第109話、不思議な遺跡に辿り着く錬金術師。
坂を下り、少し下ってくとおかしな事に気が付く。
野盗達が逃走用の穴を掘ったにしては、途中から作りがしっかりし過ぎている。
入ってすぐは適当な穴という感じだったのが、しっかりと補強もしてあるトンネルの様だ。
「・・・これ、もしかして野盗達が掘った訳じゃ、ない?」
建築技術を持つ野盗が居た、という可能性も無い訳じゃないだろう。
だけどその可能性は低いと思う。ここまでの物が作れるなら真っ当に仕事をしているはずだ。
「・・・階段になり始めてるし、これ絶対、野盗が作った物じゃないね」
しっかりとした石造りの階段が現れ、古さは感じるが脆いという感じはしない。
勿論全く崩れていないという訳じゃないが、これは経年劣化によるものだろう。
確実に元々あった物を利用していると思った方が良い。
となると本気で何が有るか解らないな。警戒のレベルを少し上げつつ進もう。
「ん・・・風が・・・やっぱり逃走経路、なのかな?」
穴の下から上に抜ける様なそよ風を感じた。
気のせいかと思い蝋燭を見ると、ほのかだが風に揺られる様子がある。
罠の警戒は必要だけど、あまりのんびりしていると逃げられるかもしれない。
とはいえ急いで罠にはまるのもごめんなので、出来る限りの速度で降りて行く。
そしてやっと階段が終わり、平らな地面に到達した。
「・・・遺跡? 神殿、かな?」
階段を下りて穴を抜けた先には、立派な建物の中だった。
古さを感じる石造りの遺跡で、壁には何かを祭る歴史の様な壁画が有る。
暗くて蝋燭一つだけじゃ解り難いな・・・文字も、見た事が無い文字だ。
「ねえ、ここの事、何か知ってる?」
『キャー』
「そうだよね」
精霊は特に何も知らないらしい。山に引き籠っていたのだから当然だろう
とはいえあんな何もない山奥に精霊が居た様な土地、という事を考えると気にはなる。
あそこから領地がいくらか離れているとはいえ、しょせんその程度の距離だ。
精霊の居た山の近くにある遺跡に何も無いなんて事が有りえるんだろうか。
『キャー』
「・・・何か居るのは、居るんだ・・・そっか」
ここについては知らないけど、精霊はこの遺跡に何かの存在を感じるらしい。
ただ家精霊の時と違い、その姿を見つけて報告している訳じゃなさそうだ。
気になるし調べて見たくはあるけど・・・今はそれどころじゃないよね。
「これが終わったら、領主さんに調べて良いか聞いてみようか・・・それにしてもゴミとか酒樽とか、これは野盗達の物か。普段から雑に使ってたんだろうな。こういう遺跡は保管されるべきなんだけど・・・野盗に言っても仕方ないか」
取り敢えず階段を下りた先はまっすぐに続く通路だったので、そのまま進んでいく。
ゴミは今度片付けよう。もし精霊が食べるなら食べさせても良いんだけど、嫌がるかな?
「・・・この遺跡、やっぱり普通の遺跡じゃない、ね」
ただその途中でまた異変を感じた。風の流れを、さっきとは逆方向の風を感じる。
そもそも出た先が遺跡の中なのに、坂の途中で下から風を感じたのも少しおかしい。
勿論風が強かったり、遺跡の作りしだいでは普通にあり得るんだけど・・・。
「・・・扉が閉まってて、風が向こうに抜けている、か」
通路の先には閉められた扉が有った。
もしその向こうが出口なら、風は扉の隙間からこちらに向けて吹いて来るはず。
だけど実際には背後から扉に向けて風が吹いていて、明らかに自然現象とは異なる。
これは遺跡自体が空間に作用する様な力を持っている、と思う方が良いかもしれない。
「この先は出口じゃなくて、遺跡の力を使う『何か』が有る。いや、居ると思った方が良いかな・・・精霊がああ言った以上、何かが居るのは確実な訳だし」
こんな大きな遺跡だ。大掛かりな仕掛けが存在するのかもしれない。
もしくはここに精霊の様な『何か』を野盗達が使おうとしているか。
結界石は十分に持ってきているから、防御は間に合うと思うけど・・・。
「・・・悩んでいても仕方ないか。どちらにせよ野盗は追うしかないんだし」
念の為扉の向こうの音を聞こうとしてみると、かすかに複数人の話し声が聞こえる。
もしかするとさっきの野盗以外に、先に逃げ込んでいた個体も居るのかもしれない。
ただ建物の石が音を吸収しやすい物なのか、何を話しているのかは良く解らないけど。
「よし・・・」
逃げられていないならそれは一番良い。
そうだ、ここなら風が背後から吹いてるし、しびれ薬が有効だろう。
とはいえ中の状態を確認してから撒いた方が良いかな。どうせ即効性だしそれで遅くは無い。
そう思いゆっくり扉を開くと―――――。
「く、くそ、来やがった! おい、立て!」
「ひぃ・・・!」
そこには野盗とボロボロな衣服の少女が居て、野盗は少女を人質に取っている様に見えた。
「・・・ぇ」
待って。ちょっと待って。何それ聞いてない。何で人が居るの。何その女の子。
え、ど、どうしよう、え、本当にどうしよう。まさか人が居ると思ってなかったから心構えが。
「た、助けて、助けて下さい・・・!」
「るせぇ! てめえは俺の言う通りに早くしろ! そっちはそこから一歩でも近寄るんじゃねえぞ! 来たらコイツをぶっ殺すからな!」
あ、あう、ど、どうしよう。た、助けて欲しいのは私もなんだけど。
え、えっと、と、とりあえず、彼女を助けない、と? なん、だよね?
ああう、こ、混乱して来た。ああもう大体こいつも煩い!
「人語を話すな。獣が・・・!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
周囲の戦況を確認しつつ、絶対に向かっちゃいけない方向だけはすぐ解った。
木々を吹き飛ばしながら進むふざけた連中なんて、倒せるかどうかを考える気も起きねえ。
そこだけは確実に避けて逃げる事を決め、そこまでの戦況で一番逃げ易そうな所を割り出す。
他の連中を全員犠牲にしてでも、俺達は生き残る。そのつもりだった。
「があっ!? な、なんだこの縄は!」
「た、助け、う、動けねえ!」
「き、切れねえ! 何だこれ、頑丈過ぎんぞ!」
突如上空から降って来た縄に仲間達は拘束された。抵抗はしていたが全く効果は無い。
幸い俺は少し離れて周囲を探っていたので無事で済んだが、仲間達を助けには行かなかった。
何せ近くにはもう野盗狩りが迫ってきていたから、助けに行けば確実に殺される。
縄をばらまいていた奴は高速で去って行き、俺は奴には見つからない様に逃げ出した。
「く、くそっ!」
最初の内はどこか穴が無いかと思い、抜けられる所を探そうとした。
だがあの縄のせいで野盗狩りが順調に行き過ぎて、包囲網が異常なまでに出来上がっている。
どう逃げても、どこに逃げても、最早逃げ道なんて無いという答えしかなかった。
「あ、あいつは・・・!」
縄をばらまいていた奴がまた近づいて来た事に気が付き、慌てて木陰に身を隠す。
すると何故か奴は俺の傍で滞空し始め、見つかったのかとも思ったが違うらしい。
奴は俺に背を向けていて、こちらを見る様子が無い。これはチャンスだ。
「良くもやってくれやがったな、死ね・・・!」
奴の背中を狙い、弓を引き絞る。そして確実に当てる為に体の中心を狙って放った。
「な・・・!」
だが奴はこちらを振り向きもせずに躱し、更に弓を放った俺の場所を一発で見抜きやがった。
変な仮面をつけているから解り難いが、確実に奴は俺を見ている。
「く、くそ!」
まずいと思って慌てて放った二射目三射目も、掠る事も無く避けられてしまう。
駄目だ。あの絨毯に自動で避ける機能でもついてるのか。全く当たる気がしねぇ。
「こう、なったら・・・!」
どうせ殺されるなら、最大限に嫌がらせをやってやる。
もしそれで生き残れたら俺の勝ちだ。ざまあみろと大笑いしてやる。
仮面野郎を攻撃するのは止め、全力で走ってこの近くに有る小屋へ向かう。
「ちっ、やっぱりついて来やがるか」
仮面野郎は上空から追ってくるが、だけど攻撃する気配は無い。
もしかしたら直接攻撃の手段は無いのかもしれねぇ。それなら好都合だ。
小屋に入って隠し通路に入り、すぐばれるとは思うが入り口は締めておく。
転げ落ちる様に坂を下り、遺跡の奥の扉まで走る。
その部屋に、ボスがもしかしたら使えるかもしれないと、生かして閉じ込めている女が居る。
恐らく本気の言葉じゃなかったんだろうが、今はその気まぐれに感謝だ。
「おい、女ぁ! 前に言っていた物を呼び出せ! 早くしろ!」
「ひぃ・・・! や、やめてください、もう、やめて・・・!」
扉を開けて女に命令するも、女は俺の怒鳴り声に頭を抱えて丸まった。
これまで何度も殴られ嬲られた女の行動としては当然だろうが、今はそんな場合じゃねえ。
「泣くな! 丸まってんじゃねえ! こっちを見ろ! 今それどころじゃねえんだよ! てめえがここに連れて来られた時に言ってた、良くねえ物とやらを呼び出せ! 早く!」
蹲る女を無理やり立たせる為に、首に繋いだ鎖を引いて持ち上げる。
そうして暫く泣き呻き許しを懇願する女に怒鳴り、殴り、何とか意識をこちらに向かせた。
こうしている間にもあの仮面野郎はここへ来る。早くしないと間に合わねぇ。
「ひっ、ひぐっ、がふっ・・・あ、あれは、でも、わ、私、怖い・・・」
「てめえの都合なんか聞いてねえんだろ。早くしろ! 実際に出来るんなら他の事はどうでも良いんだよ! てめえはやろうと思えば出来ると言ってただろうが!」
「ひぅ・・・な、なんで、あんな・・・」
「てめえに質問する権利なんざねえんだよ! 良いから早―――」
そこで背後の扉が開き、反射的に女を掴んで盾にして喉に刃を当てる。
仮面をしているから表情は読めなかったが、人質を見て明らかに動揺が見えた。
だからこれは良いとほくそえんで―――――
「人語を話すな。獣が・・・!」
―――――確かな殺気に、死を感じた。こいつはやばい。
何がやばいかなんて具体的な言葉は無いが、本能がこいつを恐れている。
こいつは相手にしちゃいけない。絶対に、勝てない。殺される。
「ひ、人の話を聞いてねえのか! く、来るなって言ってんだろうが!」
「黙れ。人語を介するだけの獣が人を名乗るな・・・!」
声音が怒りに満ちてやがる。女を人質にとった事で戦意が上がったってのかよ。
恐ろしくて思わず一歩下がりかけるが、ぐっとこらえて女を強く抱きかかえる。
あの仮面野郎は確かに恐ろしいと感じるが、奴はさっきから一歩も動いていない。
怒りも有るし殺す気も有るだろうが、人質が有るという現実は変えられねえんだ。
「おい、お前だって死にたくはねえだろう。俺はあいつが動けばお前を殺す。ただしお前が俺の言う事を聞けば生き残る事は出来るんだぜ。生き残りたいとは思わねえのか。死にたくねえから俺達の言う事を今まで聞いていたんだろうが。なあ、そうだろう?」
「あ・・・う・・・ああ・・・わ、わた、わたし・・・うう・・・!」
「早くしろ! それともまた最初の頃の様に、殴られながら無理やり犯られてえか!」
「ひう・・・!」
女はここに居る間に何度も男達の慰み物になっているし、恐怖は女の心をとっくに折っていた。
だから女には言われた事を理解出来たんなら、それに逆らうという思考が弱っている。
恐怖のまま俺の命令に従い、女はボソボソと呪文の様な物を唱えだした。
『キャー!』
「・・・え? だ、だめ――――」
焦る様に女を止めようとした仮面野郎の言葉は、最後までは聞こえなかった。
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