第3章・面倒事と鬼からの招待状

60・魔王様、疲れ果ててしまう

 どれくらいの日が過ぎただろうか……私は未だにクルルシェンドにいた。

 グロアス王国は軍も半壊、魔王も死亡ということでもはや国としての体裁などあってないようなものだったし、今後管理するものが必要だった。


 普通であればその国の魔王の後継がいるはずなんだけど、そんなものがあの国にあるはずもなく、完全な無法地帯になってしまったそうだ。

 私が治めてはどうかという話も出たんだけど飛び地にしてもちょっと離れすぎている。リーティアスを放置することになるのは確定的だし、遠慮しておいた……んだけど、結局手付かずというわけにも行かなかったからクルルシェンドがグロアス王国の領土を私が持っているということにしておいて、しばらくの管理はフォイルに任せるという形になった。

 ついでにディアレイの装備一式は、倒したという証ということで譲り受けることになった。


 これで名実共にクルルシェンドは私と繋がりが出来たということにして、この国に手を出せば、ディアレイを倒した私が黙っていないと周囲に圧力をかけていくのだとか。

 その間に私側で人材を育成して、戦力と一緒に来てくれればいいらしい。


 ま、ディアレイがセントラルでどこまでの実力者なのかはよくわからないというのがちょっと難点なところか。

 アロマンズが上位魔王に近いって言ってたし、かなりのものだとは思うのだけれど……。

 こればっかりは実際の影響力次第ってところだろう。


 クルルシェンドの方は正式にフォイルが治めることになった。

 これについては誰も反論するものはいなく、むしろ諸手を上げて賛成していた。


 元々アロマンズはフォイルの保険的な存在だったらしく、最初から期待されていなかったらしい。

 そういう他人を見下したような考え方がアロマンズのような男を生んだのかも知れないな。

 だからといって同情する気もないんだけれど。


 それから、同盟の方はフォイルたちと改めて結ぶことにした。軍を半壊させてしまった私とよくも結び気になったと思ったんだけど――


「いや、ティファリス女王にはほんま感謝してます。貴女がいなければこの国はもっと酷い形で終わってた思います」


 と笑いながら言ってたのが印象深かった。

 フラフはと言うと、これで役目は終わったみたいな顔をして私と一緒についてくることに。

 フォイルがすごく引き止めてたんだけど「恋とは、追うもの。私は追う」と言って譲らなかったらしい。


 金狐の方はしばらく私と行動を共にしていたけど、つい先日鎮獣の森に引き返していった。やはり人の雑踏の中よりも静かな森にひっそりと暮らすほうが性に合うとかなんとか。


 ……で、肝心の私はと言うと、クルルシェンドの方でしばらく被害やらなにやらの報告に戦後の処理にと対応に追われた挙げ句、今は元グロアス王国の首都に行くことになった。


「あっちにこっちにと……私、リーティアスの魔王なんだけど」

「お嬢様、それは行く先々で色々とやってきたからなのでは……」

「私がやったっていうか向こうが走ってこっちに来たっていうか」

「うん、ティファリスさま、モテモテ」

「そんな面倒事にモテても嬉しくないんだけど……」


 若干……というか結構うんざりしたような口調になってしまったけど、このまま放置というのも気分が悪いのから断りはしなかった。

 そういうわけで久しぶりに会ったラントルオと軽くスキンシップを取ってから向かうことに。

 もう随分リーティアスに帰ってない。アシュルやケットシーは元気でやってるだろうか、フェーシャやフェンルウは上手くやってくれてるだろうかとか考えてしまうんだけど……そこら辺は信用して預けたんだし、心配するようなことでもないかもしれない。

 気になるならやるべきことを早く終わらせて帰ればいいさ。





 ――






 ――元グロアス王国・首都セルデルセル――


 ラントルオでおおよそ三日間全力疾走でたどり着くという距離だったので、ちょっと酷ではあったが頑張ってもらうことにした。

 いよいよリーティアスが恋しくなってきたもんだから、仕方ないだろう。

 さて、初めて訪れたセントラル魔王が支配していた国の首都……なんだけど。

 予想以上にきれいな都で驚いた。門で街をぐるっと円状に囲んでいるようで、中央に城がそびえ立っている。


「私はてっきりオーガルと同じで盗賊の住処みたいなところを想像してたわ。廃墟とか」

「ティファリスさま、それはさすがに、いいすぎ」


 まさかボケ担当のフラフに突っ込まれるとは……。

 実際中に入ってみるとディアレイの性格からはほど遠い賑わいを見せていている。だけど微妙に活気が欠けているのは肝心のディアレイが死んだからだろうか?


「みんな、どこか元気がない」

「そうですね。この国の魔王が死んだという情報が渡っているからでしょう。これからの未来に不安を覚えるのは致し方ないことです」

「セントラルは魔窟らしいからねぇ」


 ひとまず城の方まで一直線で向かうことにした。今回は城の連中に今後のことを多少話し合った後はすぐに帰る予定なのだ。

 いつまでもリーティアスを留守にする訳にも行かないし、シュウラの死体は元に戻ったとは言え腐る前にセツオウカに返してあげたいし……とてもじゃないけど今は観光するという気分じゃないしね。






 ――








 城の中はかなりきれいにされていて、南西地域の魔王たちの城とは違った趣の美しさがあった。

 フェアシュリーの城が比較的近いかも知れない。屋根に当たる部分は赤、その他は若干灰色がかった外装といった感じ。内装の方も外から見たときのイメージを壊さないように造られていて、これを本当にあのディアレイの居城だったのかと思うと驚きが隠せないほどだ。


「これは、匠の仕事」


 キリッとした顔で言ってるフラフは置いておいて、案内されてるがままに玉座の間まで行くと、そこにはぷるぷると震える丸く青い球体……一言で表せば、どこにでもいるような姿のスライムがドンと王座に座っていた。


「フッフッフ……ようこそおいでくださいました」

「悪役っぽい、笑い」

「また濃ゆそうなのが出てきたわね……」


 青年のような声が聞こえてきたのはいいんだけど……この子が多分ディアレイの契約スライムだろう。

 だけどなんでこんな形なんだろう? 確か契約したスライムというのは必ずその人物の魔力の質に合った存在に姿を変えるという話だったはずだけど……。

 などと思っていると、ぴょんと王座から飛び降りて私の目の前にやってきたスライムは急にぷるぷると震え始め、空に向かって伸びるかのようにその体が変形していく。


 しばらくその変形を見続けていくと、段々と姿を表したのはどこか利発そうな少年の姿だった。

 ……ただ、下半身がスライムのままなのと、身体自体が水で出来てるかのような透明感があるのとを除けばだけど。


「これは……人形に近いスライム、ですか」

「はい、名前はロマンと申します。以降、お見知りおきを」

「ロマンね……」

「ちなみにロマンチックのロマンではありませんのであしからず」

「別にそんな事思ってないわよ……」


 だけど見れば見るほど意外だ。

 半分スライムとは言え、人の形をしている契約スライムを見るのはこれが初めてだからだ。妙に感動的なものがある。

 アシュルは私の契約スライムだからカウントはしない。


「まず初めに貴女様のお名前を……」


 ものすごい熱っぽい目で私をまっすぐ見つめてくるロマン。

 なんでか知らないけど、スライム族ってのはやたらと私にそういう視線を向けてくるのが多い。


「ティファリス・リーティアスよ。よろしくね、ロマン」

「はっ! ぜひともよろしくお願いいたします!」


 ばっと両手を広げて驚いたかのようにおどけたかと思うと、頭を下げ、まるで謁見に来た臣下が取るような礼をしてきた。


「……貴方の主のことはすでに聞いてるとは思うのだけれど」

「はい、だいたいは聞き及んでいます。そのことについて、私がティファリス様を攻める資格はありません。ディアレイは心の思うまま戦って死んでいったのでしょうから。

 彼とは古くからの付き合いとは言え、内政に関することは全て私に任せっきりでしたしね」

「あー……だからねぇ」


 つまりこの首都の様子を作り上げたのはひとえにロマンのおかげってことだろう。

 まあ確かにディアレイのあの性格で内政がどうとかなんて無理だろう。私でさえいっぱいいっぱいなんだから。


「ディアレイもティファリス様のような強者に討たれて本望でございましょう。ですので私どもも貴女様を恨むような真似はしませんよ。

 ……正直な話、元グロアス王国の軍はほぼ壊滅。もはや再起不能でしょう。そこまで追い込むほどの力を見せつけた貴女に戦いを挑む愚か者など、ここには居ないということでございますよ」


 はっきりそう言ってくれるとありがたい。なんだかんだ言って他のやり方があったかも知れないと思うこともあったからね。

 だけど次の言葉に私は改めてやりすぎたかも知れないと思い返すことになった。


「ただ、どこで嗅ぎつけてきたのか知りませんが……ドワーフ族の国リンデルが我が方に宣戦布告を行ってきました」

「宣戦布告……また戦争、ね」

「はい。正直申し上げますと、我が方の戦力はもはやあってないようなもの。『貴女様』に助力をいただけないのであれば、戦争と同時にここは火の海に包まれることになるでしょう。

 なにせ、内では適当に部下に放り投げ、外ではやりたい放題にやってきたディアレイがいた国です。降伏の意思を表したところで全くの無駄というやつになりましょう」


 あからさまに私の方を見て強調してきたのは、せめてなんとかしてくれということなんだろう。

 確かにこのまま「あっそう、それじゃ頑張ってね」みたいな感じでこの国を見捨てるのはどうも忍びない。

 というかもうここは私の領土になったんだし、それじゃ済ますことは出来ないだろう。


「ティファリスさま、がんば」

「今日のティータイムは疲れの取れるようにお茶を淹れさせていただきます」


 私がどういう行動をするかもうわかっていると言わんばかりのフラフとリカルデの応援に、若干ひくついた笑みを浮かべながらよくよく騒動が走ってやってくると、半ば諦めるような気持ちを抱く、私。


「……わかった。それじゃあ、そのリンデルって国のこと、教えてちょうだい」

「流石ティファリス様! 私の知っている範囲のことでしたらなんでもお教えいたしましょう!」


 私の答えにロマンが尚更目を輝かせてくるのを見ながら、思わずため息をこぼすのであった。

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