第37話、精霊の要求を聞く錬金術師。
「ちょっと重い・・・」
大量のお弁当を抱えながら宿に戻り、ちょっと苦労しながら扉を開ける。
頭の上で頑張れと言う様に鳴く精霊だけど、自分の要望なんだから少しぐらい持って欲しい。
あの時の大型にはなれないとしても、せめて子供サイズぐらいにはなれないんだろうか。
「はふぅ・・・んー、夜明けまでまだまだ時間は有るけど・・・どうしよっかな」
結界石の数はそこそこ増えたけど、正直消費した量と比べれば足りていない。
捜索時に結構使ったし、戦闘時も大量に使ってる。帰り道に使った分も有る。
私一人が行って帰るだけなら全然問題ないけど、戦闘の可能性を考えると心許ないかな。
「・・・迎えが来るまで、頑張るかぁ」
とはいえ行きは絨毯を使うから魔力が必要だし、もう少しゆっくり目に作るとしよう。
そう決めて既に割ってある水晶を一つ手に取り、結界石をゆっくりと一つ作る。
一つ出来た所で服に仕込んで次の水晶に手を伸ばすと、精霊が予備の石を一つ手に取っていた。
「あ、それは食べちゃ駄――――」
精霊達がガリガリと石を食べていた事を思い出し、取り返そうと伸ばした手が思わず止まった。
砕いておいた石を抱え込んだ精霊の魔法が、石にドンドン詰め込まれていく。
これはついさっき私がやっていた結界石を作る為の魔法構築だ。
いや、でも、少し違う。殆ど同じだけど、何かが少し違う。
これはあの岩から発されていた魔力に少し似ている?
驚きながらその光景を眺めていると、精霊は私よりも早く結界石を作り上げた。
出来た物を『キャー』と嬉しそうに鳴きながら渡して来たので、手に取って確かめてみる。
「ちゃんと安定してる・・・勝手に暴発しそうな気配もない・・・それにこれ、やっぱり違う」
石を握り込んで魔力を通そうとして、通す必要なく結界が展開した。
やっぱりこれ、似てるけど私が作った結界石とは違う。私の精神に反応して発動した。
結界を発動させよう、という意思に反応して結界が展開されたんだ。
「ね、ねえ、もう一個作ってくれる?」
『キャー』
精霊は私の要望に任せておけという様に鳴き、また一つ結界石を作り出す。
出来上がった結界石を少し離れた位置に置き、手を伸ばして魔力を流し込む。
だけど結界石に反応する様子は無く、ただ静かにそこに転がっていた。
発動の意志を乗せてみても一切反応せず、手が触れた瞬間に結界は発動。
ただし次の瞬間今まで展開されていた分の結界と打ち消しあう様に消えてしまった。
継続時間を確認したかったのだけど、これはこれで面白い結果だ。重ねが出来ないのか。
そうか、自身での調整が出来ないから、規模の調整も出来ない。
だから同じだけの力を同じ位置にぶつけあってしまって、そのまま消えてしまうんだ。
攻撃性の魔法石を作った場合、同じ力が無造作にぶつけ合って重ねの威力にならないだろうな。
まだ作ってないので作れるかどうかも解らないし、多分でしかないけど。
「魔力を必要としない結界石・・・あの岩の思考誘導の魔法の応用かな。魔力に反応しての発動じゃなく、持ち手の精神に反応して発動する魔法石になってる。それに触れないと使えないという事は、下手に暴発する心配もない」
精神状態に対応して反応する魔法石は私にも作れる。
門番さんに渡した結界石がそうだし、あれは門番さんの危機には確実に発動する。
ただあれは彼の体内の魔力に感応し、周囲の魔力に感応しないように調整してあるからだ。
それに本人の意思で発動させる事は出来ない。あくまで危機を感知しての自動発動。
これは違う。私の条件付き結界石じゃなく、正真正銘本当の意味で誰でも使える結界石だ。
「現状解っている事は重ねが出来ない事が難点。だけどそれでも誰でも簡単に使える結界なら、強度しだいではかなり良い物・・・お母さんでも持った事無いんじゃ、これ」
いや、私はやり方を知らなかっただけで、もしかしたら出来るのかもしれない。
精霊は何故か楽し気に結界石を量産し始めたので、それを見つつ自分も同じ様に構築していく。
だけど何が駄目なのか、同じ様にしているはずなのに途中で水晶が砕け散った。
「いっ・・・!」
手に水晶の破片が刺さった。痛い。取り敢えず落ち着いて全部抜いて、薬を塗っておく。
一回だけで諦める気は無いともう一度やるも、また同じ結果になった。
それでも諦められずに五回ほど繰り返し、これは私には無理そうかもと結論付ける。
努力の問題だとしても、手も痛いしまだ結界石作らないと駄目だし、今日は諦めよう。
「この子だから、出来る、のかな」
もしお母さんの精霊も出来るなら同じ様に作ってそうだしな・・・。
精霊が手伝いをしてくれる所を見た事は有るけど、基本的にそういうのは実作業だ。
あの魔法の岩自体異様な物ではあるし、それが理由で出来たのかもしれない。
「お母さんなら、知ってるなら教えてくれそうだし・・・」
という事は、私が第一発見者だ。やったー!
ただこうなると気になるのは、この子の仲間も出来るのかどうかだよね。
「それはまた後日確かめれば良っか」
取り敢えず残りの水晶を結界石にしてしまおう。
重ねが出来ないとしても、一定距離までは精霊の結界石も使える。
その分は精霊にお願いするとして、余裕が出た分は休憩しながらゆっくり作ろっと。
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女に言われた通り、何時も見かけるぐらいの早朝に宿の一室の扉を叩く。
暫くすると『キャー』という声が聞こえ、精霊は起きている様だ。
その後ごそごそと動き出す音が聞こえたので、どうやら女も起きているらしい。
「はぁ・・・今からでも逃げるべきか? いや、もう遅いよなぁ」
そんな事を呟きながら待っていると、扉が開かれ女が現れた。
既にフードも被って鞄も持っており、出る準備は万端といった様子だ。
ただ何かやけに大きい包みを持っているのが気になるが。
「・・・おはよう・・・ふぁ~・・・ねむ・・・こえ、持って」
「お、おう?」
女はふらふらしながらその包みを俺に渡し、危なげな足取りで宿を出て行く。
何時もなら俺が前を歩くのを待つのに、珍しく自ら前を歩き出した。
ただそのせいで凄く気になる。目茶苦茶ふらふらしてるんだが大丈夫か。
それに何だか今日は、いつもと違って声が軽い様な。何か様子がおかしい。
「お、おい、調子が悪いのか?」
「・・・んえ? ううん・・・山に行く準備してたら・・・朝になって・・・眠いだけ~」
「だ、大丈夫かよ・・・準備って何してたんだ?」
「結界石~・・・門番さん、怪我させない様に作っておかないと・・・」
・・・え、俺の為の準備?
待って、お前そういう事する奴じゃないだろ。
たとえ思ってても口に出すタイプじゃないじゃん。
普段そういう素直にありがたいと思える事言わないじゃん。
ていうか何で今日そんなに良く喋るんだ。普段全然喋らないし、喋っても短いのに。
「あ~・・・そうら、これ渡しておくね~・・・結界石、門番さんでも使えるからー・・・」
「え、でも、前に使えないって」
「これなら使えるよ~・・・試しに今使ってみると良いよ~・・・」
「あ、ああ、解った」
何だろう、今日のコイツ物凄く調子が狂う。寝ぼけているっぽいせいか?
取り敢えず言われた通り、石に結界を発動させてくれと念じてみる。
すると何か薄い膜の様な物が周囲に出来上がり――――。
「ふぎゃ!?」
――――――女を弾き飛ばして地面に叩きつけた。
サーっと血の気が引く音が聞こえた気がする。
俺悪くない。絶対俺悪くない。悪くないよな!?
「・・・いつつ・・・あれ・・・あ、夢じゃない・・・ごめん、寝ぼけてた・・・起こしてくれてありがとう」
起き上がった女は少し茫然としていたが、俺に顔を向けると立ち上がる。
そして結界らしき物に触れると、おどろおどろしい声で「ありがとう」と言って来た。
・・・すっげえ怒ってる。それは酷くないか。俺お前の指示でやったんだよ?
「・・・取り敢えず、結界解除して、くれる?」
「え、あ・・・えっと、どうやって?」
解除した瞬間何をされるのかと思いつつ訊ねると、女は一瞬考える素振りを見せた。
正直解除出来るとしても、今解除するのが怖いというのは言わない方が良いだろう。
「・・・まだ実験して無いし、力づくで壊してみようか」
「待った待った待った! ちょっと試してみるからそれは最終手段で!」
女が懐に手を入れたのを見て慌てて止め、結界に解けろと念じてみる。
するとすぐに結界は消え、石も砂の様に崩れ落ちた。
あっぶねー。絶対怒ってるだろこの女。俺の考え読んで言ったとしか思えねぇ。
「・・・じゃあ、これ今の結界石だから、いざという時は使って」
「多いな・・・こんなに、良いのか?」
「・・・全部あげる。必要な時は使って」
「わ、解った。使わせて貰う」
『キャー』
「え、使う時は必ず一つ? まあ・・・良く解らないが解った」
一つずつしか使っちゃ駄目らしい。女も頷いているのでそういう物なんだろう。
下手な事をして怪我をするのは嫌なので、指示には大人しく従っておくべきだ。
「あ、そうだ、上からの連絡で、俺が付いているなら街中から絨毯で出ても構わない、と言われてるけど、どうす――――」
「使う」
食い気味に答えられた。そんなに面倒だったのか、街中の移動。
女は早速絨毯を広げて座ると、俺を見上げて待っている。座れって事だろう。
大人しく指示に従って座ると、ふわりと慣れない浮遊感に翻弄されながら空を飛んだ。
流石に掴む所が無いと怖かったので女にしがみつく。
怒られるかもしれないとは思ったが、落ちて死ぬよりはよっぽどマシだ。
暫くそうやって空を飛んでいると、途中で猛烈に帰りたくなった。
だけどここで帰っても悪い事しか起こりえないので、我慢してじっと移動を待つ。
「――――ぐっ!?」
「え?」
するといきなり頭に痛みが走り、女が不思議そうな顔を見せて振り向いていた。
「そうか、魔法が使えないから、耐性が・・・」
何かぶつぶつと言っているのは聞こえるが、頭がガンガンと痛んで入って来ない。
訳の解らない痛みに頭を押さえながら丸まっていると、急にその痛みが消えた。
顔を上げるといつの間にか山林の中に降りており、女が俺も中に入れて結界を発動させていた。
「・・・ここからは歩いて行くね。痛みを感じたら即座に教えて」
「あ、ああ・・・」
女は普段より幾分か優し気で、だけど声音には真剣な物を感じた。
おそらくここはもう危険地帯だ、という事なんだろう。
女の指示に従い、頭に異変を感じる度に報告しながら進んでいく。
その度に結界が張り巡らされていくが、一つずつじゃなくて大丈夫なんだろうか。
いや、貰ったのが特別製と考えるのが妥当だよな・・・上に報告した方が良いよな、流石に。
流石に黙っててばれた時がちょっと怖いし、量が量だし。
取り敢えず報告内容を頭で纏めつつ、暫くするとやたら静かな森の中に入って行った。
生き物の気配という物を感じないのに、草木だけが元気に生えている。
だけどそれも暫くすると前方に草木の無い地面だけの空間が見えて来た。
そしてそこには沢山の精霊が居て此方を向き―――――――。
『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』
――――――一斉に叫んでに散り散りに逃げ出した。
声音は明らかに怯えが見え、意味が解らなくとも女を恐れているのが解る。
完全にパニック状態の精霊達だったが、女のフードから精霊が出てきて説得を始めた。
実際喋っている言葉は解らないので、そういう風に見えたというだけだが。
キャーキャーと何やら会話を続ける事暫くして、全員が一斉に俺に目を向ける。
何事かと狼狽えてしまうが、良く見ると俺の持ってるこの大きな包みに向けられていた。
『キャー』
「え、これ弁当だったの? ああ、解った。開けるな」
精霊に言われて初めて解ったが、包みの中身は大量の弁当だった。
つまりみんなで食事にしよう、という話だったそうだ。
・・・そう。まあ、うん、これで精霊のご機嫌取れそうならそれで良いや。
「・・・すぅー・・・すぅー・・・はっ、良い匂い、あ、私も食べる」
「お、おう、これか?」
精霊が話している間一切反応が無いと思ったら、立ったまま寝ていたらしい。
まあ寝不足って言ってたし仕方ない、のか?
寝不足だと声音が緩く雰囲気が柔らかい様だし、俺としては寝ぼけていてくれると助かるが。
とりあえず精霊が持って行かなかった二つの弁当を渡す。
すると片方を俺に渡して来たので、腹は減ってるのでありがたく頂いた。
ただ弁当にメモが付けられていて、見ると領主と話した事を話しに来いと書かれている。
・・・え、何で態々こんな形で? 直接言えば良いのに。
疑問に思いつつも黙々と弁当を食べる。何時も通り美味い。あの食堂が人気なのが解る。
そして弁当を食べ終わると精霊達が『キャー』と全員揃って声を上げた。
『街に迷惑はかけないからお弁当もっと頂戴』
だってさ。食堂の娘が街の救世主になってんじゃねえか・・・。
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