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公開講座「英語圏の少女マンガ文化〜日本との比較から〜」の聴講メモ
【括弧内は個人的な補足です。】
2019年6月29日、明治大学で行われた、シンガポール国立大学のデボラ・シャムーン准教授による公開講座「英語圏の少女マンガ文化〜日本との比較から〜」を聴講したメモです。コーディネーター・司会は藤本由香里。
シャムーン准教授は米国東海岸の出身。ビズの出した白土三平の漫画の英語版(『カムイ外伝』?)を読んで、日本の漫画に興味を持ったそうです。現在はシンガポールで日本のポップカルチャーを研究しています。
話の内容は、かつて米英にあった少女読者を対象にしたロマンスコミックを日本の少女漫画と比較しながら語るというもの。日本の漫画では水野英子の作品、特に『ファイヤー!』(1969-71年)を大きく取り上げていました。
以前に『有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(デヴィッド・ハジュー[著]、小野 耕世[訳]、岩波書店)を斜め読みしてたので(きちんと再読したい)、50年代以前の米国にロマンスコミックがあったことは取りあえず知っていましたが、米国では70年代、イギリスでは80年代まで続いてたのは知りませんでした。何となく、50年代のコミックコード導入後、すぐに消えてしまったような印象を持っていたのですが、そうではなかったと。
50年代、米国ではロマンスコミックが栄えていたのに対して、日本の少女漫画はまだマイナー文化でした(漫画の中でも軽視されていた)。ところが70年代になると、米国のロマンスコミックは消えてしまうのですが、日本では「24年組」の活躍など少女漫画が発展を続けていました。
米国のロマンスコミックの始まりについて。1941年に始まる『Archie』はロマンスコミックではありませんが、ロマンス要素を含み、女性読者も獲得していました。最初のロマンスコミックと目されるのがジョー・サイモンとジャック・カービー(キャプテン・アメリカを生み出したコンビ)による『Young Romance』で、1947年に刊行開始されました。続いて、『Young Love』など類似の作品も現れます。『Young Romance』は、50年代始めには月に200万部も売れていたというので驚きです。
米国のコミックはその後ほとんど男性のものになった(質疑応答では「ボーイズクラブ」という表現が出た)のですが、40〜50年代にはそれほど「ボーイズクラブ」ではなかったそうです。
ロマンスコミックを作っていたのは編集者もコミック作家も男性。またサイモンとカービーも二次大戦では従軍しており、つまり作り手の年齢層も高かった。それに対し日本では、編集者こそ男性だったものの、男女ともに十代の漫画家をどんどんデビューさせていました。(質疑応答で話題にあがったが、若い才能を積極的に発掘する動きはなかった?らしい。)
ロマンスコミックの内容はリアリスティックな短編が一般的。『リボンの騎士』のような童話的な世界、あるいは憧れの非日常としての欧米などを描きがちだった初期の日本の少女漫画とは異なっていました。また『銀のたてごと』のような長編のドラマが描かれることもなかったようです。
ロマンスコミックのスタイルはジャック・カービーのそれを踏襲。日本における、戦前の少女雑誌に遡るような「少女的なスタイル」のようなものはありませんでした。
同型のコマが規則的に続くコマ割り。台詞の文字数が多くて、読むのに時間がかかります。(月一のペースで刊行される薄い冊子のコミックを時間をかけて読むのは、男子向けのスーパーヒーローもののコミックと同じ。)
50年代に、精神科医フレデリック・ワーサムの著書『Seduction of the Innocence(無垢への誘惑)』が影響力を持つなど、米国社会にコミックは有害だとする「モラル・パニック』が起こります。コミック業界は自主規制の基準としてコミックコードを定めました。
(その結果、メジャーなコミック出版社で生き残ったのはスーパーヒーローものばかりとなったと言われている。コードを無視したものを描きたければ、小規模でマイナーなアンダーグラウンドコミックとして描くしかないという状況があった。)
日本でも50年代に悪書追放運動があり漫画がバッシングされました(米国の動きと無関係というわけでもない)。しかし日本では、米国のコミックコードのような明示的な規制基準が導入されることはありませんでした。
先に触れましたが、コミックコードの導入後、すぐにロマンスコミックが消えてしまったわけではなく、70年代までは続いています。
それでも結局は滅びてしまったわけですが、その理由をデボラ・シャムーン准教授は三つ挙げています。
一つはコミックコードが価値観の変化についていけなかったこと。70年代にもなるとカウンターカルチャーの影響などもあり、米国社会の倫理観は50年代と比べればずっと寛容になっていました。にもかかわらず、コミックコードは古い倫理観のままだったため、読者の感覚とずれていきました。ロマンスコミックが消えたことに、コミックコードの責任はあるとシャムーン准教授は言います。
この講演で大きく取り上げられた水野英子の『ファイヤー!』(69-71年)は、ロック歌手を主人公にした物語です。この作品では若者のカウンターカルチャーの理想を基本的には肯定的に描いていますが、その理想がそのまま現実に実現できるわけではないという限界と挫折まで描いています。これは米国のコミックコードの硬直とは対照的に、日本の少女漫画は社会の価値観の変化をも積極的に取り込んでいたという事例として取り上げたのだろうと思います。
(ロマンスコミックが滅びたのが「なぜ70年代だったのか」の理由として、カウンターカルチャーによる価値観の変化という要素を考えているようです。)
二つ目の理由は、ロマンスコミックを作っていた男性たちが女性の好みの変化についていけなかったこと。
日本では若い女性の漫画家が描いていたので、少女読者との感覚の乖離は起こりませんでした。
ロマンスコミックが消えた理由の三つ目は、コミックブックの冊子が売られる場が、キヨスクのような売店のスタンド売りからコミック専門店に変わっていったことです。(最近になるまで米国では、コミックは普通の書店ではあまり売られていなかった。薄い冊子タイプのコミックブックは一般の書籍と流通が違う。)
コミック専門店に行くのは男性ばかりで、女性には入りにくい雰囲気があります。逆に見ると、スーパーヒーローものを愛好するような男性読者にとって、コミック専門店はただ買い物をするだけの場所ではなく、濃密な(たぶんオタク的な)コミュニケーションの場だということです。(質疑応答では、現在ではアメコミ映画のヒットもあってコミック専門店に来る女性も増えたという話題も出た。)
もちろん日本では普通の書店で少女漫画を買えますから、こういう問題はなかったわけです。(逆に日本の少女漫画の売り場は男性にとって居心地の悪い空間かもしれない。)
それから、コミック専門店が男性読者たちにとってコミュニケーションの場だということと関連して。
米国では少女漫画読者のコミュニティが成立しなかったそうです。日本では、少女漫画雑誌の読者欄などを通して少女読者のコミュニティが生まれていたのに対し、米国にはそうしたものはなかったとのこと。
これらの理由から、70年代以降、米国の少女は漫画を読まなくなり、映画やテレビ、ファッション雑誌、ポップスターのファン雑誌などに興味を移していきました。
アンダーグラウンドコミックやオルタナティブコミックを活動の場にする女性漫画家もいましたが少数でした。
次にイギリスの話。米国と比べてイギリスの情報はどうしても乏しいのでありがたい。
イギリスでも『Bunty』や『Jackie』と言った十代の少女向けのコミックがありました。毎号100万部売れていた時期があったというから凄い。
イギリスでも、50年代にコミックに対するモラル・パニックが起こりましたが、米国ほど激しいものにはならなかったそうです。イギリスではロマンスコミックが80年代まて生きのびました
イギリスでもロマンスコミックは、やはり男性の編集者・コミック作家によって作られていたのですが、スペインの漫画家に作画を担当させていました。何でスペインなのかというと安いからとのこと。(質疑応答での藤本由香里氏の発言によると、スペインでは比較的長く少女向けの漫画の文化が続いていたことと関係があるかも?)
米国のロマンスコミックはカラーで月一の刊行でしたが、イギリスでは白黒で週刊でした。
興味深い点として、イギリスのロマンスコミックのコマ割りは米国のように規則的ではなく、複数コマにまたがる絵が描かれたり、コマ枠線が消えたりという表現が出てきます。コマの形もわりと自由で、半円形のようなコマもありました。現実的な物語を描き、派手なアクションよりも心理を描かなければいけないという要請から、日本の少女漫画と同じようにシンボリックな表現に向かったのだろうとのことです。
絵柄はリアリスティック。ただし男性作家が描いているので女性の描き方も男性の視点から見たセクシーさで、女性読者には違和感。
ストーリーも古臭い。また、スペインの作家が描いているせいもあるのか、イギリスの少女の流行や時代感覚を捉えることができませんでした。
そのため、読者はコミックから離れて別のメディアに移っていってしまいました。
最後に、英米では少女向け漫画のつぼみがあったけれど、花開くことはできなかったと結んでいます。
質疑応答で出た話をいくつか。
イギリスのロマンスコミックで、フォトストーリー(写真とコマと吹き出しの台詞でできた漫画)があったという話に関連して、参加者からフランスでは今でもあるという指摘。(日本でも昔はあった。別冊太陽の『少女マンガの世界』で見た記憶。マイナーなものとしては案外色々ありそう。)
女性向けの漫画ということについて。
フランスでは、五月革命(1968年)のときに男女で別の媒体を読むのはやめようということになったとのこと。参加者の発言。
女性向けの漫画でロマンス以外のテーマもあったのかという問いに関して、イギリスでは女性向けホラー漫画があったという藤本由香里氏の指摘。
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