間話・銀狐の孤独、惹かれる心

 ――フラフ視点――


 あたしは話すのが苦手だ。人と接することも苦手だし、つい空気の読めない発言をしてしまう。

 それに銀色っていう、人とはちょっと変わった髪の色に、それに合った目と小さい体つき……そのせいでどこか他の狐人の子と距離を感じてしまい、もしかしたら彼らとは別の存在で、そのせいで周りが近づいてくれないのかと……そう思った。


 親とももう長く会ってないし、父さんも母さんもあたしとは全然違う、どこにでもいる感じの狐人の親だし……だから余計にそう感じてしまうのかもしれない。

 そういう考えのせいか、余計にあたしは人と関わることをやめ、喋る回数は更に減っていってしまった。


 あたしだけ浮いていて、まるで世界に一人だけ取り残されてしまったかのような……あたしだけ仲間はずれにされてるような、そんな錯覚さえ覚えるほどだった。


 だからあたしはクルルシェンドの軍に志願したのかもしれない。

 だって人と接する必要なんてあんまりないし、精々位の高い人への接し方だけ気をつけておけばそれでいいし……面倒な人付き合いもない。そう思って入隊を決めたんだっけ。

 戦う相手には気を使わなくていいし、それこそ話す必要もない。

 幸いにも身体能力は人よりも高かったから、なんの問題もなく入ることが出来た。


 もちろんそんな理由で入ったからあたしは独りっきり。

 最初から話しかけてくれる人もいなければ、自分から向かうこともない。集団の中の孤。それがあたしだった。


 だからだろうか……入隊して一年が経った時、あたしはフォイルと組んで活動することになった。

 彼はクルルシェンドの元後継者で、魔王になりそこなった敗者。地位も居場所も奪われて兵士に身をやつしたんだとか。

 もちろん最初はいい迷惑だった。急に魔王の縁者の人と話すなんて、あたしには敷居が高すぎたからだ。幸い、フォイルはもう全部失ったんだからと気軽に話しかけてくれと言われたから、呼び捨てにするような今の状況になったんだけど。


 フォイルは何もかも無くなったはずなのに、それでも頑張っていた。腐らずにクルルシェンドを良くしようとしていた。

 そんな彼を見てあたしは、すごく羨ましく思っていた。あたしのようにはじめから無かったわけじゃない。あったものを失うっていうのはそれよりも辛いことなんだ。それでも再出発しようとしているフォイルはちょっと輝いて見えた。


 それにあたしのことをあまり気にしてないようだったし、すごく付き合いやすかった。

 だけど、あたしの中の孤独感はずっと埋まらなかった。だってフォイルも狐人族だったから。あたしとは違って、彼は普通の狐人だったから。


 そんなあたしが初めて会った誰とも違う、あたしと同じように浮いてる存在。それがティファリスさまだった。

 最初は護衛の為に任務についたんだけど、どう軽く考えても責任重大な任務にあたしのようなものをつけるなんておかしいと感じていた。なにか裏があるのかも、とか。

 だから、もしかしたらなにか大事に巻き込まれてるのかもしれない。そう思っていた。


 そんなちょっと不安になりそうなことを考えてたんだけど、あたしが初めて見た他の国の魔王さまのことを改めて見てみると、黒くてきれいな髪に魔人族とは思えない白く輝く目。同性でも思わず見惚れそうなほどの顔立ち。

 最初はどこか遠い世界の人にしか見えなかった。一般兵と魔王さまだし、当たり前なんだけどね。


 だからかもしれない。ちょっと気になったのは。

 まさかいきなり「チェンジ」なんて言われるなんて思っても見なかったけど。


 このティファリスという魔王さまはすごく変わっていて、野宿のときもアイテム袋に食料あるのにわざわざあたしたちに合わせてくれてるし、宿屋がどんな場所でも文句言わない。食事だって酒場とか物騒なところでも普通に付き合ってくれる。

 ……でも、あの時は本当に申し訳なかった。私があんなところに案内したせいでちんぴらみたいなのに絡まれちゃったし、その後リカルデに怒られることになっちゃったし。


 でもあの酒場での毅然とした態度、格好良かった。しかも魔法であっという間に鎮圧するから、あたしの出番とかなかった。


 今思ったらその時に……あの酒場での立ち回りの時に、気になってたのかもしれない。あたしが聞いてた魔王さま像とは違う。アロマンズさまみたいに威張り散らしてばっかりの口だけの人とは違う。

 この人は自分の中でやるって決めたら絶対にやる人なんだって思った。


 金狐さまと呼ばれている霊獣さまとの戦いが終わって、クルルシェンドとグロアス王国が連合を組んで鎮獣の森に侵攻してきたときもそう、ティファリスさまは一人で戦いを挑んでいった。

 普通だったらまず魔王さまの方が逃げるものだ。あたしたちを犠牲にしてでも自分の国に戻って立て直すのが本当なら正しいはずだ。


 あたしたちは最悪死んだって影響なんてないけど、魔王が死ぬってことは国を支えている人が、最大の戦力が消えるってことだもの。いくら魔王がその国で一番強くても体力や魔力が無尽蔵でない以上、本当だったらこんな戦い、無謀もいいところなんだ。


 だけど、ティファリスさまはあたしたちに生きて欲しいって思ってくれていた。死なせたくないって。

 だから一人で戦うって言ってくれてたんだし……そこまでしてくれる人は今までいなかった。だってあたしは独りだったし、それでいいと思ってたから。


 そんな風に思われたことなんて一度もなかった。だから……もしかしたらあの独りで戦ってる孤高の魔王さまは、あたしを受け入れてくれるかもしれない。そう、感じた。


 気づいたときにはあたしは、ティファリスさまに惹かれてしまったのかもしれない。






 ――






 ――リンデル・街中


 絡んできたちんぴら傭兵をぶちのめしたティファリスさまと一緒に警備兵に突き出した後、またブラブラと歩いていくことにした。

 あのときの顔は見ものだったなぁ。血がサーッと抜け落ち様な音が聞こえてきそうなくらい青くなってたんだもん。

 きっと魔王さまだって打ち明けたんだろうね。


 それにしても、ティファリスさまはすごく強い。あたしとかまるで騎士に守られてるお姫さま状態だ。

 いや、ちょっと誇張しすぎかも。どっちかというと守るのはあたしの方なんだけどね。


「バカ共に軽く付き合ったらちょっとお腹すいてきたわね……」


 あれだけのことを『軽く』で済ませられるんだもんね。あたしにもあまり動きが見えなかった。

 男が足を折られてた瞬間とか、剣を折ったところとか……全然わからなかった。

 それだけ動いてちょっとお腹が空いてきたで済ませるんだから、ティファリスさまの強さを感じる。


「フラフ? ぼーっとしてどうしたの?」

「ん、ちょっと、考え事」


 ティファリスさまが顔を覗き込むように見てくるから、思わず目を反らした。

 すると、ちょうど食べ物を売ってる屋台を見つける。ちょうどいい、これを出しにさせてもらおう。


「あれ、気になった」

「あれ? ……ああ、屋台が並んでるのね」

「ちょうどいいから、見て回ろう?」

「ええ、面白そうだし行ってみましょうか」


 軽く笑いかけてきたティファリスさまにドキッとしながら後ろをついていくことにした。


 ドワーフの街って酒場か採掘場とか……こういう屋台なんてないと思ってた。

 ドワーフ族の他にも魔人族にリザードマン族が店を出してる。というか、リザードマン族なんて初めてみた。

 本では体中鱗に覆われたトカゲのような一族で、竜人の亜種らしくて頭の左右に角が生えてるのはその名残だとか。

 ティファリスさまも同じようで、一直線にリザードマン族の方に駆けていった。


「らっしゃい」

「へぇ、リザードマン族なんて初めてみたわ」

「おいらを見た人はみんなそう言うねぇ。そうだ良かったらコレ、食ってみないかい? 代金いただくけど」


 そう言って差し出されたのはなんだろう……なんだか大きい卵みたいなものにサクサクの衣がついた揚げ物みたいだ。

 あたしやティファリスさまでは片手じゃ持てないくらいの大きい。

 食べることが大好きなティファリスさまは誰が見てもわかりそうなほど。


「これ、初めて見るけど……なんていう料理?」

「へい、これはリザードマン族で飼育してるリッツフォーゲルの卵を使った『ドローリウフ』って食べ物よ。一個大銅貨12枚さ」

「へー……それじゃ、二つ貰おうかしら」

「まいどありっ」


 ティファリスさまがちょっと不安定になりながら包み紙に入った『ドローリウフ』を持ってきてくれて、あたしに一つ渡してくれた。

 普段見慣れてる卵よりもずっと大きくて、なんというか……圧倒される。


「ありがとう、ティファリスさま」

「ちょっと付き合わちゃったからね。お詫びみたいなものよ」


 お詫びなんて……むしろあたしの方がお礼する立場だと思う。

 ティファリスさまは全く気にしてないで自分の手に持ってる『ドローリウフ』に注視してた。

 あたしの方はそのティファリスさまのことをじーっと見てる。前に酒場で見たんだけど、ティファリスさまは美味しいものを食べた時、すごく嬉しそうっていうか、艶があるっていうか……いい顔してるから見ておきたかった。


 ティファリスさまが口をつけた時に聞こえてくるザクッと言う音と、食べ進んだ時にブシュっていう音が聞こえてきた。見てみると、卵の黄身がちょっと溢れ出してるのが見える。

 慌ててこぼれないように黄身に口をつけて吸い取ってる仕草が可愛い。しばらくそのまま食べてたかと思うと、口を離してふぅ、ため息一つ。

 ちょっと目を細めて嬉しそうな顔をしてる。少し色っぽいっていうか、すごく背徳感がある気がする。


 ティファリスさまの反応を見ても結構美味しいものみたい。一通り目の保養を楽しんだ後、あたしも口をつけてみることにした。

『ドローリウフ』はざっくりとした衣の食感が歯に口に響いてきて、油と味付けされた卵の味。ある程度食べていくとティファリスさまと同じように黄身が噴き出してきた。

 どろっと濃厚で、口の中で舌触りのいい感触が伝わってくる。ただただ黄身の味ってわけじゃない。きちんと味が整った美味しさがあって、たまらない。


「すごく、美味しい」

「そうね、予想以上の当たりだわ」


 美味しいのは良かったんだけど、結構大きくて食べるのに時間がかかってしまうほどだった。

 それからも気になった屋台に行って食べ歩きをしながら一日ゆっくり過ごしていく。


 たったそれだけのことがとても嬉しくて、今まで思ったこともなかったんだけど、こういうのってすごく大切なように感じて……こんな日々が、ティファリスさまと一緒にいられる日が続けばいいなって、他人のことをこんなに想えたのって初めてのことで……とても嬉しかったの。

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