57・醜悪なる、最終兵器

 いきなり強くなったディアレイは、私と互角に渡り合えることがよほど嬉しいのか相当テンション高めに攻撃してくる。威圧的なその態度は並の相手なら気圧されてやられてしまっていただろう。

 私の方はそれなりに善戦……というか驚いていた最初の方は圧倒されがちだったけど、今はかなり慣れてきた。


「くそっ、これでも当たらないかよ!」

「……急激に成長したのはいいけど、身体がついてこれてないみたいね」


 地面から相手に向かい、無数の土の武器を道にように生やしていく魔導『ソイルウェポンズ』を展開し、生えてきた武器を折って投げる。

 流石にこの程度の単調な攻撃はあまり効果がないみたいだが、それに加えて『ガイストート』を織り交ぜてやるとディアレイは『ガイストート』を避けることに専念しだし、少しずつ動きに制限が付き始めてきた。


「くっそ! こんなもんでぇ!」

「直感的にあたってはいけない攻撃を把握してるのは流石セントラルの魔王というところだけど……」


 次も武器を投げてくると予想していたディアレイの裏をかくような形で剣を構え、間合いを詰めていく。

 驚いたディアレイは慌てて防御体勢を取ろうとするが、それを許すような甘い私ではない。


「もらった――!」

「こぉぉんのおおおおおぉぉぉぉ!!」


 確実に仕留めたと思えるほどの隙を捉えた一撃――だと思っていたが、身体能力を強化していたおかげか火事場の何とやらか……防御にぎりぎり間に合ったようで、やや不安定な体勢ながらも受け止めることに成功した。

 その瞬間に魔導のイメージを行う。


 ――その風は敵を切り裂く無数の刃。見えない斬撃が敵を斬り刻む。


「『フィロビエント』!」


 魔導を発動すると同時にいくつもの風の刃がディアレイに向かって襲いかかるが、すでに体勢を整えていて、急所を守るように身を固める。

 それでも決して軽傷とは言えないほどの傷が出来るが、それだけでは戦意は萎えないみたいだ。


「くっ……ぐぅっ!」


『フィリンベーニス』で傷をつけたわけじゃないから血しぶきが辺りに舞い散るけど、それが逆にディアレイの感情を高めたのか、より笑みを深めてくる。血の赤でも見て興奮したのだろうか?

 私の目をしっかり見据え、その獰猛そうな顔を向けてくる。


「くっははは、どうした? これで終わりか?」

「随分減らず口をきくじゃない。それとも、諦めたのかしら?」

「はっ、バカを言うな。そっちこそ随分余裕だな。強者のそれってか」

「そうだと言ったら?」

「いい度胸だ!」


 剣先を地面すれすれで走らせつつ、思いっきり振り上げてくるのを避けたと同時に、背後から兵士によって放たれた魔法を斬り捨てる。


「『ソニックアロー』!」

「……ちっ」


 後ろの魔法に気を取られている内にディアレイの疾風と呼べる矢を放つ魔法が私に直撃する。咄嗟にガントレットの方で防ぐことは出来たけど、あまり良くない体勢で受け止めたせいで若干よろけてしまう。


「おおおおぉぉぉぉぉ!!」


 そのまま一気に突撃を掛けてくるディアレイが調子づき始め、右に左にと次々と斬撃を繰り出してくる。

 徐々に身体を上手く扱えるようになってきたのか、動きにキレが出始めてきた。

 もしかしたら、あんまり長引かせるのは不味いかも知れない。今はまだ私の方が優勢だ。例えディアレイが自分の身体を思うまま使いこなせるようになったとしてもこれは覆らないだろう。

 だけど先程のように再び不意を突かれないとも限らない。ここからまた更に身体能力が上る可能性だってある。


 ……負ける気はしないけどもグロアス王国の兵士たちは戦ってる最中の私の隙を的確についてくるかのように魔法やら弓やらの攻撃が飛んでくる。一対多である以上は仕方ないし、当たったとしてもさほどダメージがあるとも思えない。

 が、バランスを崩したところをディアレイに狙われてしまったらかなり危険なことになるだろう。

 こうなれば――


 私は兵士たちに向かって手のひらをかざし、もう一度……あの魔導を放つ。

 全てを白く染め上げる業火の閃光を。


「『フラムブランシュ』!」


 その瞬間私が手をかざした方向の兵士達は白色に塗り潰され、圧倒的な熱量を秘めたその力の前に存在することを許されず、全てのものは融けていった。

 範囲外にいた兵士たちは恐怖に歪み、心が折れる音が聞こえるようだ。


「ちっ、まだその魔法を使えたのかよ!」

「この程度、造作もないわ」


 斬り結びながらさっきまでの笑みが憎々しげに歪む。二度目の『フラムブランシュ』のせいで兵士たちは完全に戦意を喪失してしまったからだ。

 それもそうだろう。これだけの数の兵士を一瞬で灰燼かいじんに帰すような魔導を何度も見せられて尚、戦う気力を見せる程の強さは普通は持ち合わせてはいないだろう。

 持っているとすればそれは多分――人としてどこか間違えてる者なのかもしれない。


「うらあああああああああ!!」


 眼の前の剣を振りかざす男のように。それを迎撃する私のように。そして――


「グルガアアアアアアアアアアア!!!!!」


 大声で叫びながら突如として現れたどこか肌の真っ青な男を操る者のように。






 ――





「なに……こいつ……?」


 私とディアレイを遮るように現れたその男はボロボロな鎧をその身に纏っていた。青紫色の髪に特徴のある二本角が生えている。

 とても生者の肌の色じゃなく、どこか目は虚ろ。だけど敵意だけははっきりとこちらに向けてきている。

 注意深く観察していると、ディアレイが突如さっき以上に余裕があるような……勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべてきた。


「はっ……はっははは。あの狐、間に合わせたみたいだな」

「……これは?」


 私の問いに答えるほどの余裕が出てきたのかにやにやと私に向けて語ってきた。


「こいつはアロマンズの持ってる『死霊の宝珠』で操ってるアンデッドだ」

「アンデッド――死体を操ってるってわけか……」

「そうさ、しかもこいつぁただの死体じゃねぇ。セントラルの元上位魔王……鬼族のシュウラだ」

「上位魔王の……鬼族、ね」

「そうだ。いくらお前でも俺とこのシュウラ相手に生きて帰れると思うなよ」


 これはまた随分と強気になったものだけども、まさかこんな奥の手を隠し持っていたとは……。

 元とは言え、まだ見ぬ上位魔王だった者。しかもセツキより前の代の鬼族の王。こんなものを相手にするは目になろうとはね。


「驚いたわね。なんでそんなのを貴方達が持ってるのか、問い詰めてやりたいところだけど……」


 今はそれどころじゃない。尋常じゃないほどの殺気をシュウラから感じる。それにこの世界で初めて感じる本物の強者の風格。

 残念なのは彼が死人だということだろう。魂がない以上、どれだけの強者であってもまだなんだとか出来る気がする。

 でもそれはシュウラ一人に限った話だ。今はディアレイもいるし……白の『フィリンベーニス』はアンデッドと相性が悪い。

 生者の血肉を……言い換えれば魂を魔力の粒に変換し、その魔力の粒が体を蝕み増殖する、というのがこの剣の特徴だ。

 生者には絶対的な強さを誇る白の『フィリンベーニス』でも、能力を発揮するための媒介がない以上、死者相手には相当鋭い切れ味を誇る剣程度の性能しか無い。

 これが死んだばかり、というのであればまだ効果があっただろうけど、少なくともシュウラはそんな状態の死体じゃない。期待するのは無意味だろう。

 もちろん打開策はあるんだけど……それを使うと今度はディアレイが完全にフリーになる。さてどうしようか。優先順位をきっちり決めて行動しないと、逆に痛い目にあってしまうだろう。


「アアアアアアァァァァァアア!!」


 シュウラが一際強い殺気を放ったかと思うと、いきなり目の前に片刃の剣を振りかざした状態で私に襲いかかってきた。

 これは予想以上にずっと速い。それだけでこの男がディアレイよりも相当強いのがわかる。


「くっ……はやい……!」


 慌てて刃と刃を合わせるように防御する。するとシュウラの剣がまるで私の剣を利用してなめらかに滑るように移動し、そのまま一回転後に今度は私の首を狙いにきた。

 紙一重でそれを回避したかと思うと、そのまま私の足元を掬うように流れるかのような水面蹴りを繰り出してきて、避けようとして飛んだ瞬間ディアレイの横薙ぎが私を襲ってくる。


「俺のことも、忘れたら困るぜぇぇぇ!」

「く、ううぅ……あ、ああもう! 厄介なことこの上ない!」


 なんとか剣で防ぐことは成功したんだけど、踏ん張りが効かない状態で一撃を受け止めたせいで私の軽い身体はシュウラがいる方向に思いっきりふっ飛ばされる。

 体勢を整える前に眼前に剣先が飛んでくるのを見て、なんとか首を傾けて頬を掠らせるだけで済ませる。

 そのまま地面に手をついた状態で身体を捻ってシュウラの顔面に蹴りを入れようとしたんだけど、それを片手で掴むように受け止められて、そのまま勢いを殺さずに流すように放り投げられてしまう。


 そしてその先にはディアレイが待ち構えており、一刀両断にしようと大剣を振り下ろしてくる。剣で受け止めたのはいいけども、思いっきり地面に叩きつけられる形になってしまった。


「ぐっ……かはっ…………『フィロビエント』!」


 地面にヒビが入るほどの衝撃が私の胸から内部に背中にと伝わり、思わず息を吐き出してしまうが、まだ戦える。

 一応追撃を避けるため、『フィロビエント』を風の刃を周囲に拡散するようなイメージで解き放ち、時間を稼いでおく。

 その間に体勢を立て直し、二人への警戒を強くする。

 これは……かなり手強い。シュウラの方はアンデッドだということを考えても動きに迷いがなく、恐らく身体能力は現在の私よりもずっと高いだろう。

 正直、全盛期の私に戻りたいとこれほど思ったことはない。『人造装具』を召喚したことによってはっきり自覚した自分の制限を恨めしく思いつつも、現状を正確に確かめることにする。


 全く……厄介なものをここに呼んでくれた。アンデッドということは痛みも感じないし、死を恐れるほどの知恵が残ってるとは思えない。それが恐ろしい動きで私に迫りくるのだからたまったものではない。

 最初の想像通り、シュウラと一対一で戦えばかなり勝ち目は残されている。だけどそれをディアレイが阻んできて、中々勝利の道筋までたどり着くことが出来ない。

 能力的に先に処理すべきはディアレイなんだろうけど……シュウラが無視できない以上、それもかなり難しい。


「参ったわね……」


 現状安全策というものが何一つない。勝ちに行くにしても負けないにしてもそれなりのリスクを背負わされることが目に見えている。

 最悪ここで私が聖魔族だとバレても構わないけど……まだ、まだ大丈夫だろう。

 この程度の危機、乗り越えられなくてどうする。気合を入れて戦うんだ!


 まず、戦略的には魔導でディアレイを牽制し、なるべく連携を取らせないようにする。出来るだけシュウラと一騎打ちできる環境を作っておかないといけない。

 重要なのは私の剣のもう一つの力だ。シュウラを比較的楽に攻略するにはこれがカギとなるだろう。

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