After Story 4月9日
「……もうすぐかな」
左手首に巻いた腕時計を見ると、13時前。約束の時間まで後もう少しであり、その間、私は考えていた。
もう、あれから4年が過ぎた。
私は高校を卒業して地元にある医療系の専門学校へ進み4年制の理学療法士科で勉強に励み、来年卒業する。鈴は先月小学校を卒業し、そのまま併設された中学校へ進み、今日が入学式だ。
12時半に学校が終わるという鈴と待ち合わせをしており、昼食を兼ねて鈴とデートに行くことになっていた。
早く会いたい。
つい先日会ったばかりだというのに、待ち時間のこの気持ちだけはいつまで経っても変わる気配がない。
「ましろちゃん」
その時。
後ろから聞き慣れた鈴の声がし、振り返ってみれば真新しい制服に身を包んだ七瀬鈴が私に笑顔を向けている。
出会った当時肩にかかるくらいだった髪を背中まで伸ばしてロングにし、逆に私は長かった髪をバッサリ切ってショートボブにしている。
自分でも切ったことに対する後悔は全然なくて、そこはむしろ鈴の方が残念がっていた。
曰く、「ましろちゃんで遊べる髪型が減った」かららしい。鈴が伸ばし始めたのも、「今度はましろちゃんに髪型をいじってもらう」為らしかった。
髪以外に身長も20センチ以上伸びており、あと数年で追い越されるのではと危惧している。
「待った?」
「鈴。さっき来たとこ」
「そっか。……ねえ、どう?」
鈴はその場でくるりと回って、制服を見せてくる。この姿を見るのは別に初めてではないのだけど、今日という日は鈴にとって特別であり、そのことは私も承知している。
だから言うべき台詞は既に決まっており、
「似合ってる。すっごく綺麗。可愛いよ」
嘘偽りなく、誇張なく。
鈴は綺麗で、可愛らしいのだ。初めて会った時から、その想いは変わらない。
そんな鈴が私と並んで歩いてくれることが素直に嬉しいし、誇らしい。手放すつもりはなく、いつまでもふたりで手をつないでいけたらといつも考えている。
「でしょ? お母さんも似合ってるって今朝言ってくれたの」
「そっか」
鈴は明るくなった。
鈴と鈴の母親の関係は、出会った頃よりも好転しており、それは鈴が頑張ったからだ。
私も何度も相談に乗り、話し合い、幾度となく鈴は泣いて、その都度私が直接話をつけようとも考えたが、鈴はそれだけは許してくれず、結局まだ一度も鈴の母親とは顔を合わせていない。
今となってはそれで良かったのだと思う。
鈴が自分で解決したいと思うのなら、私はそれを尊重したい。
鈴の想いを、大切にしたい。
「鈴はなに食べたい?」
「えっとね……。ピザ!」
「昼間っからピザか。うん、わかった」
そういうことであるなら店には心当たりが有る。
「乗って、鈴」
保護者の駐車スペースとして開放されていたグラウンドに停めていた愛車に到着し、乗るよう促す。
エンジンをかけ、学校を後にし、PLEIADESに向かっているところで鈴が窓の外へ視線を流しつつ呟いた。
「……4月9日か」
「鈴?」
「ねえ、寄って欲しいところがあるんだけど」
「わかった。いいよ」
行き先を一時変更。
私は墓苑へクルマを転がした。
※ ※ ※
「おばあちゃん、
掃除を終え、花立てに花をさし、半紙の上にかりんとうとラムネを置く。香炉に線香を立て、墓石に水を掛け、しゃがみ込み手を合わせる鈴の斜め後方で、彼女の様子を静かに見守る。
中学生になった報告をしたいという鈴の申し出を私は了承し、鈴もまた、私が手を合わせることを許してくれた。
蒼、とは鈴の妹だ。
鈴が5歳の頃に亡くした2歳の妹。
激しい雷雨の中事故によって命を落とし、この墓の下で眠っている。
鈴と母親が互いに距離を間違いだしたのはその出来事があってからであり、以降鈴は妹の死が受け入れられなかった。
事実として、頭では理解している。ただ、幼い鈴にとって妹の死という出来事はあまりに強烈で絶望的で、それは仕方のないことだったのだ。
一瞬前まで隣にいた大切な人が、いなくなる。死ぬ。
それは私にとっては想像すら難しく、鈴がどれだけ苦しかったのか理解できるとは言わない。ただ、わかってあげたい。隣にいてあげたい。
一人でなんでもこなせる鈴であっても、やっぱり誰かと一緒にいたいはずなのだ。
そこに私がいてあげたい。
隣で手を握って、寄り添っていてあげたい。
私の大切な鈴だから。
私の最愛の人だから。
「いいよ、ましろちゃん」
いつの間にか合掌を終えていた鈴が、私に交代を促す。
今日という節目に私をここへ連れて来てくれたことは、きっとなにか意味のあることなのだろう。鈴なりに考えて、私を招いてくれたのだ。
「うん」
そっと目を閉じ、私は心の内に祈った。
※ ※ ※
「ーーでね、今日はお母さん早く帰ってくるんだって。それでね、一緒にご飯食べるの」
「そっか」
ピザを食べ終え、軽くショッピングをし、鈴を自宅へ送り届ける間、鈴は少し嬉しそうに、そう教えてくれた。
「どこかに食べに行こうって言ってくれたんだけど、私、家で食べたいっていったの」
「そっか」
変わった。
鈴は変わった。
向こうから母親の話をしてくるなど数年前なら考えられず、鈴は成長しているのだ。
そして、そんな彼女のおかげで私も変わることができた。
あの日、鈴と出会わなければ、今いる私は存在しない。
再び走ることなく下を向いて歩き、将来の進路だって違っていただろう。鈴がいたからこそ再び走って、全国大会で3位になり、理学療法士を目指して進学できた。
全部みんな、鈴がいたからだ。
「ありがとう、鈴」
「? なんでお礼?」
「ううん、なんでもない」
春の夕暮れ、私と鈴を乗せたラシーンは道の彼方へ消えていく。
遠く空の向こうでは、蒼い一番星が小さく瞬いていた。
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