286・終わりを求めて 前編
ヒューリ王が自身を強化してから、戦闘は劇的に変化していった。
あの『聖体闇身・集約』……と言ったか。
あれを使った彼の動きは恐ろしく洗練されていて、残像を生み出しながら襲いかかってくるその姿は、中々捉えきるものではないだろう。
私の『カエルム・ヴァニタス』は自分が念じ、思った通りに剣を出現させる特性を持っているけど、自動で敵を捕捉してくれるような代物ではない。
相手が動くのなら予測する必要があるし、敵が素早い場合は当てるのにそれなりの工夫が必要になってくる。
軽く振るっただけで別の空間から剣が飛んでくるわけだし、隙が出来るほどの攻撃にはならないのだけど……あまり連発するわけにもいかない。
必然的に私の攻撃範囲はぐっと縮まってしまうのだ。
幾度かの攻撃でヒューリ王もそう判断したらしく、自在に動きながら果敢に攻めてきている。
先程太もも辺りにしばらくは塞がらない傷を負ったはずなのに、それを物ともせずに向かってくる彼の姿には称賛しかない。
「『オンブランジェ』」
ヒューリ王が魔法を唱えると、影から黒い翼の生えた人型のなにかが三体ほど出現した。
どこか気品さを感じるそのシルエットは、おそらく空想上の生き物である――天使を模したものではないかと思う。
彼らはその手に弓を携え、矢をつがえて私をじっくりと狙い澄ましている。
私はその『オンブランジェ』で出現した天使たち一体ずつに対して、斬撃を繰り出す……のだけれど、一歩間に合わずに
私が回避行動を取ると、矢はそれに合わせて軌道を変えてくる。
どうやら、これも『マリスハウンド』と同じ追尾タイプの攻撃のようだ。
要は続けて攻撃出来るか出来ないかの違いなのだろう。
矢と共にこっちに迫ってくるヒューリ王は左右にステップを踏むように迫ってくる。
あれは恐らく、私の斬撃の狙いを付けさせないための動きだろう。
ああもはっきりと見える残像を出されながら動かれては、どれが実体なのか戸惑いを覚えてしまうほどだ。
いや、それよりも今は飛んでくる矢の対処の方が先決か。
「『フィロビエント』!」
思った以上に速い速度で飛んでくる矢に対しては、無数の風の刃を飛ばす魔導を使って迎撃。
その間に迫ってくるヒューリ王には、ある程度予測を立てながら『カエルム・ヴァニタス』で次々と剣を出現させていく。
「どうした? その程度で……俺を止められると思うな!」
ヒューリ王は私の剣撃を軽やかに躱しながら、間合いを詰めてきて、一気に斬りかかってくる。
私はそれを剣のつばの部分で受け止め、そのまま弾くように上へ振り上げる。
それに反応して出現した剣は、ヒューリ王の右足を狙ったのだけれど……機動力を先に奪おうとしていた私の考えが読めていたのか、呆気なく飛び退るように回避される。
だけどそれはこっちの好都合……!
「『シャドーステイク』!」
ヒューリ王は私の魔導によって自身の影から飛び出してきた杭に右足が縫い留められてしまった。
「なに……!?」
「ただ攻撃するだけが能じゃないのよ……!
『ガイストート』!」
完全に大地に固定されてしまったことを確認した私は、更に自身の影から再び魂削りの鎌を出現させ、ヒューリ王へと攻めていく。
その間にも『カエルム・ヴァニタス』で彼の周囲に剣身を出現させ続け、『ラジシルド』や『アブソーブシルド』などの防御魔法を気軽に出せないようにした。
「ちっ……つくづく厄介な攻撃方法を持っているな。
『ホーリーフレア』!」
ヒューリ王は私の喚び出した剣を、自身の剣と身体の動きで捌きつつ、『ガイストート』には白く燃えたぎる清らかな炎を現出させる。
それが影の鎌を受け止めて、一気に膨れ上がって白い爆発を周囲に撒き散らしていった。
一瞬、視界が真っ白になるほどの強烈な光。
思わず目を閉じてしまい……再び開けたときには、ヒューリ王が目の前まで迫ってきていた。
一瞬、どうして彼が動けるのか混乱しながらだが、なんとか彼の剣撃を掻い潜って左胸の急所をめがけて突きを放つ。
もちろん、私が今持ってる『カエルム・ヴァニタス』本体には剣身が存在しない。
ヒューリ王だってその事はよくわかっていたはずだ。
だけど、思わず反射で私の攻撃受け止めようとして……背後から飛び出してきた剣が深々と彼に突き刺さった。
「取った……!」
「――と、思っているだろう?」
一瞬、にやりと笑ったヒューリ王は急に全身が黒く染まり、ほろほろと崩れ去っていく。
それを見た私は、嫌な予感がして……咄嗟に身体の急所を守るように身を縮める。
「『神創絶鎧「イノセンシア」』!」
今まで使わなかったもう一つの神創具を発動させる。
これは私自身、『カエルム・ヴァニタス』と併用したことがなかったからなんだけど……改めてそれを実感した。
鎧が顕現されるその瞬間、身体に異常な負荷が掛かるのがわかった。
元々二つの神創具は同時に運用されることを想定されていないからかも知れない。
私が前世――ローランであった時ですら、相当の魔力を持っていく程の武具だ。
『カエルム』の力を解き放った上、『イノセンシア』を顕現させるなんて真似は到底出来なかっただろう。
その事もあって今まで躊躇っていたのだけれど……そんな悠長な事も言ってはいられない。
結果としては大成功だが、改めて使ってみてはっきりと分かる。
恐らくこれは『パライソ』の方とは両立出来ないだろう。
使うなら、一度『カエルム』の状態を封印しないといけないんだろうけど……そこまでする必要はないだろう。
そして神創具である『イノセンシア』を顕現した直後――私は右腕に鈍い感触が伝わってくるのがわかった。
「なに……!?」
続いて聞こえたのは驚愕の声。
闇を纏っていたヒューリ王本人だった。
恐らく、私が貫いたのは彼を模した魔法の人形だったのだろう。
それにしては恐ろしく精巧に出来ていたと思う。
ヒューリ王の刃を、私は『イノセンシア』で顕現した右腕の篭手で防いでいた。
危なかった……もう少しであの剣が突き刺さるところだった。
一瞬ひやひやしたけど、それを表には出さずに強い自分を前面に出す。
「俺の剣を防ぐ……だと……」
「言ったでしょう? 甘く見すぎだと……!」
私は体勢を整え、軽く『カエルム・ヴァニタス』を二度振るい……喚び出された二本の剣が、彼の鎧を砕いて腹を貫いた。
咄嗟のことだったから致命傷に至る部分に狙いを定めることが出来ず、結果狙いやすい腹部に攻撃を向かわせたのだけれど……ようやく彼に深い一撃を与えることが出来た。
「ぐぅぅっ……!」
今度のヒューリ王は本物のようで、腹部から血が流れ出ている。
回復魔法がなんの意味もない以上、この攻撃はある意味致命的と言ってもいい。
それでも足掻くようにヒューリ王は回復魔法を使っては見たけど……傷口の黒く染まった部分からは血が流れ続け、収まることはない。
「くっ……はっ……俺としたことが」
さっきの私と同じだ。
極限の戦いを続けるからこそ、確実に『殺った』と思った時、それが『油断』に通じる。
違うのは、私にはまだ奥の手が残されており、ヒューリ王は既にそれを切った後だった……ということだろう。
「はぁ、はぁ……なるほど、これは不味いな。ならば……」
何かを覚悟するように私を見据え、盾に身体を隠すように構える。
恐らく……最早一切後に引く気はない。
あの目はたとえ刺し違えてでも必ず倒す……そんな覚悟をしていた目だった。
なら、私もそれに応えるつもりだ。
今更彼が出血で倒れるのを待つなんて選択肢があるわけがない。
ここまで来たらとことん……互いが本当に倒れるまで戦い続けるだけだ。
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