258・中央を統べた竜

 随分と時間はかかったが、フェーシャとの会談が終わり、それらを整理するためにもう一度ケルトシルの客室で夜を過ごすことにした。

 そしてその次の日……私はそのままワイバーンに乗って帰ることに。


 本当であればもう少し滞在しても良かったんだけど、せっかくフェーシャとノワルが一緒になったのだ。

 あまり城の中にいるのもはばかられるというものだろう。


 ……単に会う度に甘ったるい雰囲気を纏われても困る、というのもあるんだけど。


 アシュルは名残惜しそうにしていたけど、こればかりは仕方ないことだと割り切って欲しい。

 それに……ケルトシルにいる間も考えていたことにようやく結論を出した、ということもある。


 だからこそ彼らが動き出す前に……私はもう一度、あの竜人族の王に……レイクラド王に会うことにしたのだった。






 ――






 リーティアスに戻った私は、すぐさま応接室にレイクラド王を呼んだ。

 未だ彼の処遇を決めかねていた私は、とりあえず軟禁という形ここに滞在させ続けていたのだ。


「失礼するぞ」

「ええ、入ってちょうだい」


 相変わらず魔王としての威厳たっぷりのその佇まい。思わず見習いたくもなってくるのだけど……その姿はどこか哀愁漂っているような気がする。

 それは彼が敗戦の王であるからこそ感じるようなものなのだろう。


「わざわざ呼んでごめんなさいね」

「構わぬ。我は既におぬしらに敗北した身。その上こうしてある程度自由に出来る立場にあるのだからな」


 ふっ、とどこか寂しそうに笑いながら、彼は私に促されたまま席に着く。

 そのままリュリュカがお茶を持ってきてくれて、お菓子と共に並べてくれた。

 こういう時の彼女の機転の良さは本当に素晴らしいと思う。


 問題は常にこうではない……という点だけどね。


「で、わざわざ貴方を呼んだわけなんだけれど……レイクラド王――」


 要件を告げようとしたところ、なぜかいきなり手で制されてしまって、私は思わず口をつぐんでしまった。


「『王』は要らぬ。最早国から追われた身。ここで王と呼ばれても虚しいだけだ」

「……そう。それじゃあそうさせてもらうわ。

 それで、レイクラド。貴方には今回の戦いに共に参加して欲しいの」


 私の言葉にレイクラドは驚いたように眉根を動かしたけど、肝心の表情はそのままを貫いている。

 流石歴戦の王、とでも言うべきだろうか。

 物事の整理をつけ、覚悟を纏った彼は表情一つとっても揺るがないように見えた。


 やはり、下手な嘘をついた途端に見破られてしまうだろう。


「我の力を借りたい……そう言うか」

「その通りよ。嘘を吐いても仕方ないから正直に言うわ。

 ヒューリ王の軍勢が今南地域に入り込んでいるの。南西のこちらか……南東のセツキか……どちらに行くかはわからないけど、少なくとも彼が南地域を抑えようとしているのは間違いないわ」

「……であろうな。北は我が手痛い損害を与えた。そして中央――セントラルでは上位魔王と呼ばれる存在は既になく、ヒューリ王に敵う者はそこにはおるまい。

 となれば、南西・南東の地域に兵士を差し向けるのは当然のことであろう」


 流石にレイクラド。状況の判断が早い。


「だからこそ、貴方の力を借りたいのよ」

「……要件はわかった。しかし、それは容易く受け入れられる事柄ではない。

 我はそちらの陣営に戦いを挑んだ身。それがなぜ、共に戦おうと決断できようか」


 彼なら恐らくそう言うと思っていたし、もちろん私も最初は彼を戦線に加えようとは思わなかった。

 しかし、今は少しでも戦力が欲しい身。


 レイクラドが戦いに加わるのであれば自然とライドムもこちら側の陣営に加勢してくれる。

 上位魔王と契約スライムがもう一組……これ以上心強いものはない。


「確かにそうね。でも、もしこちら側の陣営に手を貸してくれたらドラフェルトはそのまま貴方に返還する……そういう条件ではどう? もちろん、こちらの支配下に収まってもらうから監視役は派遣させてもらうけど……そう悪い条件ではないはずよ」

「……仮にこちらが承諾したとしても、いつそちらの背中を斬るかも知れぬぞ?」

「貴方はそんなことしないわ。誇り高い竜人族の長であり、国の王である貴方ならばね」


 これが他の王……例えばかつて戦ったアロマンズなんかだったら平気でそんなことを仕出かしそうだけど、彼のような人物だからこそ信用できる。

 自身と契約スライムが敗走したと同時にドラフェルトには降伏させるように手はずを整え、被害の拡大化を防いでいた彼だからこそ、こちらを背後から襲うような真似はしないだろうと断言できるのだ。


 だが……もし万が一私の期待を裏切ってそんなことをしたときには――。


「それでももし、私の方に攻撃を仕掛けてきた時には、少なくともドラフェルト軍の兵士たちは全て消えてなくなるくらいの覚悟はしてもらうことになるわ。

 貴方が戦線に加わる……ということは当然、ドラフェルトの兵力を当てにしてのことなのだから」

「……脅しを掛ける、と。そういう風にとっても構わぬ、ということか?」

「自由にとってもらって結構。もちろん、断るというのなら今まで通り変わりなく……ということになるけどね」


 戦いたくない……というのなら仕方がない。

 無理強いしたって意味がないし、彼が断るというのなら現状維持。

 ヒューリ王と戦うのは私たちだけ、ということだ。


「なぜ我を当てにする? 我は……」

「それは貴方が多かれ少なかれ後悔しているように見えるからよ。世界を混乱させるやり方をしてしまったことに罪の意識を感じているようにも見えた。

 それに……今回の戦い、犠牲を少なくするためには貴方の力が必要になるような気がしてね。

 私は自分の勘を信じる。ヒューリ王がなにかをするというのなら、私も自身に出来る最大限のことをする必要がある」


 レイクラドは何も言わずただ私の方を見つめていた。何かを探るように。

 しばらく無言の時間が訪れ、ただ視線を交わし合うのみ。


 そして……やがて折れるようにレイクラドは深い溜め息を一つついた。

 緊張を吐き出すように、何かを想い、納得するように。


「なるほど。これは……」


 小さくなにか呟いていて、辛うじてその言葉を聞き取れたけど、そのままレイクラドは私から視線を外して俯いてしまう。

 しかしすぐに彼は何かを決断したかのように私の方を見て……口を開く。


「我に出来ることなら、何でもしよう。

 だからこそ、約束して欲しい。ドラフェルトの民だった者たちの生活を……。

 彼らは元々戦争などというものとは縁遠い無辜の民たちなのだから……」

「それは貴方に言われなくてもきちんと保証しましょう。

 もちろん、全て今まで通り……というわけにはいかないけれど、少なくとも最低限の食事と生活は提供するわ」


 戦争の犠牲になるのはいつだって民たちだ。敗戦した国の民を好きにしてもいい……そんな吐き気がする考え方が蔓延している国だってある。


 だからこそ、私が関わった国の民たちにそんなことをしたくもないし、させるわけにはいかない。

 睨む……とまではいかないが、強くレイクラドを見ると、彼の方は納得するように目を閉じ、頷いていた。


「わかった。ライドムにもこの旨、伝えてくれ。

 我は……再び罪を犯そう。例えそしられ蔑まれようとも、全ては……民たちの為に」


 どうやらレイクラドはこちら側に着くことを決意してくれたようだ。

 未だ不安は残るかも知れないが……それでもそれ以上に彼らは私の助けになってくれるだろう。


 これでまた各国に色々と報告することが増えたな……なんて感じてしまったけど、そんな事はこの大きな局面を切り抜けることさえ出来れば些細なことだろう。


 犠牲が少なくなるのだったら、それに越したことはないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る