第90話、提案を受ける錬金術師。

「これが一番具合が良いかな・・」


庭で新しく作った結界石の試験をし、丁度良い質の物を確認出来た。

先日考えた内側に衝撃を留める結界を発生させ、中で魔法を爆発させるという試験内容だ。

使う場面が余りに限定的過ぎて作った事が無かったから、少し手間取ってしまった。

だって、防ぐだけなら普通の結界石で良いし、態々閉じ込める意味なんて滅多に無いもん。


「・・・さっきから精霊共が随分テンション低いわね。珍しい」


試験を見学していたアスバちゃんが、静かにしている山精霊に疑問を持った様だ。

確かに試験を始めた後ぐらいから、山精霊達は物陰に隠れて静かに見つめている。

私も何故静かなのかは解らないけど、山精霊にだってそういう時は有るんじゃないかな。

そう思っていると、私の頭の上の子がアスバちゃんに向けて楽しそうに『キャー』と鳴いた


「あー・・・そうなんだ。あんた達あの爆発魔法で吹き飛ばされたんだ。そりゃ自分が吹き飛ばされた魔法を目の前で何回も見てれば、テンションも下がるわよね」


あ、そうだったんだ。それはちょっと悪い事をしたかもしれない。

爆発系の魔法石が一番結果が解り易いから、試験には丁度良かったんだけど・・・。


「でもあんたは他の子と違って逃げてないけど、あんたは平気なの?」

『キャー』

「あー、そうね、そこは絶対安全よね。私のポケットに居る子も安全だから逃げてないんだ」

『キャー』


成程、私の傍に居るから怖くないと。確かに自分に向けて攻撃はしないよね。

それにアスバちゃんの傍なら私が全力で攻撃しても無事かもしれない。良い判断だ。


「しかし、あんた空中戦してたのね、精霊相手の時は」

「ん・・・上下にも動けると、躱す時の選択肢が増えるから」

「あー、確かにそうね」


小型の魔獣とかなら別に良いけど、山精霊の集合体は攻撃範囲が大き過ぎた。

なら少しでも躱す方向の選択肢が増えれば、それだけ躱しやすくなると思っての空中戦だ。

空中戦・・・そういえばアスバちゃんって、自力で飛べると思ってたんだけど無理なのかな。


「・・・貴女は道具が無くても、自力で飛べる、よね」

「ん? ええ、飛べるわよ。自分一人ならだけど」

「・・・やっぱり。じゃあ何で、普段は徒歩移動なの」

「飛べるって知られると色々面倒な事も有るのよ。だから必要な時以外は飛ぶ気は無いわ」


そうなんだ。面倒って何でなんだろう。私今まで飛べて面倒だった事なんてな・・・あった。

最初の頃に街中で飛んでたら怒られたんだった。完全に忘れていた。

・・・それは駄目だとしても、アスバちゃん程の魔法使いなら別の方法も有りそうなのに。


「・・・なら転移魔法とか、使わないの?」

「・・・何言ってんのよ。そんな危ない魔法、使える訳無いでしょ」

「ぇ・・・そう、かな。貴女の魔力量と技量なら、出来―――――」


唐突にアスバちゃんは距離を詰め、つま先立ちになって私の口を塞ぎに来た。

攻撃する気配は感じなかったけど、眉間に物凄く皺が寄って睨んでいる。怒って、る?

え、何で、私何かおかしな事言った? 何で怒ってるの!?


「あんた、それ軽々しく他で言うんじゃないわよ。この魔法は使えるって知られちゃいけない魔法の一つなんだから。絶対に、誰にも、言わないように。良いわね?」


何だか良く解らないけどアスバちゃんが怖い! 言わない! 言いません!!

慌てて頷いて返すと、彼女は溜め息を吐いて手を離してくれた。


「はぁ・・・気に食わなさそうな目してるわね。ねえ、あんたもしかして転移魔法使えるの?」


え、不思議に思ってはいたけど、不服なつもりは無いんだけど。

まあそっちは措いて、先に彼女の疑問に答えてた方が良いだろう。怒ってて怖いし。


「・・・材料があれば出来るけど、自力じゃ出来ない」

「成程、流石錬金術師ってところね。材料は今有るの?」

「・・・無い。だから今は出来ない」


実家には材料が有ったけど、あれはちょっと特殊な素材なので簡単には手に入らない。

あればとても便利なんだけど・・・適当に探して見つかるとは思えないしなぁ。


「・・・ああでも、時間をかければ、今でも作れるかな。ただ凄く面倒」


魔法石でも転移魔法を絶対に構築出来ない訳じゃない。

だけどそうなると材料は一番相性の良い水晶で、更に何日もかけないと作れないだろう。

私の魔力量と技量では、制御の為の魔法石を別で作らないといけないし、手間がかかり過ぎる。

いざという時の為に有っても良いかもしれないけど・・・正直面倒臭い。


絨毯や荷車が無ければ頑張って作るのも有りだろうけど、使い捨てなのがなぁ。

何日も何日も他の作業を捨てて作り上げたのに、たった一回で消える魔法石なんて使い辛い。

少なくとも余程の理由が無い限り、転移の魔法石を作る気は無い。手間に見合わない。


「そう・・・ま、それならアンタに隠す必要は無いわね。使えるわよ、転移魔法。だけどさっきも言ったけど、絶対そんな事他人の居る所で言うんじゃないわよ。ばれたら面倒なんだから」

「・・・面倒って、何で?」


何が面倒なのか解らずに問うと、アスバちゃんは更にムッとした顔になった。怖い。


「当たり前でしょうが。転移魔法が自由に使えるなんて、暗殺が出来ますって言ってる様なものじゃないの。良く思ってくれる相手だけなら良いけど、そうじゃない人間の方が多いのよ」

「・・・暗、殺」


そうなんだ。何だか悲しいな。アスバちゃんがそんな事するはず無いのに。

彼女はとても強い。もしやるなら間違いなく正面から堂々と挑みに行くと思う。

そもそも彼女が本気になれば、集合体の山精霊も倒せると思うし。


「・・・貴女がそんな事、するはず無いのにね」

「――――っ、も、勿論しないわよ。けど世の中っていうのはそういうものなのよ!」


あ、あう、今度はぷいって顔を背けられてしまった。また機嫌を損ねてしまったのかな。

世の中そういうもの・・・がどういう物なのかはいまいち解らない。

ただきっと、彼女が良い目に遭わなかったんだろうな、というのは怒っているので解った。

悲しいな。その気のない事で友達が嫌な目に遭うのは、とても悲しい。それは私が嫌だ。


「・・・うん、絶対に、誰にも言わない」

「え、ええ、そうしてちょうだい。私も滅多な事が無い限り使うは気ないから。あんたも道具が有れば出来るとか言わない方が良いわよ。ま、別に何も気にしないのかもしれないけど」


気にしないというより、そんな事考えもしなかった。だから教えてくれて助かったと思う。


「ううん・・・ありがとう」

「っ、べ、別に礼を言われる様な事じゃないわよ! ふんっ!」


あ、あう、また何か怒らせてしまった。アスバちゃんはお礼を言うと怒る時が有って難しい。


「ん、誰か来たわね・・・この騒がしさはリュナドかしら」

「多分、そうじゃないかな」


通路の向こうからキャーキャーと、リュナドさんが来た時特有の騒がしさを感じた。

・・・そういえば私、自分から出迎えに言った事って無いな。偶には行ってみよう。


「リュ―――――」


だけどその行動は、視界に彼以外の人間の姿が入った事で止まってしまった。

むしろ後ろに足を動かしてしまったので離れているし、フードを深く被って顔を隠している。

更にアスバちゃんの背後に回り、彼女を盾にする様にして接近を待った。


「あん、兵士? 何であいつ兵士なんか連れて来てんのよ・・・」


リュナドさんが、知らない人を連れて、やって来た。誰、なの、かな。

あうう、アスバちゃんじゃ小さくて隠れられない・・・!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「セレス、今日は庭に出てるんだな・・・つか、アスバも居たのか」

「何よ、居ちゃ悪いみたいに聞こえるわね。そんなに彼女と二人っきりで会いたかったの?」

「んな事一言も言ってないだろ。誤解を受ける様な事を言うな」

「ふん、なら別に良いじゃないの」

「・・・今更だけど、一応ここに勝手に入るのって、下手したら処罰の対象になるんだぞ」


本当に今更な話だが、一応そういう話になっている。だから基本的に誰もここに入らない。

ま、最近それも怪しくなっているがな。許可の無い連中が潜り込もうとしている。

昼間は街道に人が居るからそうでもないが、夜闇に紛れて人目に付かずって感じで。


そういう連中は庭に辿り着く事も出来ずに精霊にぶちのめされている訳だが。

だからこそ連中は俺を優先的に排除しようとして来る。俺が精霊に守らせていると考えて。


「家主が来て良いって言ってんだから別に良いじゃないの、ねえセレス」

「それはそうかもしれないが・・・まあ、良いか」


錬金術師がアスバの問いに頷くので、これに関して触れるのは止めよう。

何だかんだ錬金術師はアスバの事を気に入っているかの様な事も言っていたしな。


「取り敢えず先日の、酒場の件での報告に来た。酒場の依頼に関しては、今後は酒場に向かう必要は無い。俺が依頼書を持って来るし、出来た品も俺が持って行く」


結局そういう事に落ち着いた。従業員やマスターが向かうという案も有ったはずなのにだ。

下手に刺激を与えて面倒を起こすより、身内に数えられている様子の人間の方が良いだろうと。

つまり先日『俺を守る為に行動した』という点から、そう判断されたらしい。


「パシリご苦労、隊長様」

「煩い、ちょっと黙ってろ。今はお前を相手にする元気ないんだよ」

「何よ、今日は随分機嫌が悪いじゃない」


機嫌も悪くなる。別にパシリにされた事が不満なじゃない。もうそっちは諦めた。

というか、どうせ普段からやっている事についでの仕事が増えただけ。

俺としては今から彼女が不機嫌になるであろう事をするのが嫌なんだ。


「それと、今後の事を考えて、街道の看板前に彼らを交代で立てる事にした。今日はその挨拶をさせる為にも連れて来たんだ。こういうのが苦手なのは知っているが・・・許してくれ」


精霊兵隊の新人達四人を紹介し、それぞれ挨拶をさせる。

フードの奥から見える鼻に、少し皺が寄っているのが怖い。獰猛な犬の様だ。

本当に人嫌いだよな。せめて挨拶ぐらいは許して欲しい。


こいつらの目的は錬金術師の護衛・・・ではない。そんな目的なんぞ意味が無い。

錬金術師の家への道は、知ってる人間は当然知っている。

そしてその道は街道に在り、その街道は多くの人間が使う安全を求める道だ。

だというのにすぐ傍に危険が在ると思われるのは、色々と具合が悪い。


歩いて街道に出る事なんて滅多にない錬金術師だが、知らない人間には関係無いだろう。

という訳で、領主が兵を置いて万が一の為に対策してますよ、という安全アピールだ。

その為には精霊と友好でないと困るので、精霊に認められた新人達を交代で立たせる事にした。


「それと、だな。もう一つ、前回の騒動をふまえ、領主から性質の悪い連中に対する対策案が提案されたんだよ・・・完全に無くなる事はないだろうけど、減らす事は出来るだろうって」


今の行動も十分錬金術師が嫌がる事だったが、むしろ今から話す内容が本番だ。

実際話を聞いて、もし上手く行けば闇討ち以外は無くなるだろうと、俺も思った。

だけどその為の行動が、基本的に錬金術師が嫌がる内容を含んでいる。


「野盗退治。つまり、魔獣じゃなく、人間にセレスの実力を多く見せつけようって話なんだよ。当然そうなると、単独じゃなくて一緒に他の人間と仕事をする事も多くなるけど・・・」


そう告げた瞬間、錬金術師の体が強張ったのが解った。解りたくなかったけど。

たぶん誰も気が付いてないけど、眼光も凄まじく鋭い物になっている。

慣れって怖いな。気が付かない方が怖くない事にも気が付くとか、全然嬉しくねえや。


俺はこの反応を予測していたから、最初は領主の案に反対した。

それならいっそ、また強めの魔獣退治を錬金術師にして貰う方がまだ良いと。

ただ領主が言うには『それだと人間相手の対処』を見せつけられないという事らしい。


つまり、彼女は相手が人間でも、魔獣と同じ様に対応すると教えてやれという事だ。

容赦なく、躊躇なく、慈悲もなく、簡単に肉塊に変えてしまえる人間だと。

そうすれば日中街中で堂々と襲う馬鹿は大分減るだろうと。

・・・問題点は、錬金術師に『更なる悪評』が増える事だろうか。


「駄目・・・かなぁ・・・」


・・・大分待ったが錬金術師から返事が返って来ない。沈黙が怖い。やっぱり駄目か。

せめて普通に断ってくれると嬉しいなぁ。元々これ提案したの俺じゃないし。

そう思っていると、予想外の返事が返って来た。


「・・・良いよ」

「え、い、良いのか? 本当に?」


思わず問い返してしまったが、それでも彼女はこくりと頷いた。

あれだけ他者との関わりを嫌う彼女が、どういう風の吹き回しなんだろうか。


「・・・リュナドさんが、一緒なら、良い」

「あ、はい」


そうか、うん、そうだよな。やっぱその辺り俺に任せる気なんだよな。知ってた。

・・・出来れば彼女だけでやって欲しい事なんだけど、言えそうにないな。諦めよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る