置は致命傷だ。


「・・・ふぅ、一撃で行けましたか」


パックは鹿が倒れたのを見て、即座に構えていた二射目を降ろす。

どうやら一撃で仕留めるつもりじゃなかったらしい。

取り敢えず仕留められたし良いだろう。皆でパタパタと仕留めた鹿に近寄る。


「では先生、どうしましょうか」

「・・・ん、取り敢えず血抜きをしようか」


治療の練習に使うつもりだけど、その後放置はもったいない。

ならば美味しく食べられる様にある程度の血抜きはしておこう。

矢を引き抜いたら丁度良い位置を裂くので、取り敢えず引っこ抜く。


本当ならこの後川にでも入れたいけど、今回は目的が目的だからそれは無しだ。

内臓は・・・今回は諦めておこうかな。最近暖かいどころか、ちょっと暑くなり始めてるし。

この辺りは比較的涼しいけど、それでもこの気温の中置いていた内臓を食べるのはちょっと。


「・・・パック、メイラ、先ず先に内臓を抜いて埋める。その後に四肢を切るよ」

「はい、解りました」

「は、はい!」


ただ私がやっても意味が無いので、二人に作業を任せる。

とはいえこの手の作業は初めてじゃないし、腹をさばいて内臓を出すぐらい慣れた物だ。


「・・・足を貸して」


ただ四肢を綺麗にもぎ取っていたので、どれも雑に叩き折った。


「・・・じゃあ、始めようか」

「「は、はい・・・!」」


折った四肢を二人に渡して告げると、背筋を伸ばして二人は応える。

顔には緊張が見て取れるので、それだけ気合が入っているという事なんだろう。


『『『『『・・・キャー?』』』』』

「あ、ごめんね精霊さん達。もう喋って大丈夫だよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


ごめん精霊達、私も忘れてた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


受け取った四肢を唐突に叩き折り、低い声で弟子に語り掛けるセレス。

今からやる事を間違えるなと咎められた二人は、緊張しながら応えていた。

確かに目的が目的なんだから、綺麗にもいでちゃ意味ねえわな。

とはいえセレスもそれ以上咎める気は無いらしく、作業の指示を始めたようだが。


「・・・うへぇ」


説明を暫く聞いていて、途中でもう聞く気を無くした。

あれは自分には無理だ。やる事が細か過ぎる。

けれど殿下もメイラも真剣に聞き、指示通りに作業をこなしてゆく。


俺の目にはそう見えるんだが、セレスの目からは違うらしい。

逐一指摘が入り、その度に色々とやり直させられている。

横で見ている僧兵も難しい顔をしているので、おそらく理解は出来てないんだろう。


「殿下は本当に、錬金術師様の弟子なのですね・・・」


ああ、そっちを考えていたのか。確かに実際に見ないと信じられないよな。

セレスはかなり有名になったが、相変わらず平民な事は変わらない。

身分の無い女の弟子になった王太子殿下の事を、何処まで信じれば良いか難しいだろう。

ただこの光景を見てしまえば、殿下は本当にセレスの弟子だと信じざるを得ない。


・・・ならそれはおそらく、周囲で見ている連中も同じ事かな。


森に入る前からつけて来てる連中が居る。かなりお粗末な尾行だ。

単純に監視なのか、隙を見て何か仕掛けるつもりか、少なくとも味方じゃないだろう。

もし法主の手の物なら、最低限この僧兵と同じレベルの奴を寄こすはずだ。


いや、それも油断を誘う為の可能性も有るのか。

お粗末な連中に気を取らせ、本命がどこかに隠れているとか。

攻撃距離に入れば精霊が反応するから、そうだとしても無意味だと思うが。


「よっぽど死にたいらしい・・・」


僧兵に聞こえない程度に、口の中だけで呟く。

法主の手前言わなかったが、こちらとしては仕掛けてくれる方がありがたい。

人質がある以上こちらから動くのは難しく、だが防衛戦闘なら好きにやれる。

その時は俺の出番だ。セレスを、殿下を、メイラを守るのは俺の仕事だ。


「・・・というか、そうじゃないと後が面倒だしな」


殿下が傷付けば法主が確実に困る。セレスが戦闘すれば絶対大事になる。

メイラが万が一戦闘なんかすれば、それこそ国が亡ぶ可能性が有るんじゃないか。

消去法的に俺と精霊が動くのが一番穏やかに終わるんだよな。


・・・相変らず立ち位置が便利屋だ。俺って本当に貴族になったのかなぁ。

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