147・巻き起こる戦い

 ――ティファリス視点――


 フレイアールに言われてやってきたわけだけど、まさかこんなことになっているとは思わなかった。

 なんの説明もなかったから一体何事かと思ってやってきたら……ワイバーンが泡吹いて倒れてるんだから驚いた。

 知らない男どもが倒れてるから、大体状況はわかったんだけど……困ったことに最初の『リ・バース』では完治しなかったんだよなぁ。

 どうやら毒と一緒に呪いの類を掛けられていたようで、身体を治癒するだけのイメージでは回復することが出来なかったというわけだ。


 再度しっかりとしたイメージをもって『リ・バース』を掛けたら完全に治ったようだった。


 ……まあ、とか思ってると馬鹿が『隷属の腕輪』をつけられたいろんな種族を引き連れて襲いかかってきたわけなんだが。

 私が『リ・バース』を使ってる最中に出てこなくて良かった。流石に見られてたら口封じも視野に入れないといけなかっただろうからね。


 そして現在――私はフワロークと緊急的な話し合いを設けることになってしまったというわけだ。


「まさかあたしの国に堂々と奴隷を持ち込んでくるとは思っても見なかったよ。しかもそれでラスキュス女王のワイバーンに毒を盛るなんて……」


 若干顔を青ざめながら下を向いているようだったが、まあ気持ちはわかる。

 というか今もっとも心配すべきことは私の方だろう。


 まず間違いなくラスキュス女王の責任追及は私の方に向いてくるだろう。

 毒を盛られたけど、治しました! じゃ済まないのだ。


 でも毒、盛られちゃったよね? みたいなことを言われれば、借り受けてる身からしたらなんにも言えない。


『だったら身体で払って貰おうかしらねぇ』


 なんて言いながらにこやかに迫ってくる図が容易く想像出来る。

 ……もっとも、それで済むのであればある意味安いものなんだろう。下手をしたら国として責任を取らなければならないところを、個人の――私のまあ、そのなんだ……『初めて』と引き換えになるのであれば。


 いや、だからといって気軽に「はい、どうぞ」とか言って渡したくはない。

 私にだって越えたくない一線というものがあるのだ。


「……黙っておくって考えはだめ?」

「さ、さすがにそれは……」

「まずいでしょうね」


 私の画期的アイディアにフワローク・マヒュム両王からダメ出しを受けてしまった。

 しかし、下手に報告してもなぁ……。


「『隷属の腕輪』を使っていた魔人族の男たちはどう?」

「……さっぱりなんだよねー。あいつらに命令を飛ばしてた男はエルフだったり猫人だったり……巧妙に隠されていてこれ以上聞き出しても無駄って感じが」

「手口から言って悪魔族のそれなんですけどね。私の方もよくやられました。基本的に彼らは身を潜めてますので、端から捕まえてもキリがないんですよね」


 二人して暗いことを言わないでくれ! これには私の貞操が掛かっているかもしれないんだぞ!?

 と内心でもやもやするんだけれども、さてどうしたものか……。


「素直に謝ったほうがいいのではないかと思いますけどね……。

 ラスキュス女王も器の小さな方ではありませんので大丈夫だとおもいますよ」


 それはマヒュム王が『夜会』の時に彼女の脅威に晒されてないから言えるセリフ……なのだが、彼の言うことにも一理ある。

 よくよく考え直せば、スロウデルに滞在していた時だってなんだかんだ言って添い寝だけでなんとかしてくれていた。


 初体験以外だったら……我慢して手を打つのもありかもしれない。


「ちょ、マヒュムなんてこと言うの! ああ、ティファリスがなんだか諦めかけてる!」


 フワロークが私に気をしっかり持てと身体を左右に揺らしまくってくれるけど、具体的な案がないんだから妥協案で納得するしかないだろう。

 そんな風にラスキュス女王にワイバーンの件をどう報告しようか……私達に貞操をどう守ろうかと試行錯誤していたら、慌ただしくアシュルが扉を開けて入ってきた。

 ここは私の城じゃないというのに、無作法なことして……それだけなにかまずいことが起こったのか? と思っていると、私が考えていたことよりずっと頭を抱えそうな事を口にしてきた。


「ティ、てぃてぃティ……ティファさま! あ、のあのあのあの! り、りーてぃあすが……」

「アシュル、落ち着いて。はい深呼吸」

「は、はい。すーはー……すーはー……ってそんなことしてる場合じゃないですよ! ティファさま! リーティアスが侵略されてる可能性が……」


 へー……リーティアスが……って、リーティアスが!?






 ――






 アシュルからもたらされたのはリーティアス――というより南西地域が侵攻されているらしいという情報だった。


『アクアディヴィジョン』による分身を一体配置していたそうだが、あれは確か相当魔力を使うとぼやいていたやつじゃなかったか?

 そんな風に思っていると、全く操作出来ない代わりに存在を保つのに必要最低限な魔力だけを流す待機状態を編み出したのだとか。

 もちろんそれでも距離が離れれば離れるほど魔力の消費が大きくなるらしく、南東地域にいたときならともかく北地域では魔導がロクに使えないほどらしかったとか。


 やっぱり使い勝手は良さそうだが、燃費が悪い魔導だ。だが、今回はそれのおかげで助かったとも言えるのだけど。

 操作できないのならば発動させておく意味がないのではないか? とも思うものだが、アシュルの話では存在自体が重要なのだそうだ。

 リカルデとケットシーに緊急事態が――国が侵略を受けるほどの事態が万が一起こった場合、『アクアディヴィジョン』で作られた分身を消して欲しいと頼んでいたそうだ。


 分身は必要最低限とはいえ、アシュルの魔力によって存在を保っている。つまり常時アシュルと繋がっているわけだ。

 これが突然消えるということは、いきなり魔力による繋がりが切られるということだ。だからこそ、リーティアスが侵略を受けてる可能性があるとアシュルが判断したわけだ。


 問題は、今どこまで被害を受けているか……この一言に尽きる。

 アシュルがわかることはあくまで分身との繋がりが切れ、リーティアスが緊急事態に陥っているということだけなのだ。


 困ったことになった。

 ワイバーンは毒を盛られるし、リーティアスは非常事態だし……もうどうしようかな、これ。


「話はわかったよ。ティファリスはひとまずリーティアスに戻ったほうがいいかな。ワイバーンでも北地域から南西地域まではそれなりに時間がかかるからさ」

「戦いとは水物といいますからね。どこの誰が攻めているのかはわかりませんが、国内の状況を掴めないのでしたら一刻も早く戻ったほうがいいでしょう」


 フワロークとマヒュムがこうも言ってくれてるみたいだし、その言葉に甘えて戻ったほうがいいだろう。

 なのだけれど、今はまだラスキュスからワイバーンを借りている。……が、いくら『リ・バース』で完全回復を遂げたとはいえ、私とアシュル以外はそれを知らない。

 なら……二日、いいや一日だけでもここに留まってワイバーンの体調に万全を期すべきだろう。

 本当なら今すぐ戻りたい。リーティアスから出る時に感じた胸騒ぎがこれなんだとしたら、今攻めてきているのは恐らく上位魔王……私と敵対しているということを考慮するとフェリベル王かイルビル王のどちらかか。


 恐らく南西地域全体に攻めて来たのであれば、複数の魔王が同時にって可能性も十分あるし、そうなれば他の国は各個防衛。リーティアスも援軍を受けられずに孤独な戦いを強いられること間違いない。

 なにしろ私達はロクに共同訓練も行ったことがないし、各国の軍事力は知っていても連携はまず取ることが出来ない。


 連携の取れない連合軍なんて烏合の衆と同じだ。指揮系統が複数あっても混乱すること間違いない。

 なら、リカルデ達はそれぞれの国を防衛するという手を必ず取ってくるはずだ。


 と、なれば問題は敵の規模。侵略してきている上位魔王がどれだけ本気で私と敵対する意思があるか、だろう……が、こればっかりは予測出来ない。したところで不安が心に募るだけだろう。


「ありがとう。ワイバーンの体調の事も考えて……せめてもう一日、ここで休ませて万全を期したいと思う。

 あの子達はラスキュスから借り受けている大切な子達だから、これ以上何かあっても困るしね」

「そう……だね。下手にワイバーンを酷使して今度は倒れたりしたら、それこそラスキュスに何言われるかわかったものじゃないものね」


 二人で乾いた笑みを浮かべ合う私達は、やはり同士ということだろう。

 さて、これが終わったらナロームとルチェイルとの話しをする必要があるだろう。


 一応ラスキュスが私のためにつけてくれた護衛だし、まず間違いなくついてきてくれるだろう。

 ならば彼らも戦力として考えられるわけだし、最悪彼らには先行してもらわなければならない。

 私が聖黒族の力を奮う事態になることを防ぐためにいるわけだから、不満はあれど引き受けてくれるだろう。


 今はただ焦りばかりが先走りそうになるこの体を押し留め、万全を期すことにしたのだった。

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