76・魔王様、お祭りを楽しむ
「らっしゃいらっしゃい! 『クラウバードのソウユ串』、美味しいよー!」
「こっちはブルガウの肉をふんだんに使った『焼きスパ』だよ! パスタとは一味違う麺は味あわないと損だよー!」
「甘いよ甘いよー! 『ラポルフロエル』はとっても甘いよ! ラポルをフーロエルの蜜でまるごとくるんで串に刺した、お菓子だよ!」
ただでさえ賑やかなのに、それに負けないくらい売り文句を張り上げる売り子の人たち、さらにどこからか聞こえてくる笛のような心地の良い音色が聞こえてきたりなんかして結構混沌とかしている。
けど、不思議とその熱に当てられてか余計に気持ちが高ぶってきた。
「皆楽しそうですねー」
「そうね。それに見たこともない料理がいっぱい並んでるみたいだしね」
「ティファさま、本当に食べるの好きですよね」
あはは、と楽しそうに微笑んでるアシュルに対し、私は思いっきり胸を張ってみる。
それこそ当たり前だと言わんばかりに。
「食はとても大切な文化よ。美味しいものは人に活力を与えてくれる。美味しくないものは人から生きる気力を失わせ、大事な営みを作業のようにさせてしまう。だから私は食べることが大好きよ。人を幸せにしてくれるものだからね」
人は食べるために働く。食べる為に狩る。生きるために食べる。食事というのは人に絶対につきまとう消えない欲求を満たす手段なんだ。それを疎かにしてしまっては人は明日への糧を失ってしまうのに等しい。
もちろん食だけが大切というわけじゃない。性の営みや睡眠だって人の大切な欲求の一つだ。
何事も質よくバランスよく……っていうのが大切なんだ。
そう、だから私が色んな国で揉め事に巻き込まれながら食べ歩きをしているような状態になっているのは仕方のないことなのだ。
「流石ティファさま! そこまで考えていたなんて……」
アシュルもわかってくれたようで、尊敬の眼差しで私を見つめてくる。
というか、そんなに見られると照れてしまう。
その視線から逃れようと適当に辺りを見回していると、やっぱり鬼族の男女ばっかりが目につく。
皆楽しそうに笑顔で歩いているけど、時折私達の方を見て頬を緩めた男がかかとを踏まれたり、こっちを睨もうとしていた女の方もじっとこっちを見たりと……角のない種族が私達だけなのが珍しいのだろうか。
「さすがに視線が気になりますか?」
「いいえ、でもここは鬼族以外姿が見えないから、私達のようなのは珍しいのかもしれないわね。一応スライムなカザキリも鬼族と契約しているからか、角が生えてるし」
「いや、多分そういう理由ではないと思うんですけども……」
ん? だったらどういう意味なんだろうか。
私達がひと目を引くのなんてそれぐらいしか理由がないと思うんだけど……
そんなことを考えていたら「しょうがないなぁ」と言わんばかりの顔をしながらやれやれとアシュルは左右にかぶりを振る。
「ティファさま……悪意とかには結構鋭いのに、肝心の他のものにはさっぱりなんですから……ストレートに言わないと中々通じませんものね……」
「?」
小声でなにやら呟いているアシュルだったけど、上手く聞き取れない。
ふぅ、とため息を一つついて気を持ち直したのか、笑顔で私の手を引っ張ってきた。
「あ、ちょっと!?」
「ほら、早く行きましょう! 美味しそうな屋台があちらで出てますよ!」
まるでごまかすように先頭を歩くアシュルに慌ててついていく私。
そんなに早歩きで歩いたら……あっ!
「わったたたっ」
「アシュル!」
慣れないゲタのせいに足元が不注意だったせいかふとした拍子に転びそうになったアシュルの手を引いて、なんとかそれを阻止してあげる。
が、今度は勢いを付けすぎてこっちに飛び込むような形になったので上手く抱きとめてあげた。
「あ、ありがとうございます。……っ」
「大丈夫? ちょっと強く引きすぎたみたいだけど、腕痛くなかった?」
「は、はい……平気です」
アシュルの顔が結構近くにあって彼女の目ごしに私の姿が見えそうな程だ。
柔らかそうな頬やら唇やらが――――……ってこれはまずい! こんなに女の子と接近したことなんてなかったせいか、なぜかそんなところに目がいってしまった。
顔が熱くなるのを感じて慌てて抱きとめた形からきちんと立たせてあげる。
というか、今の私は昔と違うんだし、赤くなることなんてないだろうに……。
「ご、ごめん。危なかったからつい」
「い、いえいえ! ありがとうございます! むしろごちそうさまでした!」
「ごちそうさま?」
「な、ななななんでもないです!」
多分同じくらい顔を真っ赤にしているであろうアシュルもわたわたと両手をぶんぶん振ってなんともないとアピールをしていた。
それがまたなにかあるような慌てぶりなんだけど、私の方も突っ込まれると困るし、そっとしておこう。
「ならほら、向こうに美味しそうな屋台があるんでしょう? 早く行きましょう」
「は、はいっ」
今度は私の方からしっかりアシュルの手を握り、先走らないように先導しながら件のお店まで向うのだった。
――
この祭りに来た時はちょっとしたアクシデントがあったけど、今はそれもなんのその。楽しいひと時を過ごしていた。
私の手には串焼きやら飴と呼ばれるフーロエルの蜜のように粘りっ気のある砂糖菓子を固めたものやら、それをビスケットとは違った硬いもので挟んだものやら……食べ物で両手いっぱい。
アシュルには最初に気になった、焼きスパとかいうパスタの一種と肉と野菜を油で炒めてソウユで味付けされたものが入った容器やら、たまご焼きという鳥系の魔物の卵を使ったふわふわのオムレツに似たような食べ物が入った物とかを持ってくれている。
たまご焼きには甘いものとかなにかの汁を染み込ませて作ったものとか種類があったから、とりあえず三つくらい選んで買ってみた感じだ。そんなことしてたら、いつの間にか両手がふさがってしまい現在は適当な長椅子に座って食事タイム。
「流石セツオウカ。見たことのないものばっかりねー」
「そうですね。後、綺麗なのが多いです」
アシュルが飴を空に掲げて時折角度を変えながら透き通るさまを眺めながら呟いてるのを尻目に、こっちは砂糖の入ったあまーいたまご焼きに舌鼓を打ってる最中だ。鮮やかな黄色い外見にまるでお菓子のような食べ物だ。
他のたまご焼きにはチーズが入ってたり、ミルクで更にふわっとした感じを出してたり……素晴らしい!
「そういえば、ティファさまはあまりお酒は飲まれないんですね」
「私、酔えないからね。雰囲気を味わうだけっていうか……」
私は『人造命鎧「ヴァイシュニル」』の効果で毒などの異常は防いでくれるんだけど……酒なんかのアルコールも毒扱いみたいで無効になってしまう。
転生前に一度試したことがあるからね。どれだけ飲んでも酔う気配が見られなかったのにはちょっと寂しさが湧き上がったもんだ。
一応味わう程度には飲むけど、あまり好んでは飲まないっていうのが現状かな。
「酔わないんですね。すごいです」
どう勘違いしたのか、お酒に強いと認識されてしまったみたいでまた微妙に熱っぽい視線をこっちに投げかてきた。
……ま、いいか。訂正するにしても要らぬ誤解を招きそうだし、そのままでいい。
なんてことを考えていると……。
――ドォン、ドドォン。
そんな私達を遮るかのように、急に大きな音共に空がパアッと明るくなる。
「な、何事ですか!?」
「アシュル、上よ上」
結構な音がしたから何事かと空を見上げて見ると、爆発音が響いたかと思うと複数の色の火花が空に飛び散り、まるで夜空をキャンバスにしているかのようだ。
絵自体はそんなに精度のいいものではない。丸とか三角とか……図形にそれを組み合わせたもの。後は爆発した時に花が咲くかのように円状に火花が舞い散り、ゆっくりと下に落ちていくというものだ。
恐らくほとんど殺傷力はなく、色付けを重視した魔法なんだろう。こんな使い方、中々思いつくものじゃない。
少なくとも戦いばかりやってきた私には思いつくような魔法じゃないだろう。生活や戦いには関係ない……完全な娯楽魔法だ。
でもこういうのも悪くない。こんな風に誰かを楽しませるためだけの魔法があっても、良いんじゃないかと心の底から思うほどだ。
そういう考えしかできないのが、時折無性に寂しく感じる。戦い守るのが魔王としての私の性分だとしてもね。
「うわー……すごいです……」
「そうね、こんなに色鮮やかに空が染まるなんて中々ない光景ね」
うっとりと空を見上げてるアシュルの横顔が赤く色づいているのが空の明るさではっきりと分かる。
まるで子どものような純粋な表情で笑ってる顔を見ると連れてきてよかったなぁ……と思った。
私がフェアシュリーへの会談に行くと決め、リカルデと一緒に行くことを決めたときのアシュルの浮かべた寂しげな表情に少しは報いれたんじゃないかな。
「ティファさま、どうしました?」
「い、いや、なんでもないわ」
急にこっちを向くもんだから慌てて空で上がってる魔法の方に注視する。
だけど一度アシュルの方を向いていたのに気づかれたもんだからか、今度はアシュルの方にじーっと見られてしまう。
やばい……なんだかすごく恥ずかしい……。
「ア、アシュル?」
「え? あ、あはははは……ごめんなさい」
だけどアシュルはそのまま視線を外さずに私の方を見つめてくるもんだから思わずそのまま互いに見つめ合う形になってしまう。
夜、二人きりの場所、綺麗な空模様。なんだろうか……なんとも言えない、不思議な気分になってきた。
「ティファさま……」
アシュルの目が若干潤んでるような気がする。
なにか大事なことを言おうかどうしようかと迷ってるように、目が左に右にと泳いでいる。
……どれだけの間そのままの状態でいただろうか。
アシュルの身体が徐々にこちらに詰め寄り、私の身体がその分少しずつ後ろに下がる。アシュルの……今までにない雰囲気を纏っていて、その……気後れしてしまったのだ。
しかし座っている長椅子にも限度があって、追い詰められようとしたその時、手の中で違和感を感じた。
グチュっとなにかを潰した感覚がして急に正気に戻った私がそちらに目を向けると、そこには無残なたまご焼きの姿が。
「あ! ああー……」
「……? ど、どうしました?」
私の様子が変化したのを見てアシュルもまともに戻ったのか、さっきまでの雰囲気が完全に霧散していた。
手が非常に残念なことになってしまい、べっとりと汚れてしまった。
「あー……ちょっと酷いですね。ティファさま、こちらを使ってください」
「え、ええ。ありがとう」
アシュルが水魔導で手を綺麗にしてくれ、ハンカチで綺麗に拭いた時には、いつもの彼女に戻っていた。
たまご焼きもきちんとお腹の中に収め、改めて二人でのんびりと空を色付ける魔法を鑑賞しながら夜を過ごすのだった……。
……あのとき、危うく雰囲気に流されそうなほど危なかったけど、アシュルは一体何を言おうとしたんだろうか?
改めて聞いてみる勇気はなかったから、結局聞けずじまいでわからなかったんだけど……聞けなくて正解だったなのかもしれない。
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