279・銀狐の魔王と戦うは、聖黒の男
「……女か。なるほど、見た目はそれほどでもないが、芯のある目をしている」
観察するようにあたしの身体を上から下に見てくるけど、不思議とエルフ族の連中に見られた時の嫌悪感は湧いてこなかった。
本当にただ見てるだけ、だったからかも。
「いつまで、フラフひめさまを視姦してるの!」
ただ、フォヴィの方には嫌な目線のように見えたそうで、少しじだんだ踏みながら男の方に猛抗議していた。
だけど、それをどこ吹く風というようにあたしの持つ獲物に視線を向けて……どうやら値踏みは終わったようだ。
「体つきは微妙だが、獲物は……魔剣の類か。
それで本当に俺とやりあうつもりか? その剣に頼ろうっていうんならやめておいた方がいいぞ?」
「別に。あたしの本分は戦士じゃないもの。
要は、勝てばいいんでしょ」
軽く笑うようにこっちを見る男に対して、あたしも同じように返してやる。
そうすると男の方はなおさら笑みを深めていた。
「はははっ、威勢だけはいいじゃないか。お前、名は?」
「女の子に先に名乗らせるなんて、マイナスね」
「はっ、戦場に男も女もあるか。
だがま、いいだろう。俺はアリュウズ。
ヒューリ王に使える聖黒族の一人だ」
「そう、あたしはフラフ。ティファリスさまの……下についてる銀狐族の魔王よ」
あたしの言葉に男――アリュウズは心底愉快そうに笑う。
それはさっきまでの面白い、とか楽しいとか、そういう風なものじゃなくて……なにか馬鹿にしたような笑い方だった。
「……なにが、おかしい?」
「はっ! 誰かの下につかないと名乗れない魔王に何の意味がある?
そんなものに……なんの意味もない」
「……意味はある」
あたしの言葉にアリュウズは面白そうに目を細めて、緩やかにあたしに歩み寄ってくる。
「ティファリスさまは、あたしを魔王だって言ってくれた。
必要だって言ってくれた。なら、あたしは……あの方が必要としてくれているあたしになる!」
「……いい返事だ。だが、気合だけじゃあ……なにも守れねぇよ!」
アリュウズは剣を構えて、あたしに向かって突撃してくる。
それに対して、ティファリスさまから貰った『
下手に攻勢に出るより、待ち構えて応戦した方がやりやすいと判断したからだ。
アリュウズの鋭い剣閃があたしに向かって放たれて……それに合わせるように応戦する。
「『クイック』!」
大柄の割に素早い身のこなしで剣を振る彼についていくには、あたしも魔法を使って少しでもついていけるように頑張っていく。
互いに剣を交え……刃が重なった瞬間、アリュウズが持っていた剣は呆気なく半分になってしまった。
「なっ……!?」
「『フェイクヴィジョン』!」
そのままあたしは相手に偽物の未来を見せる魔法を唱える。
一度自分で受けたことがあるけど、これは敵が様々な角度から攻撃してくるかのように見えてくるのが特徴だ。
術者本体はなにもしてなくても、魔法にかかった者は左右から同時に。
上から下からと、どれが本物か判断がつかなくなる。
今のアリュウズも、偽物のあたしが襲いかかってくる未来を見て、戸惑っているはずだ。
しかも剣は半ば斬り捨てられて……余計に精神が不安定になってるに違いない。
こうなったら銀狐族の独壇場だ。
「なるほど、確かに戦士じゃねぇな」
アリュウズが放ってきた斬撃よりも明らかに劣る一撃も、今の状態でなら当てることが出来るはずだ……!
あたしは出来る限り力を抜いて、自分でも出せるだけの最速の一撃を放つ。
普通の剣なら誰も傷つけることが出来ないくらいの軽い攻撃だけど、『
力を込めなくてもこの剣は容易く全てを両断してくれる。
それをアリュウズもさっきの攻防で身を持って体験したからか、あたしの間合いから遠ざかろうと後ろに下がりながら魔法を唱えてきた。
「『シャドウランス』!」
アリュウズの影から鋭い槍がこっちに向かって飛び出してきて、それを防いでいる間に、彼は更に遠ざかって……例え『クイック』で詰め寄ってもこれじゃ届かない……!
「なるほど、これが銀狐族の魔法ってわけか。面白い」
どうやら『フェイクヴィジョン』の効果も切れてしまったようで、あたしの姿をしっかりと見定めているようだ。
アリュウズはどうやらあたしの隙をついて近距離まで潜り込もうとしているようで、その鋭い眼光があたしを睨んで動きを探っている。
「『マリスハウンド』!」
複数の黒い狼のような形をした魔法が群れをなすように形成されて……一斉にあたしの方に向かってきた。
まっすぐこっちに来るだけだから避ければなんとかなるかな? と安易に考えたけど、どうやらそう上手くはいかないようで……。
「追ってくる?」
「そいつはお前に食らいつくまで地の果てであっても追いかけていくぜ」
にやりと笑って答えてくれるのはありがたいけど、本当にどんな風に避けても襲いかかってくる。
全く、厄介な魔法だ。
剣で斬りつけた『マリスハウンド』は簡単に斬る事ができたできたんだけど、数が多すぎる。
いくら『クイック』を駆使しても対処出来るような数じゃなくて、腕に足にと今にも噛みつきかからんとしている。
「厄介……『ヒートヘイズ』」
咄嗟に身体に炎を纏って、それを囮にして逃げる準備をするんだけど、それからどうするかが中々思い浮かばない。
なにせ、こっちは魔法で直接攻撃する手段が限られてる。
もちろん、『アースニードル』とか『ファイアランス』とか一般兵でも使える魔法くらいなら、あたしも使える。
だけど、それがアリュウズに効くか? と言われたら否定せざるを得ない。
防がれて攻撃されるのがオチ。
ひとまず『マリスハウンド』の狼たちは纏った炎に噛み付いてきて、あたしの身体は炎の中にかき消えて、後ろに下がることに成功した。
噛み付いてきた狼たちはあらかたそれで対峙することは出来た。
残ったのはなんとか『
「? 一体どこに……」
「こっちだよ!」
声のした方向を見ると、既にアリュウズが拳を振りかぶっていて……とてもじゃないけど防御が間に合わない。
魔法を唱えてる間にも殴り飛ばされるほどの距離。
歯を食いしばって耐える姿勢を取ったあたしは、そのまま思いっきり顔面を殴り飛ばされてしまった。
「ぐっ……う……」
「……ははっ、なるほど。強いな」
拳を振り抜かれるのと同時に顔と上体を逸らしたあたしは、そのまま体勢を整えて再び攻撃を仕掛けていく。
こっちが全く怯んでないことに驚いていたけど、今は痛いとか、苦しいとか言ってられない。
「それより……余所見してて、いいの?」
「なに?」
アリュウズは訝しむようにあたしを睨んでるけど、それはすぐにわかるようになる。
すぐ後ろ。
今までこっそり『シャドウハイド』っていう対象の影に隠れる魔法を使って、あたしの影に潜んでいたフォヴィが姿を現して、魔法を唱えようとしていた寸前だった。
この魔法、無機質なものには隠れられないし、影に潜むには対象の許可が必要な上、何らかの理由で影がなくなるとすぐに効果が切れる……と制限が多くて面倒なものなんだけど、こんな風に陽の射した見通しのいい場所だったら十全に力を発揮してくれる。
「『ファイアランス』!」
「ちっ……」
目の前まで迫っての『ファイアランス』。
これは相当効くはずだ。
「なめるなぁぁぁぁっ!」
だけどあたしの予測はどうにも甘かったみたいでアリュウズは左腕を払って『ファイアランス』を薙ぎ払うように防いでしまう。
相当熱いだろうに、全くその戦意を衰えさせず、むしろ愉快そうに笑っている……。
こんな男に、本当に勝てるのだろうか?
そんな迷いが一瞬生まれるけど、それでも、諦めたくなかった。
今のままじゃ……昔とは変わらない、情けなくて弱いあたしのままだから。
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