第38話、やっと引き籠れると思った錬金術師。
寝ぼけていて門番さんに恥ずかしい所を見られたけど、概ね問題無く精霊に会いに行けた。
いや、少しだけ問題は有ったけど、前回に比べれば些細な範疇だと思う。
起きた時恥ずかしくて声が変になっちゃったけど、気にすると余計恥ずかしいので忘れよう。
門番さんも特に何も言わなかったし、うん。大丈夫、大丈夫。きっと。
精霊からは要望を聞き、今度は数体の精霊が一緒に付いて来ると言って来た。
私としては結界石の事も有るし、複数の検証事例が有るのは好ましい。
なので今回は前と違って精霊達も絨毯に乗り、全員で一緒に街に戻る事にした。
とは言っても大半の精霊は山に残るみたいなので、付いて来る精霊はそこまで大量ではない。
そもそも街に来る程度の移動は簡単らしいから、その内交代するつもりの様だ。
ただライナの所に勝手に突撃しようと言い出したので、流石に少し脅しておいた。
ライナに迷惑をかけるのは絶対に許さない。私が言えた話ではないというのは棚に上げる。
宿に戻ると門番さんとは解散になり、その際に一つだけお願いされた。
「あー、その、俺はもう今後門番をする事は無いと思うから・・出来れば別の呼び方でお願いしたいんだが・・・一応今後もまた色々有るだろうし・・・」
という事で今後はリュナドさんと、ちゃんと名前で呼ぶ事になった。
でも何となく癖で門番さんって呼んじゃいそう。間違えても許してくれるよね?
しかし、門番さん、もう門番しないんだ・・・今後は何のお仕事するんだろう。
そういえば今日の格好は何時もの兵士姿じゃなかったな。
胸当てとかちょっと良い物つけてた気がする。
服も何だか良い生地だったし、もしかして昇進したのかな。
今更だけど槍も持ってなかったし・・・武器の要らない後方勤務とか?
「なら、何かお祝いした方が良い、よね」
とは思った物の、昨日の徹夜が原因か何も考えられずに一瞬でベッドに吸い込まれた。
気が付いたらライナのお店に向かう頃合いで、精霊を伴って店に向かう。
どれだけ疲れていても食事の時間に起きる辺り、完全に体が彼女の料理を欲していると思う。
お店に向かうとライナは何時も通りの笑顔で迎えてくれた。
「お帰りセレス、特に問題は無かっ・・・あら、沢山」
腕に抱えて連れて来た精霊を見て、少し驚いた顔見せるライナ。
昨日から居る子は頭の上に乗っている。もうそこを定位置に決めたらしい。
「その、この子達の食事もお願いしたいのと、ちょっと、相談が有るんだけど・・・」
「料理は別にセレスのついでに作るから構わないけど・・・何かあったの?」
首を傾げるライナに答えようとして、お腹が盛大に鳴ってしまう。
「あはは、取り敢えずは食べてからにしましょうか。何時も通り、ね?」
「う、うん、ありがとう」
どうせ実際空腹だと思考も回らなくなるので、素直にお願いしてテーブルに着いた。
精霊達はテーブルの上に乗ると、くるくると回って踊り始めた。
2、3体ずつ交代で踊っているのをぼんやり眺め、ぎゅるると鳴く腹の虫の気を紛らわせる。
「はーい、出来たわよー。ちょっと真ん中から退いてくれる?」
『『『『『『『『キャー』』』』』』』』
「はいはい、慌てない慌てない」
お弁当で完全に味をしめた精霊達は、料理が置かれると我先にと飛びつき始める。
ただそれでも私の前に置かれた料理に手を出さない辺り、私に対する恐怖が有るのだろう。
頭の上に乗っていたこの子以外は。
「あっちで仲間達と一緒に食べないの?」
『キャー』
「まあ、別に良いけど・・・」
何故かこの子だけは私の皿からちまちま取って食べ始めた。
別に構わないのだけど、多分ライナが追加で持って来てくれるよ?
これ置いたらまた厨房に戻って行ったし。
「もぐもぐ・・・まいっか、おいひぃ・・・」
満腹になった後は精霊達が無軌道に話しかけるのを抑えつつ、今日の事をライナに報告。
料理を作る事自体は全然構わないけど、流石に今回のお弁当の量を毎回無料は無理と言われた。
当然だと思う。という事で、定期的に精霊が材料を持って来る事で話が付いた。
岩の力で草木は元気だし、山の奥地は沢山の山菜が自生している。
香辛料になる様な植物も沢山有ったし、交換条件としては妥当だろう。
私の頭の上の精霊が何か指示を飛ばす様に鳴き、他の精霊達は応える様に鳴いていた。
「セレスも、ちゃんと、自分で魔獣を狩って来てね。この子達に任せるのは無しよ?」
「あ、はい・・・ちゃんと、外に出ます・・・」
精霊に任せて引き籠れるのでは、という考えを完全に塞がれてしまった。
仕方ない。食事の為に頑張ろう。人前に出るよりは楽だし。
でも流石にここ数日毎日出てるし、明日ぐらいはぐっすり寝よう。
「しかしそっかぁ・・・んー、こうなると、門番さんと話してみた方が良いかな・・・流石に私も商売でやってる訳だから、そこまでお人好しにはなれないし」
「んえ? 門番さんに何か用なの?」
「ああ、良いのよ。ちょっと相談しなきゃなって思った事が有っただけだから」
門番さんに相談・・・何だろう、何だかちょっと悔しい気持ちが胸の中にある。
私が相談相手じゃダメなのかな。私に出来る事なら頑張るよ?
「そ、その相談、私じゃ、駄目、かな?」
「え? ええと、うーん・・・多分色んな人と交渉事する事になるわよ?」
「あ、あう、それ、は・・・」
思わず力になれないかと勢い良く立ち上がったものの、その内容にしおっと座り込む。
交渉事かぁ・・・それじゃ私には何にも出来ないなぁ・・・話すの苦手だもん。
「・・・セレスは綺麗なお肉卸してくれるでしょ。それで良いわよ。むしろあんな状態の良い魔獣の肉なんて誰も持ってこないんだから、適材適所よ。変に落ち込まないの」
「う、うん・・・ごめんなさい」
「ふふ、何謝ってるのよ。気にしないで良いの。ほらほら、お茶でも飲みなさい。ね?」
頭を撫でられて慰められ、お茶を手渡されて口に含む。
ただそれだけで色々気にならなくなって、私は単純だなぁと今更再確認した。
まあ、良いや。ライナが良いならそれで。
その後帰ろうと席を立つと、精霊が三体私の部屋よりここが良いと鳴き出した。
ライナに迷惑が掛かるから駄目だよと言ったのだけど、大人しくしてるなら良いと言うライナ。
じゃあ何で私は駄目なの!? とごねたら叱られてしまった。狡い。精霊狡い。私も住みたい。
「あう~・・・ぐすっ・・・帰ぅね・・・えぐっ・・・」
「ああもう、泣かないの。ほら、気を付けてね」
ごねた事で叱られた上にお説教をされ、泣きながら食堂を後にする。
精霊達は何を思ったのか、私を心配する様に『キャー』と鳴いていた。
宿まで戻ったら精霊は取り敢えずベッドに降ろし、私もそのままベッドに転がる。
「ぐずっ、良いもん、もう明日は一日寝てるもん。引き籠るもん」
そう思って眠りに入ろうとするが、そういえば魔法石の補充をしてない事を思い出す。
水晶は全部結界石に使ってしまったので、新しく採りに行かないといけない。
後忘れてたけど、門番さんへのお祝いの品を作る素材も考えて探さないと。
「うえぇ~、引き籠れないぃ~~~・・・」
明日も外出確定となり、呻き泣きながら就寝した。お外出たくないよう・・・。
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街に帰って来た時間はまだ日が高く、街中まで絨毯で飛んで来た事で目立っていた。
ただ女は路地に降りると手早く荷物を纏め、そそくさと宿に戻って行く。
慌ててその背中を追いかけて行くと、女は自室前まで無言で向かった。
「今日は、もう帰る、のか?」
「・・・何か、他に用事あった?」
「ああいや、そういう訳じゃないんだ、うん、終わりならそれで良いんだ」
終わりかどうか確かめただけなのに、何故か凄く低い声で問い返された。
だから怖いって。ただ確かめただけじゃん。
「じゃ、じゃあ俺は、報告に行くから・・・明日はどこかに出るのか?」
「・・・明日は予定は無いから、引き籠るつもり」
「そ、そっか、じゃあ明日は会わないな。寝不足だったみたいだしゆっくり寝てくれ。俺は今日の事を上に報告してくるから。それじゃ・・・あ、そうだ、これ本当に貰って良いのか?」
結界石の入った袋は変わらず持ったままだ。返せとも言われていない。
ただ物が物なので、一応念の為聞いておいた。
「・・・持って行って・・・使ってみてくれると嬉しい。耐久実験はしてないし・・・」
「成程」
つまりこの結界石は、単純に俺の為だけに渡した物じゃないって事か。
勿論俺がいざという時に身を守れる様にも有ったんだろうが、それとは別の意図も有った訳だ。
「解った。じゃあありがたく貰っておく。じゃあな、お休み」
「・・・じゃあ、また、門番さん」
・・・いつまで俺は門番さんと呼ばれるんだろうか。
取り敢えずもう門番をする予定は無いと伝え、名前で呼ばれる事にはなった。
ただし最後に「解った、気を付ける、門番さん」と言われたので期待は出来ない。
名前で呼ぶ気は無いという意思表示だろうか。
もう何かを言うのは諦めて女を見送り、俺はそのまま領主館に足を運ぶ。
よく考えたら俺も一度も名前呼んだ事無いし、それよりやる事有るしな。
女の意図に添う為に、自分の職務も全うする為にもこの石を領主に渡さねば。
「・・・びっくりするだろうなぁ」
余り学の無い俺でも、これがとんでもない物だという事ぐらいは解る。
勿論あの女が普段から使っている物とどれだけ差が有るのかは解らない。
それでも近しいぐらいの強度が有るのなら、多分とんでもない価値の有る道具になるだろう。
「どう考えても売り込み、だよな、これ」
これは実験込みの売り込みだ。そして有用なら領主は確実に交渉をすると思う。
何せこれが有れば、あの女でなくとも安全に魔獣を狩れるかもしれない。
鉱山の計画も進んじゃいるけど、魔獣の危険が減っただけで無くなった訳じゃないしな。
これが有れば様々な事が安全に運べ、その利益が見込めるのは間違いないだろう。
勿論まだどれだけの強度が有るか解らないが、あの女が渡した以上生半可な物じゃないはずだ。
・・・こんな事考える必要、今までなかったんだけどな。面倒くせえ。
『キャー』
「は?」
精霊の声がいきなり聞こえ、驚いてキョロキョロと見まわすが見つからない。
すると衣服のポケットがもぞもぞと動き出し、中からポンと顔だけ出して来た。
「な、何でそんな所に、あいつに怒られるぞ!?」
『キャー』
「え、付いて行きたいって言われても・・・」
あー、いや、ある意味これは使えるかもしれないな。
精霊への説得は一応上手く行った、という証拠足りえるかもしれない。
この前とは別の精霊が俺相手に大人しくしている訳だし。
まあ、その、暴れないって確証は、実際は何も無いんだけど。
「・・・暴れない、よな? 頼むな?」
『キャー』
「そ、そうか、それなら良いんだ」
流石に暴れたらあの女がやって来ると思っているらしく、大人しくしているつもりらしい。
一抹の不安は有るが、取り敢えず精霊を連れて報告に向かう事にした。
・・・頼むから本当に暴れないでくれよ?
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