味覚少年

@Okko_Katsumori

プロローグ


 ニーチェよ。

 お前の「深淵」は言わなかったか。


 「深淵を覗いた気になるなよ」、と。



×××××××××



2003/08/14



 きょうから、まちにまったりょこう。


 おぼんだから、おじいちゃんとおばあちゃんちにいくんだ。


 くるまのなかでねむっていたら、いっしゅんでついちゃった。


 いとこのちーちゃんもきていたよ。


 でんしゃのおもちゃでいっしょにあそんだ。




2003/08/15



 うらのいけには、たくさんの黒いいきものがいる。


 でもおなかが、すごい赤い。


 アカハライモリっていうんだって。


 かゆくなるからさわるんじゃないよ、っておばあちゃんいってた。


 でも、すこしくらいいいよね。


 ちーちゃんとこっそり、いっぴきだけつかまえた。




2003/08/16



 ちーちゃんも、お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、おじさんもおばさんも、いっしょになってトランプしたよ。


 ばばぬきとか七ならべとかしたんだけど、どれもおじさんがかってた。


 たぶんずるしてるよ。


 でもたのしかった。


 明日のひるにはここをでちゃうことをかんがえると、すこしさみしいな。




2003/08/17



 今日のひるにかえるから、ぼくはめいっぱいはやおきした。


 七じだった。


 おとなはみんなおきてなかったけど、ちーちゃんはおきていた。



(塗り潰し)(塗り潰し)(塗り潰し)(塗り潰し)・・・



 ちーちゃんどこっておじさんにきけば、ちーちゃんってだれ? ってかえされた。


 おばさんにも、おじいちゃんにもおばあちゃんにも、お父さんにもお母さんにも、わかんないみたいだった。


 へんなの。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「・・・また懐かしいものが出てきたものだ」


 薄暗いものの、段ボールが山積みになっていると分かる部屋で、男が一人呟いた。


「ちーちゃんを覚えているのは、俺だけ」


 下手くそな絵が添えられた古臭い日記帳をパタッと閉じ、曇り切ったボロボロのクリアファイルに挟む。


「このアパートが取り壊しなんてことにならなければ、もうしばらく目にすることはなかったんだろう」


 フッと微笑を口元に浮かべ、クリアファイルを段ボールに収め。

 ビーッとガムテープを準備し、蓋に貼り付ける。


「あとは、引越しセンターに・・・」


 すっとスマートフォンを取り出した、ちょうどその時。


 ピルルルン♪


 メールの受信音。

 送信元不明。


 書かれるは、待ち合わせ場所と集合時間。


「ったく、こんな時に・・・。俺を軽々しく使うなよな」


 憮然とした表情で「ったくったく、仕事だよ」とこぼしながら。

 ラフな格好から背広に着替え、アパートの一室から出て行く男。



 残された段ボールの数は、小さな部屋にある荷物の相場に比べれば。


 かなり、多かった。

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