85・決闘、スライム同士の前哨戦 後

 ――カザキリ視点――


 拙者の挑発のったのアシュル殿がさっきよりも強い意思でこちらを見てきているでござる。

 これは中々いい闘志でござるな。ばしばし思いが伝わってくるでござる。


 いやはやまっこといい気迫でござるな。それでこそ挑発した甲斐があったというもの。

 だが、それでも本気にはならないでござるか……隠されているであろう奥の手を引っ張り出そうと思っていたでござるが、どうにも闘志を高めるだけで空回ったでござるな。


 しかし、これはこれでいい。拙者はスライムであって純粋な鬼族ではないでござるが、鬼神族のセツキ王と契約したスライム。鬼族と同じくらい強者との戦いが好きなのでござるよ。


 アシュル殿はまだ強くなる。その能力の全てを見せてもらうでござるよ。


「任せられぬというのであれば、その証拠、見せてみるでござるよ!」

「言われるまでもありません!」


 アシュル殿の剣が先程よりも尖った鋭さを纏い、拙者に向かって力強い一閃を繰り出してきたでござる。

 あくまで拙者のこの刀を抜くのを待っているのでござるな。最初の一合を交える前に拙者の刀を見ていたでござるからな。

 拙者の得物を見るまではあくまで訓練用の剣で戦おうというわけでござるな。


 繰り出された剣を容易く受け流してやり、そのまま勢いに乗って反撃をしたのでござるが、読んでいたかのようにすぐさま剣を引き、改めてしっかりと刃を合わせ、斬り結ぶことになったでござる。

 わざわざこちらが有利な力押しの勝負に持ってくるとは……愚かしいことでござるな。


 力も技術も叶わず、魔力のみが対抗出来る手段であるなら、それに全力をかければ良いものを。


「くっくっ、頭に血を上らせすぎでござるよ。自らに不利な勝負を仕掛けるとは……実に浅はか!」

「……『フリージングランス』!」


 不意に頭の上に何かを感じ、慌てて飛び退くと、先程拙者がいた場所に氷の槍が突き刺さっているのが見えたでござる。

 間一髪でござるな。あの位置は、もう少し遅れれば右肩辺りにぐっさりといっていたでござる。


「……浅はかなのはそちらですよ! 『リヒジオン』!」


 アシュル殿が新たな魔法を唱えたかと思うと、拙者の周辺で光が溢れ、胸の近くで凝縮したかと思うと耳をつんざくような爆発が拙者の身体を蹂躙したでござる。

 飛び退いた直後で体勢も整わぬところにこのような魔法を打ち込まれるとは思いもせず、防御もろくに間に合わぬ体たらくを晒してしまったでござる……。


「かっ……がはっ……」


 爆発に吹き飛ばされた拙者は、壁に強かに打ち付けられ、多少血を吐いてしまったでござる。

 いやはや……これほどの威力を持つ魔法が飛んでこようとは……最初に光が凝縮したところ、アシュル殿が聖なる癒しを使ったところを見ると光属性系の攻撃魔法であることがわかるでござるが……。


 今まで水やら氷やらの攻撃魔法しか使ってこなかったゆえ、これほどの魔法を隠し持っているとは思わなかったでござる。


 このまま延々と戦い続けていけば、恐らくでござるが……徐々にアシュル殿の方に傾くでござろう。

 理由は簡単。拙者は回復系の魔法は持っておらんでござる。

 豊富な魔力に光属性の回復魔法とこれだけの攻撃魔法……長期戦を持ちかけられれば、今は有利であっても、いずれは討たれるでござろう。


 もちろん、このまま訓練用の剣という、使い慣れぬ得物で戦い続けた場合に限って、でござるが。

 正直な所、アシュル殿の奥の手を知って置きたかったのでござるが、この調子では見せる様子もなさそうでござるしな。

 先程の『リヒジオン』もその一つでござろうが……よもやそれだけではないでござろう。


「いやはや……参ったでござるなぁ……」


 しかしこのまま拙者が押し負ければセツキ王の顔に泥を塗ることになるでござる。

 拙者は我が主の右腕。最強の頂きにて輝く星に寄り添う二番星。


「……どうしたんですか? まさか、もう終わりですか?」

「……そうでござるな。これで終いでござるよ」


 訓練用の剣を投げ捨て、拙者はそっと刀の方に手を置く。

 拙者と長年連れ添って歩んできた……いわば夫婦のように共に過ごしてきた刀でござる。


 不本意ではあるが、これを抜くということは拙者の本気を見せるということ。

 認めようではござらぬか。アシュル殿の実力を。

 故に……。


「遊びは終わりでござる」


 最愛の刀……『鈴嵐無刻』を抜き放ち、今までの空気を一変させたでござる。

 そう、これからが本当の戦い。命を削り合うほどのしのぎを削ろうではござらんか。


「…………っ」


 拙者の纏う空気が変わったのがはっきり伝わったのでござろう。もはや今までのように和気あいあいと遊ぶことなし。

 まるで刃が濡れてるかのように妖しくきらめく美しさ。いつ見ても恐ろしい程の色香を漂わせるまさしく妖刀と呼ぶに相応しい『鈴嵐無刻』を上段に構え、突きの姿勢を保ち加速。


「はやっ……!?」


 ――刹那。

 たったそれだけでアシュル殿の間合いに詰め寄り、一閃。

 わずかに剣が掠めたせいで軌道は逸れたでござるが、肩の方に突き刺さり、その勢いのまま壁に激突してしまったでござる。


「くっ……うっ、うぅぅ……」


 呻くアシュル殿でござるが、そんな悠長なことしてる必要あるのでござろうか?

 未だ後生大事に持ってるなまくらで拙者の生命を狩ろうというのであれば、随分と笑える話でござるな。


「ふっ……随分殺意が籠もってるじゃない……ですか。

 闘技場は、殺しはご法度、なんじゃないですか……?」

「そうでござるよ? しかし殺気のこもらない行儀の良い戦い方など、誰もするはずもないでござろう。

 要は死ななければいいんでござるよ」

「そう、です……かっ!」


 問答は終わりだと言わんばかりに拙者を払いのけるかのように斬り上げてきたので、アシュル殿に刺さった刀を抜いて、一旦距離を取ったでござるが……。


「『ヒールベネディクション』!」


 すぐさま先程の回復魔法を発動させ、みるみる内に傷が癒えていく彼女を見て、思わず舌打ちしそうになったでござる。

 光が止んだ時には元通りになったアシュル殿の姿が。


「はっはっ、これまた随分あっさりと回復されたでござるな」


 そう言いつつ距離を取って刀を鞘に収めた拙者をいぶかしむように見ているアシュル殿。


「……どうしたんですか? 降伏するとでも言うのですか?」


 そうでござるな。

 武器を収めることなんて、本来戦いを終えた時ぐらいにする行為でござろう。

 しかし……この技を放つにはこれが必要不可欠なのでござるよ。


「折角でござる。拙者に食いついてくるお主に敬意を表し、この技を贈るでござるよ」


 深く腰を落とし、刀をいつでも鞘から解き放てるように構えたでござる。

 それはまるで射抜く寸前まで引き絞られた弓。


「……望むところです!」

「……受けよ。『無音天鈴』」


 ――世界から音が消える。

 まるでこの世から音という存在が最初から無くなったかのように。


「…………!?」


 アシュル殿の驚く表情がしっかりと見て取れるでござる。それもそうでござろう。

 なにせ拙者とアシュル殿の周り……『無音天鈴』の範囲内では呼吸の音すら聞こえなくなっているのでござるから。

 そしてゆっくりと空から降ってくる鈴の音。それは、『鈴嵐無刻』が抜き放たれる抜刀の音。


 ――リイィィン……リィィン……。


 一閃。また一閃と抜き放たれる毎に涼やかな音が辺りを支配し、まっすぐ様々なところをえぐり斬りながらアシュル殿に向かって進みゆく。


「『――――――――』!」


 どうやら新しい魔法を発動したようでござるな。

 彼女の近くで二本の巨大な水の腕が顕現し、本体を守りながら攻撃しようとするかのように拙者に向けて直線で殴り込もうとしたでござるが……全て無意味。


 ――リィィイン……。


 斬撃が腕を斬り落としたでござるが、斬れた瞬間に再生する腕が見えたでござる。

 ならばと言わんばかりに嵐のように鳴り渡る鈴の音とともに、無数の斬撃を幾度も幾度も腕を斬り刻み、かき消してしまうでござる。


「………!?」


 再生する暇すら与えることなく、まさしく間断なく攻撃を加えればいくら何度でも再生する腕があろうとも無意味でござろう。


 まだ徐々に再生しようとしているようでござるが、絶えず斬撃を浴びせ続けておけば心配もないでござろう。


『無音天鈴』発動中の拙者の動きはもはや疾風すら……いや、音の速さすら超える程の速度を実現しているでござる。


 そして……守るものの無くなった無防備な身体に襲いかかるのは、その刀の名の通り、鈴のもたらす斬撃の嵐。隙無くときを感じることもない……まさしく『鈴嵐無刻りんらんむこく』でござる。


 訓練用の剣で防御したのはさすがと言えるでござるが、それで防ごうというのは見通しが甘いでござる。

 その程度のなまくらでは拙者の愛刀と技を受け切ることなど出来るはずもないでござる。


 次々と繰り出される斬撃がアシュル殿の身体を傷つけ、血飛沫がまるで綺麗な花びらのように舞い散る様……うら若き少女の魅せる命の花の、なんと美しいことでござろうか。


 流石に致命傷は避けたでござるが、あれではもはやロクに動きもできないでござろう。


「…………」


 刀がチャキンとしっかり鞘に収まった瞬間、その花は乱れ咲き、アシュル殿は血溜まりの中に倒れ伏したでござる。

 世界には音が戻り、訪れたのはしばらくの静寂の後、大きな歓声。その中で拙者はただ佇むのみでござった。


「……決着はついたでござるな」

「…………」


 気絶したのかそうでないのか、その地に伏した様子からはわからぬでござるが、もはや立ち上がる気力も残ってないように見えたでござる。

 明らかな戦闘不能とみなし、場内を後にしようとしたその時……。


「『ヒ、ー…ル、ベネ……ディ、ク………ション』」


 回復魔法がアシュル殿の身体全体を包み込み、三度その傷を癒していくでござる。

 ……しかし。


「がっ……がふっ……」


 拙者の『無音天鈴』による傷が完全に癒えることはなく、立ち上がり、行動できるだけの体力を回復しただけに留まったでござるな。

 ならば、次でトドメを刺すとするでござるか。次は確実に意識を刈り取って、完全に戦闘不能に追い込んでやるでござる。

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