第110話、呼ばれた『何か』と相対する錬金術師。

ああもう、黙ってって言ってるのにゴチャゴチャ煩い。

本当にこいつ等は言葉が解るくせに話が通じない。これだから野盗は面倒だ。

いや、今はそんな場合じゃない。落ち着こう。今考えるべきは少女だ。


どうしよう。相手は風下だからしびれ薬を撒けば効くとは思う。

だけどその場合は女の子も巻き添えにしてしまう。

この薬は元気な人間を想定した薬だ。ボロボロな少女に使うのは不味い。


腐食粉を使うにしても、これも結果を考えるなら使えない。

あの腐食は一瞬で起こる物じゃないから、刃物が無くなる前に少女に危険が及ぶ可能性がある。


「・・・どうしよう」


この程度の距離なら一瞬で詰める自信は有るんだけど、それもやるには怖い。

万が一失敗したらと思うと足が前に出ない。

彼女が一瞬でも野盗から離れてくれれば何とか出来るんだけど・・・。


「早くしろ! それともまた最初の頃の様に、殴られながら無理やり犯られてえか!」

「ひう・・・!」


――――――こいつは殺さないと駄目だ。生かしておく価値が無い。ここで確実に殺す。


『キャー!』

「・・・え? だ、だめ――――」


怒りで頭が埋め尽くされ、判断が一瞬遅れた。少女の呪文が頭に届いてなかった。

せっかく精霊が注意してくれたのに情けない。

少女を止めようと手を伸ばすも遅く、開いた手をぐっと握って結界石を複数発動させた。


「・・・っ!」


次の瞬間上から何かが降って来て、その衝撃で周囲が全て吹き飛んで行く。

結界を更に重ねてその場に踏みとどまり、降って来たそれを視認した。

そこに有ったのは黒い塊。光を一切通さない、ただ黒いとしか認識できない塊だ。


「・・・あれ、女の子、生きてる」


黒い塊の向こうには少女が呆然とした顔で立って、黒い塊を見つめている。

かなりの衝撃だったらしく遺跡は全て吹き飛んだのに、少女には傷一つない。


「あの黒いの、危ない、よね?」

『キャー』

「だよね・・・」


少女の唱えた呪文。あれからは魔力の気配が無かった。あれは魔法じゃない。

確か種類としては呪術の類だ。神の奇跡と悪魔の呪いの類の力だ。

結局の所どっちも同じ物だってお母さんは言ってたけど・・・。


「どう見てもあれ、神様なんて素敵な物じゃないよね」


久々に危険を感じる。山でこの子達と戦った時以来だろうか。

周囲を確認すると、かなりの広範囲が吹き飛んだようだ。

ただここに来ただけでこんな事が出来る存在を、どうやって倒す。


「・・・けて」

「いけない・・・!」


少女が黒に何かを話しかけている。

私には黒い物からの声は聞こえないが、おそらく彼女には聞こえているんだ。

だけどあんな物に話しかけられる内容なんて、絶対碌な結果にならない。


「そ、それと話しちゃ―――――」

「私を助けて!」

『我が愛する娘に応えよう』


少女の悲痛な叫びで、黒い物体が応え、この世界に確かな体を手に入れ顕現した。

響いた声はやけに優しく、だけどその声その物に呪われるかと思う様な何かを感じる。


「ひっ・・・!」


少女は現れた『何か』に恐怖し、腰を抜かして座り込んでしまった。

それも致し方ない。生物というには余りにも醜悪でおぞましい見た目をしている。

大きな肉の塊が動いている、というだけならばまだマシだっただろう。

だがその肉塊に脳や内臓、中身の見えている手足が複数埋まっているのは私でもおぞましい。


「・・・野盗共の死体か」


恐らくさっきの呪術は野盗達の脳を使って行われたんだろう。

彼女一人の力じゃ足りず、だけど生き物の脳を使って大掛かりな呪術が成功した。

本人にその意識は無いだろうけど、これは生贄の儀式を成功させたんだ。


別に野盗共がどうなろうと知った事ではないけど、これはかなり不味い。

死体の量が多ければ多いほど、あれの力が大きくなっている可能性が有る。


『この地には娘の恐怖が残っている。貴様もその一つか?』

「・・・違う」


何処に口が有るのか解らないけど、どうやら私に話しかけて来た様なので答えてみる。

ただ正直な所、この手の存在に呼び出した者以外の話が通じるとは思っていない。


『そうか、死ね』

「―――――っ、やっぱり・・・!」


肉塊が蠢いた瞬間に反射的に横に飛ぶと、私が立っていた所がいきなり吹き飛んだ。

魔力も何も感じない。使ってる力がきっと魔力じゃないんだろう。

おそらく少女が使った呪術の類の力だ。私この力の流れ探るの苦手なんだけど。


「そうも言ってられないか・・・!」


次々に放たれる衝撃を走り回って躱し、少しずつ力の流れを感じる様に集中する。

滅多にこんな事はしないから下手だけど、やらないよりはマシだろう。


「・・・せめて女の子が起きてたら、止めて貰えたかもしれないけど」


あれが話しかけて来た時に少女は気絶してしまった様だ。これでは止めて貰う事は叶わない。

気絶した瞬間に攻撃して来たから、あの子が倒れたのを私のせいにしたんだろう。

確実にアレのせいだけど、それを口で訴えた所で聞く耳を持つ存在じゃない。


幸いはあの塊は、少女を傷つける気は無い様だ。

少なくともあの子の「助けて」という言葉に従い動いているのは間違いないだろう。

つまり彼女の言う事は聞くかもしれないし、止める事も出来るかもしれない。

ただしその判断基準は不明だから、確実に止められる保証なんて無いけど。


『・・・娘を傷つける物は全て殺す』

『キャー』

「―――わかってる!」


肉塊から嫌な力が鳴動するのを感じる。精霊が警戒する程の力が。


「こんな形で役に立つとは思わなかったけど・・・!」


結界石をごそっと雑に握り、魔力を通して今まさに力を放とうとする肉塊に投げつける。

一つの大きな水晶となった結界石は、肉塊を包む様にして結界を発動させた。

私の暴走用に作った、力を内側に留める結界を。


『・・・!』


肉塊はそれを脅威とみなしたのか、今使おうとした力を放つのを止めた。

恐らく結界内で自分に衝撃が返ってくる事に気が付いたんだろう。

とはいえあれに結界が効くのかどうか少し自信が無かったので、効いて良かった。


「もう一つ・・・!」


今張ったのと同じだけの力の結界を、更に重ねて張っておく。

効果が有るならこれで時間稼ぎになる。今の内に少女を回収しよう。


『オオオオォォォォオオオォオォ! 娘! 我ガ娘ニ何ヲスル! 殺ス! 殺スゥ!』

「・・・っ、一旦逃げるよ」

『キャー』


少女を抱えると肉塊は怨嗟の声を撒き、それだけで頭が割れるかと思う痛みが走る。

結界で抑え込めない力も持っているのか。これは余り長い時間は保たないな。

だけど気絶した少女が傍に居るのでは、私も全力での対応が出来ない。

絨毯に魔力を込めて急いでこの場から離れ、リュナドさんを探す事にする。


「取り敢えずこの子をリュナドさんに預けて、離れて貰おう。彼がどこにいるか解る?」

『キャー』

「じゃあお願い。誘導して」


さっきの出来事のせいか精霊達も罠破壊をしていないから、彼等の位置が解らない。

精霊にお願いしてリュナドさんに下に連れて行ってもらうしかない。


「・・・生きてて、良かった」


眼下に見える破壊跡は余りに広範囲で・・・野盗以外の死者が出ているのは確実だ。

恐らく衝撃の走った範囲に彼も居たはず。

だけど精霊が案内してくれるという事は、彼は無事だという事だ。

焦りで無事の確認を後回しにしたけど、本当に生きてて良かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


何か黒い物が空に見えたと思ったら、それが地面に凄い速度で落ちて行った。

嫌な予感しかしなかったが、それは正解だったらしい。

精霊が結界を張ってくれたがそれも吹き飛び、衝撃で意識を失ってしまう。


気が付いた時は精霊が倒れる俺の周囲を囲んでいて、周りは何もかもが吹き飛んでいた。

起き上がって精霊に問うも、精霊達にも危ない物が落ちてきたせい、という以上の事は解っていない様だ。


「・・・周りの惨状のわりに、無傷だな」


意識を失う程なのだから、かなりの衝撃だったはずだ。だけど体に不具合は感じない。

装備の損傷も大した事は無く、衣服も破れたりなどはしていない様だ。

結界が吹き飛んだ記憶が有るんだが、あれは記憶違いだろうか。


『『『『『キャー』』』』』

「ああ、そうなのか・・・それは助かった。本当にありがとう」


どうやら吹き飛ばされた俺を、散開していた精霊達が集まって守ってくれたらしい。

だがそれで助かったのはたぶん俺だけで、近く迄来ていた他の連中は無事じゃないだろう。


「生きてるなら助けてやりたいが、俺一人じゃ限界が有るな。幸い兵士達が構えている辺りは無事みたいだし、救出を願うか」


・・・いや待て。気絶から復帰したせいでまだ混乱しているな。

確かに救出も必要だが、そもそもさっきの黒い物は何だ。あれはどこに消えた。

いや、そもそも消えたのか? まだどこかに居るんじゃないのか?


「な、なあ、お前ら。あの黒いのって―――――」

「リュナドさん!」

「――――え?」


上からセレスの焦る様な声音が聞こえ、目を向けると彼女は少女を抱えて降りて来た。

少女は気絶している様だが、それよりもセレスの焦り様の方が俺は気になる。

彼女がここまで焦っている様子なんて見た覚えが無い。


「リュナドさん、この子、守って。それとここから離れて」

「え、え? え??」


セレスは碌な説明なく少女を俺に預け、視線を俺から切って精霊に向ける。


「ごめん、精霊達、力を貸して」

『『『『『キャー!』』』』』


セレスの頼みにご機嫌に答える精霊達。ただ俺のポケットの中の奴は残るらしい。

そうして貰えて助かった。でないと靴も手袋も使えないから、俺には大した事が出来ない。


「リュナドさん、その子が気が付いたら「止まるように命令して」って伝えて。お願い」


セレスはそれを伝えると、俺の返答を待たずに空を高速で飛んで行った。

恐らくさっき黒いのが落ちたであろう、深く抉れた穴の中心地に向かって。


「あいつが焦るって事は・・・相当って事だよな・・・」


俺はあいつが戦闘で焦った所なんて一度も見た事が無い。つまりこれはそれだけの異常事態だ。


「目が覚めたら止める様に言え、だっけか。何にせよ、取り敢えず兵士達の所に戻――――」


後方から凄まじい振動と爆発音が響き、思わず転びそうになった。

流石に少女を抱えて倒れる訳にはいかないので、何とか堪えて踏みとどまる。


「――――こ、これ、早く逃げないと不味い?」

『キャー』

「た、頼む、全力で離脱する!」


野盗狩りがとんでもない化け物狩りになってしまった予感がする。

・・・無事で居ろよ、セレス。

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