176・魔王様、戦いに赴く

 みんなと会議をした日が過ぎ、その次の日……。

 とうとう私達はリーティアスを出発する日が来た。


 館の外、開けた場所に私とナローム、フレイアールの他に会議に集まったみんなが全員集合していた。

 特にアシュルなんかは泣きそうな目でこっちを見ているけど……どれだけ私と離れるのが嫌なんだろうか……。

 なまじ自分が守ると認めたとは言え、諦めきれないのだろう。


「それじゃ……えーと……」


 本来であればここで後はよろしく。とでも言う所なんだけど……そのままフレイアールの方に注目する。

 聞いた話ではこの子がワイバーン以上に大きな竜に変化して、こちらに来ていた軍勢を根こそぎ焼き払ってきたらしいんだけど……どうやって大きくなったんだろう?


(? 母様どうしたの?)

「いえ……フレイアールはどうやって大きくなるのか気になってね」

(んー……ちょっと待っててね!)


 ぐーっと体を大きく広げて丸まってを二回くらい繰り返したかと思うと、魔力がフレイアールを中心に集まってくるのがわかる。


『【化身解除】!』


 お、おお……おおおおおおお!!

 い、今フレイアール喋った! ちょっと子どもっぽい少年の声のように聞こえるけど、どっちかというと少女寄りの中性みたいな声がした!


「二人共なに驚いてるんだ?」

「竜が喋ることなど、まずないからな」

「あん? だがよ、竜人族は喋ってるじゃねぇか」

「彼らはフレイアールのように純粋に竜と分類される種族ではないだろう。あくまで竜『人』なのだからな」


 ナロームとルチェイルの会話にはっと我に返った。

 よく見るとアシュルの方もあ然とした様子から持ち直したようで、ぶんぶん頭を横に振っていた。


 まあ当たり前だろう。アシュルもフレイアールが言葉を出すなんて思っても見なかっただろうしね。

 ……というか、喋ることすら驚きなのに、このうえ姿まで変わるんだからもはや言葉もない。


【化身解除】と唱えたフレイアールの姿が眩い光に包まれて……姿形がどんどん変わっていって――光が止んだ時に現れたのは、巨大な……とても大きな竜の姿だった。


 鱗はまさにクリムゾンレッドと呼ぶのに相応しい燃え上がるようなそれは、艶めかしさすら感じるほどだ。

 肩・胸・腹部から尻尾にかけての内側全般は陽の照り具合から光り輝くように見えるが……影の部分はまるで闇の底のように鈍く艶めく重厚な黒。全体的に小竜だった時のフレイアールの上位互換と言った感じの姿で、色合いにより深みと味が増している。


 しかし小竜の時よりも迫力が段違いだ。ワイバーン三体分以上ありそうな程の大きさで、その姿はより雄々しく、よりたくましく育っている。

 まるで天を突くかのように、地に根を張り巡らせるかのように……言葉にはし尽くせない程の雄大な姿だった。


 ああ、こんなにも立派になって……思わず涙が出てきそうになってきた。

 顔も今まで見たどの竜よりも一番かっこいいし、私の方も鼻が高い。


「フレイアール、すごいじゃない! ここまで……ここまで素晴らしい姿に成長して……」

「あれを『成長』で済ませられてしまう辺り、ティファリス女王の器のでかさを感じるな……」

「あ、ああ……あの小さい子竜がこんな大きな姿になってしまうなんてな……何度見ても慣れん」

「じ、自分もこれには驚きっすよ」


 私が目を輝かせながらフレイアールの立派な姿を見ているのに、なんで彼らはそんなに困惑そうな顔をしているのだろう?

 私としてはここまでの成長を遂げてくれたフレイアールに、むしろ感謝したいくらいだ。


「アシュルもそう思うわよね?」

「はい! 本当に立派になりました! 姉である私も誇らしく思います!」


 良かった。やはりアシュルは私と同じで、フレイアールのその姿を心より嬉しく思ってくれたようだ。


『我が母、我が姉よ。それほどまでに喜びを祝福してくれるとは……我も感謝の念が絶えませぬ』

「……え?」


 い、今なんて言った?

 私の聞き間違いじゃなかったら、フレイアールはなんだかやたらと渋い声で尊大な言葉遣いをしたと思ったのだが……。


『済みませぬ、我が母よ。この姿になるとどうにも『念話』が上手く扱えず……その上、我の思考とは別に口を紡いでしまう始末。これも全て、我の不徳の致す所。我が母が望むのならば、いかような処分も甘んじて受けましょう』


 いかなる処分も……って別に私を見下したような態度を取ってるわけでもないし、そこは良いと思うんだけど。

 私の態度があまりにも違いすぎたせいか、途端にしゅんとした様子で私を見つめるフレイアール。


「別に構わないわ。むしろこの姿で前の話し方のままだったら……そっちの方が問題だからね」

「あの姿で『母様ー、ぼくこんなに大きくなったんだよー』なんて言われてしまったら、違和感すごいですものね」

『む……我が姉よ、我はそんな声ではありませぬぞ』


 小さい方のフレイアールの声真似をアシュルに対し、似てないと抗議を挙げているというのが現状だ。

 まあ、私もあまり似ているとは思わなかったけどね。


「あのー……早く行かなくていいのですかミャ?」

「はっ、そ、そうだったわね……」


 フレイアールがあんまりにも色々と驚くことばかりしてきたものだから、ついつい。


「それじゃあ、みんな。後は頼むわね」

「はいですミャ!」

「ティファさま……早く戻ってきてくださいね……!」

「ティファリス様の留守、必ず守ってみせます」

「自分らに任せて、頑張って来てくださいっす!」

「ここはお任せください」


 それぞれがそれぞれの形で言葉をかけてくれるのを背に、私はフレイアールに乗り込んだ。


『おお……おお……我が母が我が背中に……! この時を幾度となく夢見たことか……! 我は今、至福の中にいる……!』


 フレイアールの背に乗った瞬間、まるでむせび泣くように感極まった声が聞こえてきた。

 どれだけ感動しているんだ……とも思ったけど、よくよく考えたらフレイアールは私がワイバーンに乗ることに対し、あまりいい感情を表したことがなかった。


 ずっとフレイアールは私のことを背に乗せたかったのだろう。

 その事から考えたら、この子の念願叶ったと言うべきなのだろう。


 しかし、私一人だけを乗せたかったのか、ナロームが乗り込んだ時は若干不満そうな気配を感じ取った。

 恐らく私とアシュルじゃないと気づかない程だろう。

 念話が使えたら間違いなく文句言っている光景が目に浮かぶほどだ。


『……準備はよろしいですか? 我が母よ、しっかりと掴まってくだされ!』


 ナロームのことは完全放置のフレイアールは、その体をググッとかがめたかと思うと、一気に飛び上がり、そのまま南西地域とセントラルの境目……現在で言えばセルデルセルの方に向けて飛んでいく。


 これは……すごい! いつも以上に景色がびゅんびゅん過ぎ去っていって、まるで凄い勢いで流れ落ちる滝を真横から眺めているようだ。


「さすがフレイアールね……ワイバーンよりずっと速いわ!」


 思わずそう言ってしまうほどの速さ。

 我ながらはしゃぎすぎているとは思うが……こればっかりは仕方がない。

 それだけこの子が成長した姿に感情揺さぶられたのだから。


 だけど……まさかその日の内につくとは思わなかった。


「マジかよ……こんなに速いとはな……」

「フレイアール、貴方大丈夫? 疲れてない?」

『我が母よ。これくらいのこと、我にとっては造作もないことです』


 これといって疲れてる様子が見えない。

 これなら……うん、ちょっと変えてもいいだろう。


「ナローム、もうちょっと荒っぽくなっても大丈夫?」

「ん? どうした? 女王さん」


 不思議そうな顔をするナロームに向かって、私はちょっといたずらっぽく微笑んでやる。


「フレイアールがこれだけ速いなら……直接イルデル王の軍を探し出して急襲してみるのも、ありだと思わない?」

「へえ……面白そうじゃねぇか。大丈夫なのかい女王さん?」

「当たり前じゃない。大丈夫じゃなかったらこの人数で戦いに行こうとなんて思わないわよ」

「ははっ、ちげぇねぇ」


 にやりと含みのある笑いをするナローム。

 フレイアールの速さをもってすれば、一日二日程度であればイルデル王の軍を探しに行っても大丈夫だろう。


「フレイアール、大丈夫?」

『問題ありませぬ。我が母が望むのであれば、彼奴らを必ず見つけ出して、裁きの炎を与えましょう』


 喜色満面といった声音のフレイアールはグンと速度を上げ、イルデル王の軍を探しにセントラルを北上していく。

 ――待っていなさい、イルデル王。必ず貴方に目にものを言わせてやる。

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