81・魔王様、怪しい魔剣に激怒する

「よし、これならいいだろう」


 しばらく眺めていたけど、やがて選びだした一振りの剣を持って私の元に戻ってきた。

 見たところ何の変哲もない……ああ、剣先がなぜか二つに分かれているように見える。それにあわせて先から中頃まで少々丸っこい感じがするけど、それぐらいか。

 剣柄の方には装飾も何もない、ちょっと野暮ったい印象を受ける。


「……特に変わったところの見えない剣のようだけど?」

「ふっふっふ……だろう?」


 なんでそんなに意味ありげに笑うのかちょっと理解に苦しむけど、どういうものなんだろうか。


「これは攻撃力はそれほど高くない。むしろ若干低いほどだろう」

「つまりその分特殊な力を秘めている、ということね?」


 その割には特に何も感じないんだけど、一体どういう魔剣なんだろうか?

 攻撃力は高くない……ということは補助系か、妨害系のどちらかだろう。


「そういうことだ。実際使っていればわかる。これは試し切り用の人形に使っても効果が薄い。せっかくだからティファリス女王で試してみてもいいか?」


 その発言をした瞬間、アシュルが視線が冷たくなっていくのを感じる。いきなり私を斬っていいか聞かれたらそりゃ当然だ。というか何考えてんだ。

 セツキ王もその様子を見てか、取り繕うように補足を混ぜてきた。


「何もひどい傷を負わせようってわけじゃねえ。少し、ほんの少し斬るだけだ。それ以上のことはしない」

「それはそれで逆に不安なんだけど」


 そう言って斬りかかってくる……なんてことはこの男に限ってありえないだろうけど。

 だけど他人に無防備に突っ立って傷つけられるっていうのもなぁ……。

 しかしその剣を試してみたいという気持ちもあるし、結構悩む。というか、セツキ自身が使えばいいじゃないか。


「大体、貴方のものなんだから自分で試せばいいじゃない」

「俺様はこの剣の効果を知ってるし、せっかくだから他のやつが受けたほうがいいだろう?

 体に害はないから安心しろ」

「……なら自分でやるからその剣、こっちによこしなさいな」

「それは構わんが……壊すなよ? 絶対に壊すなよ?」


 最終的に私が折れる形で引き受けることにしたんだけど……何だその前振りは。むしろ壊してくれって言ってるようにしか聞こえない。

 結構必死そうに頼んでるし、そんなことはしないんだけどさ。


「壊さないから……ほら貸して」

「おう、ほらよ」


 投げ渡されたそれをしっかりと受け止めて、改めてその剣を見る。

 やっぱり剣の先から腹に近い部分まではちょっと変わってるけど、他の部分はやっぱり大したことはない。

 魔力自体は宿ってるように見えるけど格段強いってわけでもないし、やっぱりすごい剣には到底見えない。


「これで軽く傷をつければいいわけね?」

「ああ、指の腹を薄く斬っただけでも効果があるのは確認済みだ」

「そりゃまた随分簡単な条件ね」


 斬っただけで効果があるってことは人体に影響が起こるタイプなのは間違いないけど、悪影響が起こるものを私に使わせるとは思えない。

 だけど、この剣を選ぶときのイタズラ小僧かのような笑みを浮かべてた事を考えると、良いことが起こるとも思えない。

 そんな事を考えてたら余計に不安が募るものだけど……『ヴァイシュニル』のことを思い出して冷静さが戻ってきた。

 鎧として装着していなくても私に悪影響を与える異常を防ぐ効果がある。要は変なこと考えてても『ヴァイシュニル』が自然と防いでくれるというわけだ。


 それに気づいた私は安心して指の腹を剣でそっと斬ってみた。

 ……しばらく待って、待って……。


「なにか変化あった?」

「いえ……あっ」


 最初はなにもないというように首を振ってたアシュルだったけど、なにかに気づいたかのように顔が驚きの色で染まった。

 セツキ王の方を見ると成功したと愉快そうに目を細め、カザキリはグッと握りこぶし作って私の方に向けている。


「? どうしたのかにゃ? …………にゃ?」


 い、今、私、なんて言った?

 語尾に「にゃ」ってついてたような……。

 さっきから驚いていたアシュルが今度はすごく嬉しそうというか、微妙にうっとりとしてるように見える。


「ティ、ティファさま、耳が……」


 その声にもしやと思っていつも耳があった場所に手を当ててみると、そこにはまるでそんなもの最初からなかったと言わんばかりになにもない。

 頭の方を触ってみると、当たり前のように自己主張してる柔らかいものの存在が。

 おまけにちょっともふもふしていて、自分で触れててくすぐったいような気持ちいいような感覚が伝わってくる。


「な、な、なな、なんにゃこれ!?」


 お尻の方にむずむずと違和感を感じていたかと思うと、若干下着がズレる感覚とちょっと窮屈に感じた部分が解放されたかのような感じがする。スカートの丈を少しめくってみると、黒いしっぽが垂れているのが見える。

 こ、これは……。


「くっくっく、驚いたか? それは妖剣『猫になぁれっキャットランチェ』っていうやつだ。斬った対象を七日間猫の獣人族のような姿に変えられる魔剣だ。耳がよく聞こえるようになって、身のこなしが素早くなるのが特徴だ。ま、多少筋力が落ちて感覚が鋭くなるらしいがな」


 最初はそんなバカなとも思ったけど、よくよく考えたら『ヴァイシュニル』が防がないのも当然だ。

 だってあれは私に状態の異常や悪影響――要はデメリットを防ぐものだ。

 恐らくだけど……筋力が落ちる、感覚が鋭くなる部分だけは防がれて、メリットである身のこなしと耳の部分だけは反映された……ということになるんじゃないだろうか?


 しっぽの部分は攻撃されるところが増えるというデメリットはあるとも思ったんだけど、そこは素通りか……いや、しっぽで不安定な場所での行動をするのに必要だと聞いたことがある…………気がする。


 で、別にメリットもデメリットもないから語尾の方は変わったってわけか。


「……驚いたにゃ。というか七日間? それまでずっとこのままなのかにゃ?」

「おう。俺様も試してみた。ま、俺様の場合はえらく気持ち悪がられたけどよ」

「それは仕方ないでござるよ。拙者もあの時の主には話しかける気が起きなかったくらいでござるからな」


 そりゃそうだろう。

 ちょっとかっこいい顔してるとはいえ、精悍な体つきの男が猫耳としっぽを生やした上、語尾に「にゃ」なんてついてた暁には、ちょっと敬遠してしまう。

 それを言うと獣人族に悪い気もするけど。


「それはなんというか……仕方ない気もするかにゃ」

「はっはっは! それで大体期限は七日間ってのがわかったわけだ。あの時は参ったぜ!」


 笑うのはいいんだけど、七日間私はこのまま過ごさなきゃいけないのか……。

 正直、この「にゃ」っていうのは恥ずかしいから勘弁してほしいんだけど。


「ティファさま……可愛いですよ!」

「そ、そうかにゃ……」

「はい! 最高です!」

「やはり、可憐な少女に限るでござるなぁ……」


 まるで私に魅了されたと言わんばかりにめろめろな状態のアシュルがそこにいるんだけど、可愛いと言われても嬉しくない。

 セツキやカザキリも楽しそうにしてるけど、こっちはなんとも言えない気分だ。


「よしっ、興がノッたところで次はこれ、行ってみようか」


 別に興なんてノッてないんだけど……妖剣『猫になぁれっキャットランチェ』を引き渡した私は、次に手渡された剣を持って思わず溜息がこぼれた。

 ま、特に悪いものじゃないみたいだから別にいいんだけどさ。


「これ、先に剣の名称を教えてもらうわけにはいかないのかにゃ?」

「先に教えたら面白く……ああいや、コレを着ないと効果がないんだったか」


 そう言って手渡されたのは鎧。軽そうに見える金属の鎧だった。

 これを着ないと……ってことは、鎧に何かしらの影響を及ぼす魔剣に間違いない。


「着て、その鎧に傷をつければいいのかにゃ?」

「ああ、訓練用のやつに着せて試してもいいんだが、それじゃ面白くないからな」


 はっはっはっ、と笑うのはいいけど面白いとか面白くないとかで人を使わないで欲しいもんだ。

 これ以上言ってもしょうがない、ということで行動に移した私は……すぐに後悔することになった。

 鎧を着てそれをちょっと傷つけただけで何故かビリッとかパリッとかいう嫌な音がしたかと思うと全てが破け――気づいた瞬間私は産まれたままの姿を衆目に晒すことになっていた。

 ……ちょっと思考が追いつかない。今どうなってる? なんで私が裸……に……?


「――――――ッッッ!!!」


 声にならないっていうより、ちゃんとした声が全く上がらないほど驚いてしまった。

 なにせ私の服が……服が下着ごとビリビリに切り裂かれたかのように破れてしまったんだから……。

 なんとか見られてはいけない部分は急いで隠したわけだが、すでに手遅れなようで三人にはバッチリ見られてしまった。


「お、おおー……」

「これは……至福でござるな…」

「ティファさまの服が!?」


 は、鼻の下伸ばしやがってぇ……あいつら一回ずつぶん殴ってやる!

 幸いアイテム袋は無事だったから急いで三人から離れて着替えをしたわけだが……ちょっとこれは洒落じゃ済まない。


「どういうことかにゃ……これは」


 完全に頭に血を上らせた私は、ジロッと三人……いや、この男どもを見据えてやる。

 セツキの方は完全に開き直った様子なのが尚更恨めしい。


 よくも、よくもこの私をここまで辱めてくれたな……!


「ティファリス女王、ほっそりしてて中々良い体してるじゃねぇか。いやぁ眼福眼福」


 これほど怒りを覚えたのは久しぶりだ。いや、こういう事されて……って考えたら初めてか。

 私のしっぽも激しく左右に揺れていて、怒りを表現してくれているような感覚がするほどだ。

 そんな私の怒気を涼しげに受け止めているセツキ王と、申し訳なさそうにしているカザキリだが、その様子が余計に神経を逆なでる。


「貴方達は……女の子の裸をなんだと思ってるのかにゃ!」

「はっはっはっ! 芸術なほど綺麗な肢体だったぜ!」

「申し訳ないでござる。この出来事は拙者の脳内の奥底にしっかと刻みつけさせていただくでござる」


 こ、こいつらぁ……自分たちが強いからといい気になりやがって……。

 おまけにカザキリの方は表面上悪びれてはいるものの、言動がちっとも反省していない!


「ま、あれだ。俺様もまさか全裸になるとは思いもしなくてな。前に人形使ったときは鎧だけが砕けたんだが……こうなったもんは仕方ない。俺様も男だ。素直にぶん殴られてるからよ、それで水に流してくれ」

「ほほう、素直に受け止めると……そういうのかにゃ?」

「ああ、カザキリもそれでいいな?」

「御意。拙者も男でござる。ティファリス女王の素晴らしい柔肌を見せていただいた罰がそれで精算されるのであれば……」


 二人共事故とは言え、責任を取るつもりはあるらしい。きちんと剣の効果を確認しなかったセツキ王も悪いんだし、遠慮なく殺らせてもらおうか。


「なら……歯ぁ食いしばるにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「こいやぁぁぁぁ! ぐっ……ごほぁぁぁっ……」


 恐らく私が出した一撃の中でも一番威力がこもっているであろう。

 私の拳が直撃する寸前、セツキ王が驚愕に顔を歪ませているのがはっきり見て取れたし、ヒットした瞬間、奥の施設にぶっ飛んでめり込んでいた。


「がっ…、げほっ、がほっ……っかぁーー……効いた……つつ、相当本気で殴りやがって……身体の力、抜くんじゃなかったぜ」

「わ、我が主!?」


 胸を抑えながらよろよろとこっちに戻ってきたセツキ王の姿を見て愕然とするカザキリに向かいあう形で私は微笑んでやる。


「次はカザキリ……お前の番だにゃ」

「はっ……ははっ……お手柔らかに」

「うん、無理言うにゃ」


 カザキリにも問答無用の一発をぶちかましてやり、これでチャラにしてやることにした。

 後には気絶したカザキリが何も言わず、アシュルは喜び、セツキ王は呆れているようだった。


 本当に……ひどい目に遭った。

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