52・魔王様、金色の獣と出会う

 ――クルルシェンド・鎮獣の森――


 貿易都市トーレスでの滞在期間を消化し終わった私達は、そこから歩いて三日ほどかかるという鎮獣の森にやってきた。

 さすがに二度も愚行を起こさないと都市の方でテントを購入し、アイテム袋に入れておいて正解だった。また野ざらしで寝るのはちょっと堪えるからね。


 途中、まだ襲撃されてなかった村に立ち寄って疲れを癒やした後訪れた鎮獣の森は、一言で言えば静謐せいひつな雰囲気……そんな思いを抱かせた。


 お昼に来たこともあってか、木々から射す木漏れ日が尚の事神秘的な様子を演出してくれていて、空気が非常に澄んでいる。土地柄なのか、周囲に漂う魔力の密度も濃いみたいだ。


「こんな森があったなんてね」

「なんとも言えない穏やかな気配の森でございますね」

「ふふん、でしょ?」

「なんでフラフが偉そうにしてるん……」


 見惚れるほどの素晴らしい景色に圧倒されている私達に誇らしげに語るフラフ。

 だけどそういうのもわかる気がする。私のところはここほど探索が進んでないからか、こういう場所はまだ見たことがなかったから尚更。

 しばらくその景色に堪能していた私だったけど、一つ気になったことがある。


「……そういえば魔物の気配があまりしないんだけど、人のいないところには少なからず生息してるんじゃないの?」

「ここは特別聞いてますね。霊獣が危険な魔物を食らっとるから、ほとんど無害なのしかおらん聞いてますよ」

「こっちから手、出さなければ、問題ない」


 なるほど……この森が気配すらほとんど静かなのはそういう理由があってのことか。

 魔力が濃いところに集まりやすいはずの魔物がこうもいないというのは……他の人から見たら不気味に映るのかも知れない。

 この神秘的な森の主がどれほど強大な存在であるかを物語ってる証拠でもあるしね。


「霊獣はどういうところにいるかわかる?」

「あー……申し訳ないですけど、ちょっとわかりませんなぁ……」

「霊獣、寝床みたいな場所、見つかってない」

「そもそも見つけたとしても狩り中ですし、寝てる姿なんてまず見かけないですね」


 ということは完全に手探り状態って言うわけか。魔力の濃いこの場所では個々の魔力を頼りに探すのは難しいし、私が探査してるのがバレたらすぐに離脱されかねない。

 流石にこの三人を置いて先走るのはいけないだろう。後で何言われるかわからないし。


「これはまた、長い戦いになりそうね」

「……そうやろか? 案外簡単に見つかりそうな気もするけど」

「霊獣、強い人に、敏感って聞く」


 つまり、強者の気配を的確に感じ取って様子を見にやってくる……と。

 そういうことだろうか。


「強者は強者と惹かれ合う……ってやつやな」

「私、そんなに強いのと会ったことがないんだけど」

「それはティファリス女王が規格外言うことでしょう」

「お嬢様は他の魔王の方々比べますと、明らかに抜きん出ておられますからね」


 確かに南西地域の魔王たちはそこまで強くなかったけど……世の中にはまだセントラルという巨塔が残ってるだろうし、油断は出来ないだろう。

 まあいいか……ひとまずこの森を散策することにしよう。幸い今回は我らがリカルデがおられる。料理に関しての心配は皆無だし、その気になればどれだけでもこの森に籠もることが出来るほどの食料もある。

 時間が許す限り霊獣が出てくるまでのんびり待つとしようか。






 ――






「近くにいるわね」

「え?」

「だからー、霊獣が近くにいるって言ってるの!」


 私の言葉に呆けたような返事をするフォイルに向かって改めて告げてやると、驚いた表情で私を見てきた。

 先程から監視の目が消えていってるし、それ以上に警戒色の強い視線が私の方に向けられてるのを感じる。


「すごい。なんで、わかったの?」

「さっきから私達の動向を監視していた気配が少しずつ減っていってる。それに明らかに私に注視している者がいる。それだけで判断は十分よ」

「いやなんでそこまで解るんか異常なんですけど……」

「さすがお嬢様」


 そんな呆れた目じゃなくて、もっとフラフやリカルデのように尊敬の念を込めて私を見て欲しいものだ。

 私達が言葉を交わしている間に一人、また一人と姿を消していっており、このままだったらすぐに監視の目はなくなるだろう。


 私にとってもその方が都合がいいんだけど……かなり鮮やかな手際で思わず感心する。

 恐らく霊獣の方も私が探ってるのを気づいてるんだろう。いい度胸だ。


「それにしてもなんでぼくらのところに直接向かってこないんでしょう? ティファリス女王がこの森に侵入してるヤツらん中で一番強いんはわかってるはずでしょうに」

「援軍の可能性、それか、見られたくない」


 どんな理由があるにせよ、そんなものは出会ってみればわかるもんだ。

 霊獣がどんな戦い方をするのかはわからないけど、少なくとも今のように木々の多い場所では不利を強いられることになるかもしれない。


「もう少し広い場所に行ければいいんだけど……」

「この森は霊獣の住処やわかってるだけで、マッピングなんかは全然進んでへんからなぁ……」

「外周ぐらいしか、わからない」


 やれやれ、結局行き当たりばったりか。

 まあ、私はそれでも全然構わないんだけど。






 ――





 監視の目が全て消えたと同時になんとか広い場所にたどり着くことが出来た私達の目の前に、空中から現れたかのようにソレは降り立った。

 金色の体毛がキラキラと輝いており、恐ろしくも美しく感じる。柔らかい毛並みはふわふわとしていて、その切れ長の目は強い警戒心を顕にしていた。

 九つの尻尾が生えていて、どれもが触れたら人をダメにしそうな程の毛艶を誇ってる。

 こんなときじゃなかったらちょっと触りたいんだけどなぁ……。


『我が森に何をしに来た? ヌシらも我を狩る者の仲間か?』

「な、何……? 直接頭ん中に…!?」


 言葉を話すのかと思ったけど、まさかこんな感じで話してくるとは思わなかった。

 これは……念話と呼ばれる類のものだろうか。聞いたことはあるけど、実際体験するのは初めてだ。

 こんな貴重な体験が出来ただけでここに来た意味は合っただろう。

 とはいえ、私の考えを読めているわけじゃないみたいだ。これだけ色々と考えているのに何一つ反応がないしね。


 心の中まで読めるんだったら、私やリカルデはともかく、フォイルとフラフの考えには反応するだろう。


「最初はそうだったけど……今は気が変わったと言ったら信じる?」

『信じるわけなかろう。そう言って我を謀ったものもいるものでな』

「なんで、村襲った?」

『村……? 知らんな。我はここから一度もここから出たことはない』


 リカルデの情報から知っていた訳だけど、本人の口から同じことを聞けばこれはもう確定だろう。

 これで鎮獣の森から出た後の心配だけしておけば良さそうだ。


「で、これからどうするん? 霊獣は外に出たことない。ぼくらは罠やと知っててやってきたわけやけど……話し合いで解決するん?」

「最初はそれでもいいかなって思ってたんだけど……話を聞く風には見えないのよねぇ」


 一番強いと感じているであろう私の一挙手一投足に注目されていて、うかつに動くことが出来ない。

 こうなれば私が取る行動は……


「私と貴方の一騎打ちというのはどうかしら? 他の三人には絶対に手を出させないと、この私が命を掛けて誓うわ」

「「ティファリス女王(様)!?」」

『…………』


 霊獣が真偽を確かめるかのような鋭い視線を私に送っていたけど、やがて頷くように納得してくれた。


『いいだろう。ならば、我にまともな攻撃を一発与えることが出来たら、この勝負…ヌシの勝ちとしようではないか』

「ふっ、随分気前いいじゃない。いいわ、なら私にちゃんとした一撃与えることが出来たら、貴方の勝ちにしましょう」

『クカカ、調子に乗るなよ小娘。確かにヌシは優れた能力をもっているのであろう。だが、自信過剰はその身を滅ぼすぞ?』

「その言葉、そのまま返してあげるわ」


 互いに睨み合ったまま様子を見る。これ以上は言葉は無用。

 どちらも自身が上だと思っているのであれば、それを相手に証明する。それだけだ。

 格付けが済めば向こうもまだ話に応じる気になるだろう。


 しかし、私と霊獣……どっちもお互いの動向を探っているせいで、身動きが取れない。これは……


「ちょ、どっちも待った!」


 大声でフォイルが叫んできたのを聞いた私達は、一斉に相手に向かって駆け出した。

 この時ばかりはフォイルにナイスだと言っておきたい。あと、待ってたらやられるのはこっちだ。


 一気に距離を詰めてきた霊獣は今まで見たこともない速度で前足で引っ掻こうとしてくる。

 単調だけど、恐ろしく速い。振り下ろす直前で私は一度バックステップで下がり、空振りさせてから回し蹴りを放つ。


 それを横っ飛びにかわして、そのまま牙を向けてくる霊獣に対し、タイミングを合わせるように蹴りでカウンターしてやるが、それを嫌った霊獣が動きを止めて私から距離を取った。


『ちっ……我の動きに着いてこれるとは……』

「どうしたの? こんなぬるい戦いが貴方の本気だと?」

『あまりほざくなよ。我の実力はまだまだこれからだ!』


 霊獣の周りに魔力が集まったかと思うと、それを一気に解き放つかのように霊獣の身体が光り輝く。

 それと同時に先程までいなかった無数の霊獣が姿を表す。どれもが同じように魔力を纏っており、私からすれば全く同一の個体に見える。


「なるほど。これが霊獣の魔法ね」

『クカカ、どうだ? どれが本物の我かわかるまい。ヌシが我と互角の戦いが出来ると言うことはわかった。しかし、これであればヌシとて対抗することは出来まい? カカ、まさか卑怯とは言いはすまい?』

「当たり前よ。相手に一撃与える……それだけがルール。そっちこそ後で卑怯だと言い訳するのはなしよ?」

『……一々ぬかしおるわ』


 睨み合ったまま軽口を叩く私に対して、霊獣の方はより一層笑みを深めた様子だけど、目が射殺さんばかりに私を睨みつけてきている。

 よほど自分の魔法に自信があるようだ。じゃなければこうも余裕そうにはしてないだろう。


 ならその自信、私が打ち砕いてやる。

 思わずニヤリと笑いながら、私は久しぶりに鎧を使うことに楽しみを抱いていた。

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