Rose's Caress Case
水野鋭利
裏路地
見慣れない紅い花が、路肩に咲いていた。
薄汚れた自分の靴にじろじろと視線のような何かを感じたが、グリフィン・コールフィールドは、それを振り払う。
もとより人気の少ない通りである。喧噪も遠く、どこか別世界じみた空気は、爽やかであり、不気味だ。
「それに呑まれてしまうのも、無理はないか……」
遠回りの帰路と、さして綺麗でもないアンニュイな風。それらに浸りながら考えをまとめ、思案する。それが彼の日課であり、哲学だった。
ふと彼は、通りを仕切る冷たい塀に手をつき、背中からもたれかかった。そして、コートの内側を探る。タバコを取り出すふりだ。わざとらしく「あーあ」と上を向いた。
背後から、明確な人の気配を感じたのだ。グリフィンはゆっくりと、それを横目に見る。
やはり、明確に人である。褪せたようなブロンドが風に揺れ、端正な鼻をくすぐった。どこか作り物めいた瞳は、ガラスのように透き通って見えた。小鳥のさえずりに似た何かを発し、やや足早に歩いていた。
――驚くべくは。類い稀な才と観察眼をもって若くしてセレネクール警視庁の検視官に上り詰めたグリフィンにさえも、その人物の職業、階級はおろか、性別さえも読み取れなかったことである。
人影はそのまま、目の前を通り過ぎた。
それがどこかの路地を曲がったか、あまりに遠くに消えたのか、とにかく見えなくなるまで、グリフィンは茫然と立ち尽くしていた。
セレネクールはときに視界も明瞭でなくなるほどの霧の街だ。
それに、連日の変死事件で睡眠もまともにとれていなかった。だからまともな判断ができなかったのも仕方がない。
記憶がここで”フラッシュバック”するたび、そう結論づけることにしていた。
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