301・魔王様、会談後の夜

「ああ……疲れたぁ……」

「お疲れさまです」

(母様、おつかれさまー)


 思わず机に突っ伏すようにべたーっと上半身を伏せて、深い溜め息をついた。

 会談が終わった後、私たちはそのまま館に泊まる事になったのが現在。


 疲れた身体をベッドに預けたくなかったのは、外着のまま眠るのは行儀の悪い者のすることだからだ。

 出来れば早く寝間着に着替えて眠りたいのだけれど……この後はちょっと来客の予定がある。


 だからこそ、こうやって部屋に設置されてる机のところでだれながら待っていると……扉からノックの音が聞こえてきた。


「開いてるわよ」


 私の言葉を待たずに入ってきたのは……セツキだった。


「よう」

「貴方ね……せめて聞き終わるまでは……まあいいけど」


 何を言ってもセツキには届かないような気がしたから、ため息と共にその場を流すことにした。


「お邪魔いたします」

「ティファリス女王、お久しぶりでござる」


 ついでにセツキはコクヅキとカザキリも連れてきたようで、アシュルの方が少しうんざりするような視線を向けていた。


 ……まあ、その気持ちもわかる。

 セツキとコクヅキは私の部屋に押しかけた上、目の前でいちゃいちゃしていた前科がある。

 正直あれは許される行為ではない。今度同じことをしたらセツキにはトラウマになる程の痛い目に遭ってもらう事になるだろう。


 私たち二人がそんな目を向けていることに気づいたセツキは、途端に少し申し訳無さそうな目で私の方を見ていた。


「……悪かったと思ってる。

 だからそんな顔をするな」

「だったら、もうちょっと悪びれることね。

 それで、用ってなに?」


 ちょっとずさんな扱いをしているのは自覚しているけど、悪いのはむしろ向こうなのだから。

 セツキは少し苦笑しながら、カザキリに持たせていた物を手に持ってちらつかせてくる。


 それは……確か桜酒の入っている――なんと言ったっけか。

 樽でも瓶でもなくて……セツオウカにしかない独特な入れ物だ。


 それと盃を二つ持っていて、その様子は『今日はちょっと飲み明かそうぜ』と言っているようだった。


「わかるだろ?」

「……コクヅキとカザキリはどうするのよ?」

「二人にはアシュルとフレイアールの相手をしてもらおうと思ってな」


 次の瞬間にはコクヅキが信じられないようなものを見るかのような顔をしていた。

 この世の終わりを目の当たりにしているかのような絶望に満ちた表情をしているところからすると、彼女には相談の一言もなく、勝手に決めてしまったようだ。


 彼らしいと言えばらしいのだけれど……こういうところは改めないと後が怖いということをしっかり教えたほうがいいだろう。


「……二人共、お願いできる?」

「わかりました!」

(母様、楽しんできてねー)


 こちら側の二人は聞き分けが良くて本当に助かる。

 カザキリは笑顔でアシュルと話している横でのコクヅキの見捨てられた子犬のような目が痛い。


「セツキ、本当に大丈夫なの? あれ」

「……コクヅキ、お前とは後でじっくり時間を取って相手をしてやるから、それまではおとなしくしてくれ」

「お前様、なんてつれないことを……ですがわかりました。

 身を引くことも良き妻の条件でございますから……。

 ティファリス様、セツキ様をよろしくおねがいしますね?」

「ええ、別にやましいことはしないから、コクヅキも二人と楽しんでらっしゃい」


 セツキには甘えたがりの側面を見せながらも、私にはその美しい容姿にあった立ち居振る舞いをしてくるものだから見事だと感心してしまう。

 私の言葉に、コクヅキは頷きながらそっとフレイアールのところに向かっていった。


 彼女はフレイアールの鳴き声がきちんと言葉として通じる人物だし、自然とああいう組み合わせで会話することになったのだろう。

 その後、四人は私たちを置いて、セツキの部屋の方に向かっていくのを確認した私は、セツキと相対するような形で机に座る。


 セツキは早速私の方の盃に桜酒を注いで……今度は自分の盃になみなみと注いだ。


「それじゃ、まずは盃を合わせて乾杯といこうぜ。

 ようやく領土の問題で一息ついたのと……今後のお互いの国の発展に、な」

「ええ、そうしましょうか」


 二人で盃を合わせ、『乾杯』と同時に呟くように言って……セツキの方は一気にその中身を飲み干してしまった。

 私の方はゆっくりと味わうように飲んでいく。


 相変わらず優しい飲み心地に、ふわっと香る桜の匂い。

 鼻と舌で桜の全てを味わっているかのような味わいに、思わず感嘆のため息が出るほどだ。


「相変わらずゆっくりと飲むな。そんなにこの酒が気に入ってるのか?」

「ええ、実に味わい深い逸品だと思うわ。貴方から貰ったのは大事に飲んでいたけど、なくなってしまったからね」


 あれは……そう、丁度セツキと初めて会った時の話だ。

 もう随分と前の話だけど、懐かしい。


 思えば、あれから随分と時間が経ったものだ。

 まさか私がその後上位魔王たちと本格的な戦争をするなんて思ってもみなかった。


「……昔を思い出してたか?」


 こちらの顔をまじまじと見つめながら、セツキはニヤリとしながら私の心を読むかのように話しかけてきた。

 恐らくセツキも同じような事を考えていたのだろう。


 私たちがこうやって酒を酌み交わすのも、その時以来だから尚更だ。


「今では感謝しているわ。

 あの時、セツキが上位魔王として推薦してくれなかったら、私は今頃ここにはいなかったかもしれない」

「はっ、何謙遜してるんだよ。

 例え俺が連れてこなくても、お前は結局ここに来た。そうだろう?」

「……ええ、そうかも知れないわね。

 だけど、今の私があるのは貴方のおかげとも言えるから」


 別に謙遜しているわけじゃない。

 セツキがいなければ、こんな風に今二人で桜酒を酌み交わすなんてことはなかっただろう。

 下手をしたら私がセツキを討っていた可能性だって十分にあった。


 私はこれでも、結構彼には感謝しているのだ。

 ただ、私のところにまで来ていちゃいちゃするのは本当にやめて欲しいところだけれどね。


「だったら、今の俺様があるのもお前のおかげだ。

 パーラスタの攻撃が続いていたら、セツオウカはもっと悲惨な状態になっていただろう。

 ラスキュスと戦った時も、負けはしなかったにしろ、国としての体裁を取れてたかどうか

 ……」


 柄にもないことを言っているように感じるけど、それだけあの時のセツキは追い詰められていたということだろう。

 ……まあ、『負け』はなかったと言っている辺り、自分の実力には相当の自身を持っていることに違いはないのだけれど。


「ヒューリ王との戦いも終わり、上位魔王同士の戦争も一段落した。

 戦いの時は終わり、時代は変わって再生の時に入ったと言ってもいいだろう。

 俺様はな、今後はお前を中心にして世界は回っていくと思っている」


 何を急に……と茶化すようにセツキの方を見たのだけれど……肝心の彼の方は相当真剣な顔をしていたものだから、何も言えずにいてしまった。


「リーティアスはワイバーンを多く従え、生産体制すら確立しつつある。

 そしてワイバーン便……これのおかげで俺たちの暮らしは豊かになっていった。

 今、お前の国は物流の心臓部と言ってもいいだろう。

 だからこそ、こういう話をするのだが……なあ、ティファリス」


 セツキは桜酒を注ぎながらなんでもないことのように話しながら、再び勢いよくあおる。

 よくもまあそんなにかぱかぱと飲めたものだと呆れていると……。


「この世界に、新しい常識を作ってみないか?」


 なんてことをニヤリと悪役みたいな笑い方をしながら言い出してきた。

 結構悪ぶっては見えるし、新しい常識……とは言っているけど別に戦いをしよう、という話ではないようだ。

 一体、彼は何をしようというのだろう?

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